第12話 少女に笑顔をもたらす、パンの魔力

 太陽が三つともピカピカ笑顔の朝。


 ニワトリの鳴き声で目を覚まし、着替えて、あくびをしているモコちゃんを連れて階段を降りていくと、玄関ドアを叩く元気な音がした。


「おはようございまあす!」


 コロンの姪っ子。長女アゲちゃん八歳。

 明るい金髪を三つ編みにした可愛い子で、フサフサのキツネ耳もとてもチャーミングだ。吸血鬼に一番狙われる可能性がある。


 十二歳になる前に奉公に出すべきか。

 ケンタウロスさんの所しか心当たりないけど。


「今朝の分の卵を回収しましたので、お姫様に!」


「どうもありがとう」


「牛乳も兄が搾りました。どうぞ!」


「助かるよ。コロンに朝食を作ってもらって、そちらに届けるね」


 アゲちゃんは明るい夕焼け色の目を曇らせて、スカートの裾をぎゅっと握った。何かを言いかけてはやめてしまう。


「悩み事があるなら、聞かせて欲しいな」


 屈んで視線を合わせると、彼女は握りこぶしを胸に当ててポツリと呟いた。


「一番下のサリーが、パンをミルクに浸したものを食べたいって。ワガママを言ってごめんなさい!」


 そうか、三女サリーちゃんは三歳。まだ肉や野菜はうまく食べられないんだ。申し訳なさそうなアゲちゃんの頭をそっと撫でた。


「ワガママだなんて思わないで。引き取ると決めた以上、みんなには楽しく過ごして欲しいんだ。今からパンを買ってくるよ」


 アゲちゃんはパァッと表情を明るくして、深々と礼をしてパタパタと帰って行った。

 一つのドアが開いて、目をこすりながらコロンが現れた。


「アゲータの声がした気がしたよ……」


「コロン、おはよう。これアゲちゃんから今日の分の卵と牛乳。ぼくちょっとサリーちゃんのパンを買ってくるね」


「え、え?」


「朝ごはんに間に合うように帰ってくるから!」


 一階にある保管庫のドアを開けて、金庫にパスワードを打ち込む。コロンがお城を去る前にメイド長さんから受け取った、ぼくのお金らしい。


 コロンが作ってくれたクリーム色の肩掛け鞄にお金をしまい、懐でまだウトウトしているモコちゃんを連れて外に出た。


「ライライ、おはよーう……」


 何が起きているのか理解できず、固まってしまった。そこには羽パンダのライライがうつ伏せでスヤスヤ眠っているはずだったのに。


 今は棒に手足を縛られて体をダランと下げた、豚の丸焼きみたいな体勢で固定されている。


「誰がこんなひどいことを!」


 急いで駆けつけて、白黒ハッキリボディに触れた瞬間、ボフンと白煙に包まれた。両手で煙を払っているうちに視界がクリアになった。


 ライライは……ほうれん草のラーメンみたいな髪をした耳が長い男になった。


「は?」


 男は豚の丸焼き状態のまま、銀縁メガネをキラリと光らせて、口の端を三日月にして叫んだ。


「サプライズ成功なり!」


 大混乱しながら周りを見ると、本物のライライはのんびりテラスで鼻から提灯ちょうちんを膨らましている。考えても分からなさそうだったので、素直に尋ねる。


「何をしているんですか?」


「ふむ、その前に縄を解いて欲しいなり!」


 怪しすぎる。

 このままお城に報告して捕まえてもらった方がいいんじゃないかな。ジロジロ見ながら一周すると、名札が見えた。


「サプライズ研究家、オド=ロキ?」


左様さよう小生しょうせいはサプライズ。つまり驚きを研究して健康促進を目指すものなり」


「驚きは病気を治せるんですか?」


「左様。我が姉は不治の病だったが、大道芸人にハマってから完治したのである。新鮮な驚きと笑いは無病息災のヒントである」


 分かるような、分からないような。

 変な人ではあるけど、悪者って程じゃないかな、脳内で相棒のスカイブルーに問いかける。


《まあ、ライライに危害は加えてねえし、自由にしてもいいんじゃねえか?》


 キツイ縄を力を込めて解いていくと、サプライズ男はドサッと地面に落ちた。ラーメン頭に草がくっついている。


「助かりました。なんとお礼を言ったらよいか」


「どうやって縛ったんですか?」


「通りすがりのご婦人に、どうか豚のごとく拘束して欲しいと懇願したなり。ものすごく嫌そうに縛ってくれたなり」


 へえ、優しい人がいるものだな。


「紺色の長い髪をサイドテールにした、エプロンドレスの、冷たい印象の美女でしたな」


 まさかのメイド長さんだった。


「いったい何処どこから来たんですか?」


「遠く離れた耳長族エルフの村からである。小生、恥ずかしながらサプライズのし過ぎで追放されましてな。気ままな旅をしているなり」


「徒歩で?」


「何をおっしゃるやら、足元のそれを草原だとでも?」


「え?」


 恐る恐る下を見ると、地面だと思っていた部分がカチコチの皮膚へと変貌した。黒い石畳みたいなそれを目で追うと、長い顔と切れ長の目が見えた。

 ダチョウが少し大きくなったぐらいの、一人乗りしか出来ないサイズのドラゴンだ。


「小生の唯一の味方、ディセンバーである」


 バサッと翼を広げると、ぼくを背中に乗せて浮かび上がった。皮膚は硬いけど安定感がある。トゲトゲの尾は二メートルはある。

 フワッと着地し、元のように地面に伏せた。


「気づかずに踏んでしまってごめんなさい」


「よかよか」


 ドラゴンは黒いボディに似合わず気さくだった。サプライズ男の旅に付き合っているぐらいだ。器が大きいのだろう。


「不思議な魔法ですね」


「思い込みを利用した幻覚魔法である。そこにあるべきという固定概念により真実の姿を隠すなり」


「サプライズ楽しかったです。どうか良い旅を」


「ありがとう。君は実に良いリアクションをしてくれた。お礼にこれをあげよう」


 サプライズ男が取り出したのは、正方形の金属の箱。上には細長い長方形の穴が二つ開いている。


「永続魔法トースターである。ママが追放されし小生にくれたもの。ボタンを押せば必ず二枚の焼きたて食パンが現れるなり」


「すごい、しかし大切な物では」


「よく考えてみるなり。持ち歩くと勝手にボタンが押されて、鞄の中がパンまみれなり。アチアチなり。もう一生分食べたなり」


「それは大変でしたね」


「それに重いし、かさばる。旅のお供には向かないなり。飽きるまで食べてくれなり。さらば!」


 サプライズ男は小型ドラゴンに乗って飛び去っていった。変な人だったけど、どうかお元気で。

 トースターを抱えて玄関ドアを開けた。


「ただいまー!」


「おかえりなりー」


 一階ホールでサプライズ男が小型ドラゴンと一緒にお茶を飲んでいた。意味が分からなくて固まる。


「は?」


「サプライズ成功なり!」


「なんでここに?」


「行ったと見せかけてまだ居るのはサプライズの基本なり。君のリアクションは実にいい。ここで暮らすなり」


「え、え、ダメですよ」


「ブーブー。ならばトースターを返すなり」


 その時、半開きのドアからアゲちゃんがサリーちゃんを抱っこして現れた。


「あの、お姫様。パンは買えましたか?」


「おひめさまー」


 ぼくは、ため息をついて決断をした。




「すごいよ、本当にボタンを押すだけで焼きたてパンが出てくるよ」


 楽しそうなコロンと、牛乳に浸したパンを幸せそうに食べるサリーちゃん。それを見つめるアゲちゃん。他の事はどうでもいいかと思える光景だ。


「また男が増えている! 殺さなきゃ! あれ?」


「それはヒトデのぬいぐるみなり」


「キャー私のヒト美がー! 絶対に許さん!」


 サプライズ男を仕留めようと四苦八苦するフリーの叫びが家中に木霊している事は、聞こえないふりをした。

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