第16話 サトリ家の子供達と葛藤(人狼キョウ視点)

 ログハウスで子供達と一緒におやつを作って、出た生ゴミを埋めようと外に出たら、ホギャアホギャアと元気な泣き声が聞こえた。


「またトリィが拾ってきたのか?」


 家のベッドにいた金髪の赤ちゃんを抱き上げるとバチッと目が合い、頭の中に声が聞こえた。内容に驚いて、タオルにくるんでログハウスに連れ帰る。


「みんな聞いてくれ。コロンさんが縮んじまった!」


 みんなキョトンとしている。人魚達と吸血鬼女はドン引きした眼差しを向けてくる。気まずい。

 そんな中、子狐長女アゲちゃんが歩み寄ってきて、コロンさんと目で会話した。


「この子、間違いなくコロンちゃん!」


 アゲちゃんの叫びに全員が納得し、ミルクだ、服だ、ベッドだと大騒ぎした。吸血鬼女がサリーちゃんのお下がりの肌着を着せようとして、俺と三兄弟をリビングから廊下に追い出した。

 見ないっての!


 三兄弟の一人、三男サンくんが裾を引っ張ってきた。なんだろう、屈んで耳を傾ける。


「コロンねえちゃん、前がみが長いヤツに、子どもにされた」


 コロンさんの家系は、人の心を読む妖怪サトリ族。でも能力の強さには個人差があるらしい。


 サンくんは特殊で、対象の身に起きた出来事をイメージ映像で見えるのだとか。それで父親が仕事をせずギャンブルしていたのを見抜いたらしい。


「この力きらい。ボクがママにつげ口したからパパとケンカになった。けどコロンねえちゃんのこと知りたくて使った」


「そうか、偉いぞサンくん」


「ねえちゃんも、にいちゃんも、聞こえていたのにだまってた。ボクおしゃべりのわるい子」


「そんな事ないよ、誰か君を悪く言ったのか?」


 サンくんは頬を押さえた。近くにいた兄二人がすっと近寄ってきて、俺から隠すように立ち塞がった。長男が口を重い口を開く。


「アゲータが叩いたんだ」


「アゲちゃんが?」


 意外だ。長女で面倒見がいい優しい子だと思っていたのに。チェス君はため息をつきながら続ける。


「ママはパパのギャンブルに気づいていたけど、飽きるまで待つつもりだった。それをサンが邪魔したと思ったんだ」


 責任転嫁がひどすぎる。例えばドロボウと、ドロボウを見つけて通報した者がいて、通報者が責められるみたいな理不尽さだ。


「アゲータが兄妹で一番サトリの力が強いから、いつも周りの声が聞こえてるんだ。見て見ぬふりするママの苦しみを誰よりも聞いていた」


「それは、辛そうだな」


「そうだよ、頭痛がひどくて毎日薬を飲んでるぐらいだ。まだ八歳なのに。サトリ族の力が強い子は長生きできない。自殺するか脳の血管が切れるから……」


 そうか、聞きたくもない知りたくもない情報が勝手に流れ込んで、命を縮めてくるのか。もはや呪いに近いな。


「コロン姉ちゃんはちょうどいいんだ。知りたいと願った時だけ聞こえるから。アゲータはいつも羨ましがってた」


「話してくれてありがとう。アゲちゃんと直接話してくるよ」


 リビングを覗くと、赤ちゃんコロンさんがベッドで寝ていた。えーと、アゲちゃんはどこだ。


「わたしに何か用ですか?」


 扉の横からぬっと出てきたので、腰が抜けるかと思うほどに驚いた。バクバクする心臓を押さえて廊下に来てもらう。


「あ、あのさ」


「はあ、丸聞こえ。サンを叩いたこと謝らせようって言うのね?」


「すごい力だよね、そのせいですごく苦労してるってお兄ちゃんから聞いたよ。けどさ」


「聞きたくない!」


 アゲちゃんはバンと壁を叩いた。中で赤ちゃんの泣き声が聞こえて、慌てる女の子たちの様子が伝わってくる。


「こんな力いらない! 聞こえなくなるなら耳を切り落としてもいい!」


 アゲちゃんの叫びが廊下を響き渡り、窓ガラスを揺らす。


「サトリは盗み聞きじゃないのに、仲間はずれにされる気持ち分かる? 誰も遊んでくれない。わたしには家族しかいないの。それなのにサンがぶち壊したのよ!」


「壊したのはお父さんだろ、そこを間違えるなよ!」


「サンが発達障害だから、お父さんもお母さんもいっぱい悩んだのよ!」


「なんでそうなるんだよ!」


「サンなんか生まれてこなければ──」


 衝動的に頬を叩こうとして、逆に叩かれた。首が反対側に曲がるぐらいの力いっぱいのビンタが炸裂してトリプルアクセルしながら壁に叩きつけられた。

 な、何があったんだ?


「わらわの可愛いアゲータよ、嘘をつくでない。いつも弟を可愛いと言っておるくせに」


 いつの間にか現れたツインテール吸血鬼が仁王立ちをしていた。俺なんで殴られたんだ。ひどくね?


「アゲータねえちゃ……ごめ……なさ……」


 壁から顔を出したサンくんに向かってアゲちゃんは駆け寄り、抱きしめた。ボロボロ泣きながら何度も謝っている。

 吸血鬼はツンツンと肩を突ついてくる。


「見ておれ、わらわが彼女を救ってやろう」


 吸血鬼は宙に浮きながらアゲちゃんの元に行き、彼女の三つ編みにそっと口付けて振り向かせた。


「アゲータよ、わらわは十二歳未満の血は吸わん。何故ならば可哀想だからだ」


「は、はい」


「わらわに吸われた子供は、生まれ持った能力を失ってしまうのじゃ。それによっては命に関わるからのう」


「能力を……失う……」


「お主が望むなら、すこーし噛んでやっても良いぞ?」


 一瞬の悩みも見せずに、アゲちゃんは右腕を差し出した。吸血鬼はニヤリと笑って、ゆっくりと舌を這わせてから、ガブリと噛み付いた。




 包帯を巻いていると、アゲちゃんが呟いた。


「すごい、他の人の頭の中ってこんなに静かなのね、頭も痛くない……」


 静かに涙を流した。これで良かったのかな。今は幸せだと思うけど、当たり前にあった物が無くなることで色んな不具合とか。


「心配してくれてありがとう」


「あれ、まだ能力が残ってたの?」


「顔に書いてある。分かりやすいオオカミさんね」


 少しはポーカーフェイスを覚えた方がいいかもしれない。ふと頬の痛みを思い出した。


「さっきは叩こうとしてごめん」


「ううん。絶対に言っちゃいけないことを言おうとしたから、当然よ」


 アゲちゃんは少し黙ってから、ゆっくり顔を上げて俺の手を取った。真剣な表情だ。



「お姫様の事はあきらめた方がいいよ」



 思いもよらぬ言葉に息が詰まる。なんで今そんな事を言うんだ。意図が分からず続きを待つ。


「キョウさんはお姫様と結婚して子供を三人欲しいと思ってる。そしておじいさんに抱いてもらうんだって」


「う、うん……まあ」


「それは無理な事だから、今すぐあきらめて」


「トリィに好きな人がいるのは分かってる。けど頑張って振り向いてもらうんだ。今は望みが薄いだろうけど、諦めたくない」


「お姫様は男の子だよ」


 完全に息をするのを忘れて、しばらく思考が停止した。何を言っているんだろう。やっぱり叩こうとした事を怒っていて意地悪をしているのか。


「人魚のフリーちゃんが男嫌いだから、姫って呼ばせてあげてるだけだよ。疑うなら本人に聞いてみたら?」


 ふらつく足取りで外に出た。どこに行くのかとか、何か声を掛けられた気がしたけど、頭に入らない。


 トリィが、男の子?


 そんな。確かにスカートを履いてる所は見た事ないけど、ボーイッシュなだけかも。一人称が「ぼく」だけど、魔王の助手として勇ましく振る舞ってるだけかも。

 コロンさんを嫁にしたいって言ったけど、あれは励ますためって感じで。

 抱きしめた胸はペッタンコだったけど、まだ若いし。これから育た……ないのか、男だと。


 勝手に思い描いていた未来がガラガラと崩れていく。


 性別で好きになった訳じゃないのに。

 イヤな面を見たわけでも、はっきりフラれた訳でもないのに、終わった気持ちになっている。


 俺の気持ちって、こんなもんだったのか?




 庭をふらついていたら、横たわる女性を助けようとしているトリィを見つけた。必死に回復魔法を発動している。


「お願い、生きてください!」


 いつも優しくて頑張り屋だ。自分より他者を優先して、その結果、ほら倒れこんだ。羽パンダの力で怪我人が助かったのを見て安心したんだろう。


 仕方ないな、肩を貸してやろう。


 トリィと両想いになれても、家庭を築けない。じいちゃんにひ孫を抱かせてやれない。


 けど、笑っていられる気がする。

 何歳になってもそばに居られれば、楽しく過ごせると思う。


 ──ていうか、じいちゃんはもうすぐ自分の子供産まれるんじゃんか。ひ孫とか気にしなくていいじゃん──


「トリィ、大丈夫か。ベッドまで運ぶよ」


「ありがとう……あ、コロンが赤ちゃんになっちゃって」


「知ってる。ログハウスでみんなで面倒見てる」


「良かった……」


 意識を失った体をおんぶして、家まで連れていく。信頼されているのが嬉しいし、無防備さにドキドキもする。

 アゲちゃん、心配してくれたのにごめん。


 俺、それでもトリィが好きだよ。

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