第4章 魔神教徒との激しいバトル
第19話 世直し無双の新魔王(魔神教の幹部視点)
魔界の西側にある魔神教エリア。
教祖の屋敷と信者たちの住宅。自給自足のための家畜小屋と広大な畑が広がっている。端には殉教者のための墓場もあり、花が揺れている。
「見て、ヴヴ様が廊下を歩いていらっしゃるわ!」
「なんて美しいのかしら!」
信者は皆、魔神の化身で絶世の美男子である教祖ヴヴを愛し、愛を受ける日を心待ちに作業に励んでいる。仲間割れを好まぬ彼のために表向きは仲良くしているが──。
「ねえ、聞いた? ビリビアンのヤツ、新魔王に殺されたらしいわよ!」
「次のデートまでの時間が短くなるわ!」
内心では全員がライバルだ。
デートは順番だが、新しい信者を連れて帰ると特別ボーナスでキスを頂けるため、誰もが勧誘活動に気合いが入っている。
熱心に勧誘するのにはもう一つ理由がある。
エリアの出入口で、旅荷物を持って皆に別れを告げている女性に声を掛ける。
「エリスさん、抜けるのですか」
「まあ、幹部のアスタロ様。ええ、ヴヴ様は私を救ってくださりました。心から愛しております。しかし……私はどうしても子供を持ちたいのです」
死を超越したヴヴ様には生殖能力が無いらしく、午前と午後で分けて毎日二人と性交しながらも妊娠した者はいない。
高齢、難病の者を受け入れはするが医療機関が備わっていないため、バタバタと死んでいく。そして来るもの拒まず去るもの追わず。
勧誘をサボればどんどん数が減っていく。
恐怖で支配する憎き魔王家に問題が起きている今こそ絶好の機会。新魔王を排除して迷える子猫を連れて帰る。そしてお褒め頂くのだ!
「アスタロさん、新魔王を
信者ではない通いの殺し屋アッシュグレイに声をかけられた。銀色の長い前髪が特徴で、触れた者の寿命や能力を奪えるバケモノだ。
「新魔王はそんなにヤバイ奴なのか、それなら尚さら始末をせねば。あの虐殺魔王のように我らを
「いんや、そういうタイプじゃないんだ。こっちから行かなきゃ放置してくれるんだ。ただし交戦したら命は無いんだ。あと──」
「まだ何かあるのか」
「オイラの可愛い弟だから殺さないで欲しい」
「先代魔王の隠し子か、チッ、分かった。王都周辺は避けよう」
アッシュグレイは本来なら魔王になるべき立場だが、殺し屋稼業の母親に女手一つで育てられて、殺し屋界の伝説になると決めているらしい。
しかし融通が効かない。
先日、魔王候補が集まる現場に行ってもらい、新魔王を引き受ける者が居たら殺すように指示した。だが、よりによって信者を殺してきた。
その事を責め立てたら。
「だって引き受けてたんだ」
「彼らは魔王城を奪い取ろうと画策していた仲間だったのに。顔を見て分からなかったか」
「イチイチ覚えていないんだ」
一切反省していない。
まあいい。新魔王は放っておこう。それより新たな信者の獲得の方が優先だ。最近、トラブルが多いから、いくらでも希望者がいるはずだ。
【強盗団に支配された村】
「あのね、羽パンダに乗った魔王レッド様がね、全員倒してくれたの。ミリオンキラーかっこよかった!」
【土砂崩れで家をなくした人達】
「イメージを伝えたら、人魚さん達があっという間に新しい家を作ってくれてね、前よりも過ごしやすいぐらいよ」
「魔王レッドの部下らしいよ、助かるねえ」
【疫病により隔離された村】
「瀕死だった全員を草むらに寝かせて、全回復してくださった。若いのに素晴らしい方だ。」
「炊き出しで美味しい団子をふるまってくれた。みんな再発もしないで今も元気だよ」
【日照りが続いて枯れ果てた村】
「植物の苗を持ってきたと思ったら、あれよあれよという間にオアシスが出来上がっていたのよ、あの力はどう見ても
一体どういうことなんだ。
魔王レッドが帰ってきた? それは有り得ない。
その時、近くを羽の生えたパンダが飛んで行った。背中に女の子を乗せている。
「パンダさん、すごーい!」
その真下に、老婆を背負っている赤い髪の少年がいた。肩に毛糸玉みたいなドラゴンを乗せている。
「すまないねえ、迷子になった孫を探していたら足を挫いちゃって、本当に困っていたのよ」
「魔王として当然のことをしているまでです」
アイツが新魔王か!
まだ十二かそこらのガキじゃないか、髪と目は赤くても、レッドとは似ても似つかない。魔法で染めているのだろう。
「おほほ、レッド様。白髪になってしまいましたわよ。おそろいね」
「ああ、時間切れか。なにとぞご内密にお願いします!」
「どうしてレッド様のフリをなさっているの?」
「早く帰ってきて欲しいからです。偽物が現れたらすぐ出て来ると思ったのですが……」
「あらまあ、きっとすぐに会えますよ」
パンダは羽をゆっくり動かして着地した。孫と一緒に老婆を家まで送っていく新魔王。
アイツは危険だ。
魔王とは、恐怖で支配する存在でなければならない。だからアンチが生まれるんだ。武力だけではなく優しさを兼ねるなど。魔神教がかすんでしまう。
野放しにすれば魔王派が多数を占める。我らは異端として迫害を受ける事になるだろう。
ヴヴ様に危険が生じる!
殺さねば、まだ子供のうちに、芽を摘まねば。
しかし
パンダに襲いかかった俺は八つ裂きにされた。
顔から地面に落ちて、何も見えなくなった。
「ただいまライライ。どうしたのコレ、強盗? 災難だったね、怪我は無い?」
うぐ、油断した。
まさかこんなに強い魔獣だったとは。
しかしまだ辛うじて声は出せる。言ってやる、このガキを絶望に落とす言葉を。
キサマの待ち人は永遠に現れない。
魔王レッドはこのアスタロが殺したからだ!
魔王と人間の女との間に生まれたレッドは、混血だと蔑まれ、仕事に悩んでいた。そこで変装した俺は人間界での修行を持ちかけた。
あらかじめ全てのダンジョンの
ヤツは護衛も付けずにやってきた。たわいもない世間話で油断させ、隙をついて武器を落とし、心臓を貫いて殺した。
首を持ち帰り、ヴヴ様に捧げると──
「良くやった、偉いぞアスタロ。今日をもって幹部に昇進だ」
褒美の口付けは溶けるように甘かった。
ああ、死ぬ前にもう一度だけ。どうか一目だけでも、貴方の御姿をこの目に──。
「……ヴヴ様ぁ……」
ブラックアウトする視界の中、笑いかけてくださる美しいあの方が見えた。
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