第17話 星空の下で、人魚姉妹は復讐に踊る
天窓から夕陽が差し込んでいる。
モコちゃんが顔にふわもこボディプレスをしてきた。お腹が空いたのか、寂しかったのか、ウピウピ鳴きながら甘えてくる。
「ふあ、おはようモコちゃん」
ぎゅっと抱きしめて頬擦りをする。可愛いなあ、巣立ってしまう日には泣いてしまうな。その時は代わりのぬいぐるみをコロンに作ってもらって……。
「そうだ、コロンは赤ちゃんになったんだ」
家事を全部やってもらっていたから、これから大変だ。みんなで手分けして掃除とか洗濯をして。そうだ、お昼ご飯はどうしたんだろう。
モコちゃんを抱いて階段を降りていくと──
メイド長さんが四人のメイドと待っていた。
テーブルの上には物凄いご馳走様が、所狭しと並んでいる。真ん中には三段ショートケーキ。この雰囲気は、まさか……。
メイド長さんが立ち上がり、最敬礼をした。
「トリリオン様! 今までの非礼を心から謝罪いたします!」
「いきなり様付けとか、やめてください!」
「なぜ王子だと言ってくださらなかったのですか、どうか新魔王になって私共をお導きください!」
「こうなるのが嫌だったからですよ!」
メイド長さんは血筋を重んじるタイプ。先日集められた魔王候補も分家の皆さんだった。孤児だと馬鹿にしていた子供が隠し王子だと分かった途端に鮮やかな手のひら返しをするのも当然だ。
「レッドの留守中に、ぼくが王位についたら裏切りじゃないですか。お断りします!」
「レッド様が戻るまででもいいですから!」
「無理です!」
そもそもレッドには絶対に兄弟だと知られたくない。何故なら、
ぼくは一度レッドに疑われた。アリバイが無かったからだ。容疑から外れたのは『魔王を殺す手段がない』と判断されたためだ。
たまたま他に容疑者がいて、その人が罪を認めてくれたから平和に暮らせているけど。
隠し子ならば
認知もされず孤児院にいたのだから動機もある。容疑者通り越して完璧に犯人だ。
レッドは魔王様を慕っていた。
犯人を許さない。大鎌で八つ裂きにして燃やし尽くす。そう言って目の前で大木を斬り倒した。
殺される以上に……彼に嫌われるのが怖い。
騙していた事を責められて、涙を流して唇を噛みしめながら罵られるのが怖い。
なんとしても隠し通さなくちゃ!
「魔王になって頂けるまで帰りませんからね!」
メイド長さんは粘ってくる。
人魚のみんなが階段下からチラチラ見てくる。台所からキョウ君も見てくる。まさかと思い窓を覗くと、ログハウスのウッドデッキから子供達と吸血鬼も見ていた。
どうして……このテーブルのご馳走か!
ぼくが魔王を引き受けたらみんなでパーティーをする手筈になっているんだ。
「メイド長さん、ばくは人知れずレッドの影武者をやっていました。こんな風に」
魔法で髪と目の色を変えて見せる。
メイド長とキョウ君は驚き、知っていた人魚たちはシンクロしてうなずいている。
「これからはもっと派手に働きます。レッドが帰ってきたと魔界中に強くアピールします。そしたら本人も気になって帰ってくるでしょう。そこを捕らえましょう!」
レッドが自分の意思で修行を終えるまで待つつもりだったけど、こうなったら手段を選んでいられない。悪いけど罠にはめさせてもらう。
「つまり、明日からレッド様として働いてくださるという解釈でよろしいですか」
点になった目を元に戻して、メイド長さんがそう言った。うなずくと、控えていたメイドさん達が一斉にクラッカーを鳴らした。
それが合図だったらしい。人魚達も子供達もお皿を持ってやってきた。
「おめでとう!」
「がんばってね!」
そんな言葉を次々と投げかけて料理を食べ始めた。これ美味しい、こっちも美味しい、とみんなの笑顔が弾けている。ケーキもどんどん取り分けられていく。
全ての料理が乗った皿が目の前に置かれた。
座るようにうながされ、キョウ君がジュースを注いでくれる。
「トリィが何者になっても、ちゃんと支えるから」
そう言って隣に座り、自分の分も注いだ。乾杯をしながらも、どこか
メイドさん達が後片付けをしてくれている間、外に出た。紫色のオカッパ頭がぼんやり星空を見上げている。
「フリー、一緒に見てもいいかな」
隣に行くと、槍を構えているのに気がついた。あっやばい。油断した。刺されたらすぐライライのとこに行こう。
「魔王という事は男……殺さなきゃ」
「今はジェンダーフリーの観点から女王とは言わないんだよ」
フリーは槍をギリギリと握ってから、グサッと地面に突き刺した。はあはあと肩で荒い息をしている。
「もう分かっているんです……姫は男。でも悪い男ではない。赤ちゃんドラゴンのために恵まれた生活を捨て、虐待児童を大量に引き取るような方、姉の
苦しげに胸の内を話してくれているから、こちらも真剣に話を聞く。
「あのオオカミ男も、最初は気に入りませんでしたが、共有部をキレイに使うし、料理もうまい。なにより姫を大切に思っています」
共同生活の中で、フリーの男嫌いが少し改善されていたらしい。だけど声の震えは、解消までには至っていない事を告げている。
「どうしても許せないのです。姉を騙してウロコを奪った男が今もどこかで生きているという事が。このままでは、ずっと男を受け入れられません!」
フリーの涙はキレイだけど、とても悲しくも見えた。男嫌いを解消する手段は実にシンプルじゃないか、彼女の手を掴んだ。
「今からそいつを、やっつけにいこう!」
「しかし居場所が……」
「魔王城に長く勤めているメイド長さんが味方になったんだ。ウロコの流通ルートを特定して、きっと見つけてくれる。行こう!」
「もう遅い時間ですし」
「ぼくは明日からレッドにならなきゃいけない。だから今日中に片をつけたい。フリーの眠れない夜を終わりにするんだ!」
「姫……」
手を繋いで走っている間、握る力が弱まることは無かった。
町外れのとある酒場。
どんちゃん騒ぎをしている集団がいる。そっと中に入って端っこの席に座る。
「パーッと飲めよ。金が無くなったらまたあのバカ女から貰うからよ」
「オマエうまくやったよな、いない母親をダシにしてピュアな人魚を騙すなんてな、俺にもウロコくれねえかなー」
「次は妹さんが病気って事にしたらあ?」
「いいねえ、前以上にくれそうだ。また宝石をプレゼントするからさ、デートしようぜ」
「やったあ、人魚さまさま〜」
騒ぎの中心にいる男に、紫のオカッパ頭が近づいていく。酒が入って陽気な男は、秘めた殺気に気づかない。
「騙した人魚に、何か言うことは?」
「おっ見ない顔だね、可愛いじゃん。バカでありがとうかな、ハッハッハッ」
フリーは人知れず天井に浮かべていた槍を十本、真下に振り下ろした。即死した者、肩に刺さった槍を不思議そうに見ている者、脚を縫い止められて動けない者……酒場は一瞬にして悲鳴と血溜まりに満ちた。
一人ずつ確実に黙らせていくフリーの様子に、主犯の男は涙と鼻水を撒き散らしながら逃げ出した。
「おれは悪くねえ、逃げてやる!」
飛び出した男に、薄桃色の長い髪をした女性がのんびり声をかけた。
「あら、久しぶり。
「はあ? 知らねえよ!」
「そう。じゃあ目はいーらないっと」
男は一瞬にして視界を失った。ワイファの手に握られた貝殻のついた短剣に斬られたからだ。血を撒き散らして地面をのたうち回る。
「声を聞いても分からないんだから、耳もいーらないっと」
ワイファは暴れる背中に乗って、右耳を切り落とした。男は叫びすぎて血を吐いている。
「嘘をついた舌もいーらないっと」
男を構成する部分がどんどん少なくなっていく。普段から穏やかなワイファは、復讐の時ものんびり口調だ。ニコニコと笑いながら返り血で全身を染めていく。
仕上げとして心臓を抉り出した。
「人魚を騙した王子様の末路は、こう!」
そう言ってグシャリと爪を立てて潰した。酒場から出てきたフリーとハイタッチをして、お互いの汚れぶりを指差して笑った。
「楽しいわ、ねえフリー。みーとても晴れやかな気分よ。明日、大傑作が描けそう!」
「私もよ、お姉ちゃん。騙したやつも、それを笑って肯定したやつも、もういないわ!」
いつまでも笑い続けた。
降ってきそうな星空が、二人を祝福するかのように輝いていた。
後日。
事件現場の酒場は繁盛していた。
うまいこと逃げおおせたマスターが「人魚の怒りで皆殺しにされたゴロツキ共の酒場」と看板に書いた事で、人気が出たらしい。
ワイファの史上最高に意味がわからない真っ赤な新作も「生命の輝きを感じる」と莫大な値がついたし、世の中、何に価値が付くのか分からないな。
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