第14話 サプライズ男にご用心(後編)

「キョウ君、キョウ君、大丈夫?」


 伸びているところを団扇うちわであおいでいたら、大きな目がパッチリと開いた。何かを言いかけて、寝ている場所に気付いて体を起こす。


「実家だ……連れてきてくれたのか」


「うん。ライライに重いって文句言われたけどね。今ね、おじいさんと奥さんがお昼ご飯を作ってくれてるよ」


 不安げな眼差しで戸口を見つめるキョウ君。パタパタとした足音が響き、緊張で布団を握りしめた。


「あらあら、初めまして。あなたがキョウちゃんね。ドワーフ族のミレイですよ」


 ピョコッと現れたのは小さなお婆さんだ。目元にシワを刻んだお日様みたいな笑顔が可愛い。丸いメガネも似合っている。


「は、初めまして」


「あなたのお祖父さまったら、見た目は若いのに中身が同世代なもんだから、話が合ってねえ」


 コロコロと笑う仕草も可愛らしい。差し出されたお茶を受け取り、キョウ君の全身から力が抜けていくのを感じる。そこへもう一人やって来る。


「おう、目を覚ましたか。ミレイさんの提案でランチを始めたんだ。食ってけ」


 カラフルな野菜が踊るサラダボウルに、マッシュポテト付きのソーセージ。チーズが溢れるパンに、なめらかなカボチャのスープ。全部が美味しい。


「うまいよ、じいちゃん。ミレイさん」


「それなら良かった」


「ほんとにねぇ」


 キョウ君は二人に向き合った。夜明けのお日様みたいな晴れやかな笑顔ではっきりと告げる。


「結婚おめでとう!」





 ライライにたくさん頼んで、帰りも二人乗りをさせてもらう。風を受けて空を飛びながら、背後でキョウ君が呟く。


「俺、じいちゃんのこと誤解してた。若い子とイチャイチャしたくて再婚したんだろうなって。全然違った」


「優しそうなお婆さんだったね」


「うん。それにお互いを大切にしている感じで安心した。連れてきてくれてありがとう」


「ぼくもホッとしたよ」


 少しの間をおいて、キョウ君に後ろから抱きしめられた。ビックリしてライライから落ちかける。「おとなしくしてて」とばかりにキュウキュウ鳴いている。



「俺、トリィのことが世界で一番好きだよ。だから、トリィの一番になりたい」



 背中があたたかい。

 なんだかとても安心する。


「困った時は頼って欲しいし、寂しい時は呼んで欲しい。いいところを見せられるように頑張る」


「……うん」


 その後はお互いずっと黙っていた。

 くっつき続けた体は、家に着くまでずっと温かかった。




 玄関ドアを開けたら、ふわもこ毛玉が顔面にヒットした。激怒してるモコちゃんだ。出かける前と比べて特に変化はない。


「ウピピピピー!」


「寂しくさせてごめんね」


「ウピ! ウピ!」


 頭の上をボヨンボヨンと飛び跳ねている。そのままの状態で二階に上がると、包帯まみれの誰かがいた。わずかにはみ出たラーメン髪から、サプライズ男だと分かる。


「寝グズリで燃やされたなり。非常に乱暴なドラゴンなり」


「モコちゃんがごめんなさい」


 壁のツタを触りながら回復魔法を施した。包帯がハラハラと取れて、銀縁メガネが現れた。


「こんな危険な場所は出て行くなり!」


 バタバタと階段を降りていく音がして、ドアが開く音が二回して、何も聞こえなくなった。

 またサプライズかと二階を見回し、あちこち触るけど、見つからない。本当に出て行ってしまったのかな。


「トリィ、手を洗っておいで。ご飯にするよ」


 騒ぎ疲れたモコちゃんがまた寝始めたからベビーベッドに寝かせた。コロンに返事をして一階に降りていくと、保管庫と玄関のドアが開いていた。


「なんで……」


 ハッとしてゾッとした。

 急いで保管庫の中を探す。金庫が無い!


 外に飛び出したら、黒いドラゴンに乗って高笑いしているサプライズ男がいた。もう魔王城の四階ぐらいまで飛んでいる。


「慰謝料として金庫コレは頂いていくなり!」


 ライライは疲れて寝ている。間に合わない。どうしたら!


「背中に乗れ!」


 キョウ君がオオカミの姿になった。しっかり捕まると、お城の壁を駆け上がっていく。ギョッとしたサプライズ男は急いで離れようとする。


「飛ぶぞトリィ!」


 壁を蹴って大ジャンプ。わずかに届かない。スカイブルーを魔剣の姿に戻し、キョウ君の背中を蹴って飛びつく。


「返せ、ドロボウ!」


 本人には届かなかったけど、黒いドラゴンの長いシッポを根本から切り落とした。濁った叫びを上げながら地面に落下する。

 ギリギリのところで主人を守ったのか、黒いドラゴンは下敷きになって口から血を吐いた。


 ぼくも足の骨折ぐらいは覚悟したけど、体勢を整え直したキョウ君がキャッチしてくれた。


「ああ……ディス、死なないでくれ、頼む!」


 虫の息の黒いドラゴンに縋り付いて、サプライズ男が泣いている。彼は幻覚の達人だ。全て嘘かもしれない。だけど。

 スカイブルーから滴る血は本物だ。


「あなたが盗人としてお城に投降するなら、ドラゴンを助けてあげますよ」


「頼む、小生が悪かった。どうかディスを助けてくれ!」


 金庫を掲げて懇願する。キョウ君に見張ってもらいながら、最大回復魔法を発動した。黒いドラゴンの体が光り、息が整っていく。


「ああ……本当にありがとう」


 素直に手首を差し出したから、ツタで縛ってお城まで連れて行く。門番に事情を説明して、地下牢に入れてもらう事にした。

 黒いドラゴンは追いかけたけど、門を閉められてしまって中に入れなかった。


「窃盗は投獄三年だから、出てくるまでうちで待っていよう」


 キョウ君から吸血鬼に頼んでもらい、ドラゴン用の小屋を作ってもらった。


「キョウ君、さっきはどうもありがとう。すごく格好良かったよ」


「ちょっとは順位上がった?」


「うん。ライライを抜いて現在三位」


「俺、今まで羽パンダに負けてたのかよ!」




 騒がしい存在がいなくなり、少し寂しい気がする夕食タイム。入浴後にモコちゃんと部屋でのんびり過ごす。


 今回の反省を活かして、お金は自室に保管する事にした。人魚に頼んで壁にくっついた金庫を作ってもらった。



 窓をぼんやり見上げていたら、黒いドラゴンが飛んでいくのが見えた。

 背中に誰かを乗せている。

 両手の親指をグッと立てて歯を光らせている。


 脱獄したのか……さすがサプライズ研究家だな。


 モコちゃんを撫でながら、ベッドに横になる。

 目を閉じるといつも瞼に浮かぶ赤い髪の魔王に、そっと呟いた。


「レッド、いつまでも待たせると、他の誰かのものになっちゃうよ」


 モコちゃんが手元から抜け出して天井付近をぐるぐる飛び回る。間違って水じゃなくてお湯を飲んだみたいな暴れぶりだ。


「いきなりどうしたの?」


 騒ぎ疲れてポスンと落下して、弱々しく「ウピ……」と泣いている。血のように赤い瞳がじっとこちらを見つめる。


「もしかして心配したのかな。大丈夫だよ、一位のレッドは譲れないけど、モコちゃんは世界で二番目に大好き!」


 抱き上げて鼻の頭にキスをした。モコちゃんが目を細めて笑ったような気がした。



 後日。

 ドワーフ族は寿命が四百年ぐらいあるらしく、お婆さんに見えてもミレイさんは若い方だったらしい。ハネムーンベイビーの報告が来た。


「じいちゃんが父親になったってことは……ええと、俺からすると……叔父か叔母が出来たってこと?」


 手紙を読んでいたキョウ君はそう呟きながら倒れて、その後二日間寝込んだ。



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