第13話 サプライズ男にご用心(前編)

 太陽が二つ微笑んでいる朝。


 夜泣きをしなくなったモコちゃんはまだ起きない。睡眠が確保できて嬉しいはずなのに、何故か寂しい気がする。ボーッとしているとドアの向こうから声をかけられた。


「起きてる?」


「キョウ君、おはよう」


「おはよう。あのさ、じいちゃんがハネムーンから帰ってきたみたいなんだけど」


「じゃあ、朝ごはんを食べたら会いに行こう」


 階段を降りていく軽やかな足取りを聞きながら、のんびり着替えを済ませてモコちゃんを抱いて階段を降りていく。二階からは香ばしい野菜スープの匂いがする。


「トリィ、おはようだよ」


 モコちゃんを部屋の角のベビーベッドに寝かせて、席につく。コロンが水とスープをテーブルクロスの上に並べてくれた。


「みんなは?」


「お先にどうぞだよ」


 わずかな違和感を見逃すべきではなかった。スープを一口飲んですぐ盛大に吐き出してしまった。石のテーブルに赤いシミが広がる。


「サプライズ成功なり!」


 バッと視線を向けると、コロンが居た場所にサプライズ男が立っていた。両方の親指をグッと立てて歯を光らせる。


「騙して辛いもの食べさせるとか、嫌がらせじゃないですか!」


「辛味成分カプサイシンは、血流を良くして新陳代謝を上げてくれる。冷え性の改善と疲労回復が見込めるなり」


「飲めてませんよ!」


 ふきんを濡らしてテーブルを拭いていく。ふと台所の中を見ると、スープ鍋が二つ並んでいる。いつもの野菜スープと赤いスープだ。


「わざわざ辛い方も作ったんですか?」


左様さよう。レディの料理に手を加えたら、最悪の場合、殺されるなり」


 耳長族エルフのレディは結構激しいようだ。健康にいいなら飲んでみようか。二つのスープとトーストと、冷蔵機能がついたふたで守られていたサラダをテーブルに並べていく。

 するとサプライズ男も赤いスープとサラダを持って隣に並んだ。


「キツネのメイド殿と人魚たちはログハウスに子守りに行っているなり」


「人狼のキョウ君は?」


「何をおっしゃるやら、それを椅子だとでも?」


「え?」


 恐る恐る下を向くと、フサフサの黒いオオカミがぐったりしていた。急いで飛び退くと、赤い舌を出して目を回している。


「彼のリアクションは最高だったなり」


 辛いサプライズは命に関わるからやめて欲しいと切実にお願いした。しかし落ち着いて飲めば魚のダシが効いていて美味しい。


「料理が上手なら、美味しさで驚かせて欲しい」


「それもそうですな」


 完食し、寝ているモコちゃんの口にミルク瓶を持っていくと、喉を慣らして飲んでくれた。寝たままゲップをして、スピースピーと寝息を立てる。


「最近よく寝るんです」


「ふむふむ、成長期ですな。うちのジェノもそうでした」


「成長期……そうか、大きくなるんだ」


「はて、寂しそうなご様子である」


「まだまだ小さいままだと思っていたから、心の整理がつかないというか」


「心配いりませんぞ、ドラゴンは少しぐらい体が大きくなっても、まだまだ甘えてきますぞ」


 スヤスヤ眠るモコちゃんのふわふわした頭を撫でながら、成長した姿を思い浮かべる。うん、大丈夫。絶対にかわいい。


「地獄を見た」


 しばらく伸びていたキョウ君が目を覚ました。まだオオカミ状態は解除されていない。胸元の白くてモフモフの部分に、引き寄せられれようにくっついた。


「はあっ!?」


 ドコドコとお祭りの太鼓みたいな音が鳴り響いている。落ち着かなくてパッと体を離した。


「心臓の音がうるさい」


「いきなり抱きつかれたら誰だってこうなる。なんなんだよ!」


「モコちゃんが大きくなったら、こんな感じかなって」


 サプライズ男が、キョウ君の前に普通の朝食セットを並べた。ヒト型になってスプーンを手に取る。一度騙されたから物凄く警戒して、恐る恐る口に運んでいく。


「はあ、いつもの味だ」


 ほっとして気が抜けたのだろう、トーストだと思い込んでいる氷の塊をかじって、歯がキーンと来たらしい。涙目でこっちを向いた。


「食べ物関係のサプライズは禁止します」


「うーむ、非常に騙しやすいのであるが、家主の決定なら仕方ないですな」


 やっと食事を終えて、出かける準備をする。

 サプライズ男にモコちゃんを任せるのは心配だ、何をされるか分からない。コロンに声をかけてから行こう。



 にぎやかなログハウスにお邪魔して出かける旨を伝えると、吸血鬼がツインテールを揺らしながら飛んできた。


「第一夫人よ、子供たちは可愛いが腹は満たされぬ! わらわに血を吸ーわーせーよー!」


「はーい」


 差し出した指先を遠慮なく噛まれた。

 うう、痛い。注射の三倍はキツイ。眉を寄せて耐え続けて、解放された時には涙が浮かんでいた。


 その様子を見ていた周りのメンバーが、それぞれ手に持っていた物を落とした。まずコロンが叫ぶ。


「トリィ、傷口から血が!」


「今すぐ手当てします。ニーナ手伝って!」


「合点!」


「わああん、おひめさまー!」


 コロン、アゲちゃん、ニーナちゃんに手当てをしてもらっている間、一番下のサリーちゃんが吸血鬼を小さい拳でポコポコ叩いた。体は平気でもメンタルに効くやつだ。


「おひめさまを、かんじゃ、ダメ!」


「ううう、可愛いサリーよ、わらわは血しか飲めんのよ。腹が減ってはみんなと遊べぬ」


「じゃあ、サリーのを、のめばいいよ!」


「怖くて出来ぬわ!」


「では私の血を差しあげましょう」


 ずずいと割って入ったのは、三男サンくんをおんぶしている人魚のフリーだ。意志の強い瞳をまっすぐ向けて、右手を差し出している。


わたしみーもあげちゃうわよ〜」

「メガと!」「ギガも!」


 絵を教えていたらしいワイファも、ダンスを教えていたらしいメガとギガも一緒に手を差し出した。


「ほほう、実に美味そうだな」


 四人の人魚を前に舌なめずりをする吸血鬼の前に、手当てを終えたコロンが入り込む。


「それなら一番年上のワタシが!」


「非処女はらぬ!」


「えええええ!」


 コウモリの羽でぺシッと外に放りだされたコロンを追いかける。草原にうつ伏せで寝転んだまま落ち込んでいた。


「大丈夫?」


「ワタシ……彼氏とも続かないし、血にも価値がないし、自信無くなったよ……」


 シクシクしている体を起こして、せめて体のダメージだけでもと回復魔法を施した。目を閉じる元気も無いのだろう、ネガティブな心の声が漏れ聞こえてくる。


「ぼくはコロンが大好きだよ。ご飯も美味しいし、お嫁さんになって欲しいよ」


「あわわ、あのねトリィ、嬉しいけどね、そう言うことを軽はずみに言ったらダメだよ」


 立ち上がったコロンは、髪とエプロンドレスの汚れをパパッと払い、逃げるように家に帰って行った。

 振り返ると、戸口にキョウ君が立っていた。


「トリィ、あのさ、今のって本気?」


「お嫁さんにってやつ? うん。コロンは女の子の中で一番好きだもん」


「じゃあ……男の順位は……」


 躊躇ためらいがちな口調に似合わぬ力強い眼差し。思わず固まっていたら、背後からぬっと現れた吸血鬼がキョウ君の二の腕に噛み付いた。

 ゴキュゴキュと激しい音が鳴り響く。


「美味じゃ! どうも人魚の血は磯臭くてのう、貴様をメインにしてくれよう!」


 キョウ君は血を吸われすぎて倒れてしまった。二回目のダウン。どうやら今日は彼にとって厄日だったようだ。

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