第3章 密かな影武者から、公式な影武者へ!
第15話 新魔王の候補たちと、目隠れ殺し屋
太陽が一つだけのちょっと寂しい朝。
目を覚ますと、赤ちゃんドラゴンのモコちゃんが成長していた。
青い羽毛に覆われたボディはそのままに、二本足としっぽで立ち、前足は「うらめしや〜」みたいなポーズをしている。羽は伸ばせば十センチはありそうだ。
「歯も二本生えてる。すごくドラゴンっぽくなってきたね」
「ウピー」
「言葉はまだだね、早くお話したいな」
ニューモコちゃんを肩に乗せて降りていく。お披露目が楽しみだ。しかし二階には誰もいない。玄関を出たらログハウスから賑やかな声が聞こえた。
「あれ、なんだろう」
城門の前に
「おはようだよ、トリィ。姪っ子達と遊んでいたよ。今ごはんに……あわわ、こんなに巨大なのは見た事がないよ」
パタパタとやってきたコロンが驚く。二人で見ていたら、ゴーレムのボディの中から一人の青年が現れた。中で運転していたのかな?
「お待ちしておりました、ブラウン様」
メイド長さんがキレイなメイドさんと共に、エプロンドレスをつまんで出迎えている。
「招集により馳せ参じた」
「ありがとうございます。さあどうぞ中へ」
「魔王就任の件だが、ここでお断りさせて頂く」
「なんですって?」
「何故ならオレはゴーレムにしか興味が無い。他のものが生きようが死のうがどうでもいい。妻にするならゴーレムと決めている」
そう言い切り、巨大ゴーレムに乗り込んでドシンドシンと帰っていった。エプロンを握る手をワナワナと震わせているメイド長さんに、コロンが駆け寄る。
「メイド長、新魔王を探すなんておかしいよ。レッド様は辞めたワケじゃないよ」
メイド長さんにギロッと睨みつけられて、コロンは「ひゃあ」と叫んでぼくの後ろに逃げた。
「魔王レッドが不在のまま五十日が経過しました。支援者たちの不信は限界に達しています。ライバルの魔神教に今もどんどん流れています!」
怒りのオーラを放つメイド長さんを前に、ガタガタ震えるコロン。魔界には魔王派と魔神教があり、長きに渡る争いを繰り広げていた。
「お久しぶりですメイド長さん。あの、魔神教は先々代魔王アイボリー様が圧倒的な力で壊滅させたと聞いたのですか」
「最近また力をつけているのです。魔王家への憎しみを募らせながら。早急に新魔王を立てなければ、この城まで奪われかねません」
「ぼくが頑張りますから!」
「魔王家と血の繋がりがない上に城を出ていったアナタには関係がない事です。さあ、お下がりなさい」
その後も新魔王候補が続々お城にやってきた。
「魚人になって海に婿入りする事になりましたので、辞退します」
「女優として再来年までスケジュールがギッシリで、魔女王をしている余裕がありません」
「同性愛者です。跡取りを作れないから無理」
様々な事情により断られて、メイド長さんの怒りは、やがて疲れと絶望に変わっていく。こんなに魔王様の仕事が人気がないなんて意外だ。
《トリィ、左を見ろ》
頭の中にスカイブルーの声がして、振り向くと銀色の長い髪で顔のほとんどを隠した男が立っていた。
「うえ? おかしい。完璧に気配を消していたはずなんだ。なんで分かったんだ。アンタ何者だ」
「ぼくは魔王レッドの助手トリリオンです。あなたは?」
「オイラは先代魔王の隠し子だ」
「えっ?」
ぼく以外にもいたのか、
「へーえ」
前髪くんは口を三日月にして、ジロジロと全身を品定めするような視線を向けてくる。嫌な気持ちが伝わったのか、モコちゃんが羽を広げて威嚇した。
「ヴー!」
「この子ドラ、アンタのか?」
「うん。ぼくが育ててるモコちゃんだよ」
「へーえ」
前髪くんが威嚇を続けるモコちゃんに手を触れると、一瞬でふわもこ赤ちゃんボディに戻って、フッと眠りについた。
「何をしたの!」
「腹が立ったから肉体の時間を盗んだ」
「何それ!」
左手でモコちゃんを支えながら、右手で胸ぐらを掴む。モコちゃんと過ごした大切な時間の数々が脳裏を駆け巡る。
「頑張ってミルクを飲んで、色んなものを見て、たくさん眠って、やっと成長したのに。無かった事にするなんてヒドイよ!」
「泣くほどのコトなんだ」
「当たり前じゃない、元に戻してよ!」
「誰かに触られるの久しぶりだ。悪くない気分だ」
前髪くんは、フーとため息をついてから、ぼくの手を掴んだ。じりっと焦げつくような匂いがした。
「せめてのものお詫びだ」
その時、城門の前がワッと盛り上がった。馬車でやってきた誰かが魔王の座を受け入れたらしい。
レッドが居ない間に次の魔王が決まるなんて、本当はすごく嫌だけど……今のままじゃお城がなくなってしまうんだから、仕方ないのかな。
新魔王は、どんな魔族かな?
長いマフラーで口元を隠した横顔に目をやると、ピキッと耳に静電気みたいなものを感じた。
『遂におれさまが魔王だあ! 分家だと馬鹿にして
不気味な声が響く。しかし周りは祝福モードだ。今のは幻聴かな。でも胸騒ぎがする。
馬車の中がどうなっているのか知りたい。
また耳に静電気が走った。
『玄関をくぐったらすぐ殺す』
『全員武器を用意しろ』
『奪い尽くすのだ、教祖ヴヴ様に全て捧げよ』
複数の殺気。なにこれ、心の声が聞こえているの? まるでコロンになったみたい。
そういえば後ろのコロンが一言も発していない。
恐る恐る振り返ると、メイド服が落ちていた。
中で何かがモゾモゾしている。
ふわもこ状態に戻されたモコちゃん。コロンの力がぼくに移っている。そうなると、この中には──。
服の中から、キツネ耳が生えた金髪の赤ちゃんが現れた。
「コロン……?」
「おぎゃ、おぎゃあ」
赤ちゃんは目を開いてぼくに伝える。体は赤ん坊でも中身はそのままだと、裸は恥ずかしいからタオルを持ってきて欲しいと。
どうしよう、新しい魔王を放っておいていいわけない。けど心の声が読めたって言っても、きっと信じてもらえない。
モコちゃんとコロンを連れて一度家まで戻り、空いてる部屋のベッドに寝かせて、現場に戻る。
もう馬車が玄関の中に入っていた。
ペンダントを両手で包んで、魔剣の姿に戻しながら駆けつける。
玄関をくぐった時、見えたのは迷彩服の残骸とわずかな血痕だけ。何これ。
女性の悲鳴が聞こえたから、そちらに向かう。
メイドさんが一人お腹を押さえて倒れている。真っ青な顔をしたメイド長が壁に追い詰められている。目の前にいるのは新魔王だ。
血に濡れたナタが振り上げられる。
斬りかかったら間に合わないと思った。だから背後から心臓を狙ってスカイブルーを突き刺した。
念のために背骨ごと右に振り抜くと、ドバッと血が溢れて、体が半回転してこちらを見た。
「ヴヴ様……お助け……くださ……」
新魔王は血を吐きながらそう言って、壊れたデッサン人形みたいにグニャリと体をねじらせながら、地に落ちて動かなくなった。
返り血で染まったメイド長さんはズルリと床に座り込んで、漏らしてしまった。
見てはいけないと思い、背中を向ける。
「……魔王家の秘宝である
黙っていると、馬車から前髪くんが出てきた。状況からして彼がほとんどやったんだろう。反撃を受けた傷跡が肩口に残っている。
「新魔王は死んだか。じゃあオイラはこれで」
「待って、コロンを元に戻してよ!」
「それは出来ない。オイラの魔法は
「じゃあコロンは今のままなの?」
「ちゃんと成長する。精神に肉体が追いつくまで世話をしてやるんだ。大丈夫だろ、アンタは子育てが得意そうだ」
そこまで言って風のように逃げ出した。後を追いかけようと走り出した時、背後からすすり泣く声が聞こえた。
倒れたメイドの手を取って、メイド長が泣いていた。
「ミリア、私をかばって……ごめんなさい、愛しているわ……」
いつも冷たいメイド長の涙。
恋人同士を引き裂いてはいけないと思った。
「メイド長さん、外まで運ぶの手伝ってください。回復します」
草原に寝かせて、最大回復魔法を発動する。
出血量が多すぎる。傷が塞がっても間に合わないかもしれない。冷や汗が落ちていく。
「お願い、生きてください!」
スッと顔の前に白い影が見えた。顔を上げると羽パンダのライライに顔をペロッと舐められた。
のそっと伏せたから、ミリアさんの体を背中に乗せる。
ライライの背中から、キラキラ輝く美しい天使の翼がバサッと広がった。
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