第11話 美少女吸血鬼と家族の問題をクリアしよう!

 満月が三つ並んだ夜。


 モコちゃんの夜泣きで起きて、抱っこして部屋をグルグル回っていたら、突然、天窓に黒い何かが落ちてきた。


「コウモリだ」


 モコちゃんを抱えたまま壁の窓から出て、屋根に登っていく。ぐったりと動かないコウモリに近づいて手を伸ばした。


「大丈夫?」


 瞬間、鋭い感触が走った。指先を噛まれたのだと気付いた時には、痛みで膝をついていた。


「ウピー!」


 モコちゃんがコウモリに火を噴くと、素早くキバを抜いてバサバサッと宙に逃げた。傷口から浮かび上がる血を見て、モコちゃんが顔のまわりをグルグル回る。


「くははは、変わったドラゴンじゃのう。わらわのペットにしてくれよう!」


 コウモリは月明かりの下でバッと姿を変えた。

 プラチナブランドのツインテールを三日月のアクセサリーで留めている、絶世の美少女だ。

 ニヤリと笑った口元から、血が滴る鋭いキバが見えている。


「わらわは、吸血鬼一族の次期当主! フランシス・エリザベート・キュー!」


「ぼくは魔王レッドの助手トリリオンです。いきなり噛むなんてひどいよ」


「すまぬ、長旅で腹が減っていてな」


「故郷はここから遠いの?」


「うむ、三日は飛び続けた。もう限界という時に、窓から最高のご馳走が見えたのでな、罠にはめたワケよ」


「はあ、なぜ旅をしているの?」


「よくぞ聞いてくれた。わらわの野望である、処女による、処女のための、処女ハーレムを作るためじゃ!」


 頭の中で、スカイブルーが解説をしてくれた。吸血鬼一族は清らかな乙女の血を好んで吸うのだと。


「じゃあ子供も襲うの?」


「せめて十二歳にはなってもらわんと可哀想で吸えぬわ」


「十二歳はまだ子供な気が」


「この家はなかなか良い。ここにハーレムを築こうぞ。貴様の血はなかなかの美味。第一夫人にしてやっても良いぞ!」


「あのう」


「なんじゃ、リクエストがあるなら何なりと」



「この家は渡せませんし、ぼくは男です」



 吸血鬼は大きな目を点にして固まり、直立不動のままバランスを崩し、屋根から落ちかけた。急いで手を掴んで耐えたけど、意外に重い。


 手を離したら、着地寸前にコウモリになって回避した。


「何をする貴様!」


「怪我をしたら回復すればいいかと思って」


「澄んだ瞳でなんてこと言うんじゃ!」


 屋根の上でシクシクすすり泣く。モコちゃんは追い打ちをかけるようにその背中に体当たりをしている。


「処女の血だけを吸って生きていくのが夢だったのに、いきなりしくじった……もう生きているのがイヤになったわい」


 理不尽な言い分に付き合う義理はない。モコちゃんを捕まえて部屋に帰ろうとしたら、足を掴まれた。


「慰めんかー!」


「ぼくもう寝たいんです」


「よーし、考えを改めたわい、清らかな美形ならば性別を問わぬ!」


「好きにしてください。この家はダメですからね」


「ならば隣に作ろうぞ!」


 吸血鬼はバサバサッと地面に降りて、ウエストポーチから小さい本を取り出して、大きくした。縮小魔法がかかっていたらしい。


「我が望みを叶えよ、ツリーハーレムハウスじゃ!」


 地面からメキメキッと大木が生えて、自分の意志かのように形を変えて、立派なログハウスになった。広めのウッドデッキにはブランコもある。


「すごい」


「さあ第一夫人よ、ハーレムの住人を見つけてくるが良い。でなければ貴様の家を破壊するぞ!」


 そう言い残して出来たてのログハウスに入って行った。きっと内装を作っているのだろう。ピカピカ光っている。


「ウピー」


「振り回されて疲れたね、寝ようか」


 その夜、モコちゃんは朝までぐっすり眠ってくれた。




 翌朝、みんな暗い顔をして朝食を食べた。

 人魚たちとキョウ君は、お皿を下げてトボトボと自室に帰ってしまう。コロンはボーッと皿洗いをしていたが、手を滑らしてコップを宙に投げた。


「ああ、ごめんだよ」


 屈んだ拍子に頭を打ち付けて、更に別の皿も割った。フサフサのキツネ耳がシュンと下がっている。


「ぼくがやるよ」


「ダメだよ。ワタシはメイドだよ」


 そう言いながらまた一枚割ってしまった。一緒に片付ける。頭を押さえて腰かけたコロンの隣に座る。


「お兄さんのお家で何があったか、話してくれないかな」


「面白い話じゃないよ……」


「お城でいつもぼくの声を聞いてくれたでしょう。話すだけで楽になる事もあるって、コロンから教わったんだよ」


 いつも閉じている金色の目が開いた。

 彼女は心を読む妖怪サトリ族。目を開くと逆に自分の心をサトラれてしまう。今は悲しみと驚きを感じる。


「そうだったよ、トリィは大人になったね」


 人魚の魔法でいつも水は飲み放題だ。コップ一杯の水をコロンの前に置いた。うつむきながらポツポツと話し出す。


「兄夫婦はラブラブで、憧れだったよ。甥っ子姪っ子合わせて六人いるよ」


「すごい」


「畜産も畑もやっているから、分けてもらおうと思ったよ、けどお兄ちゃんったら、ギャンブルにハマっていたんだよ」


「ギャンブルって?」


「お金を置いてカードゲームをやって、負けたら取られちゃうんだよ、負け続けて、財産を食い潰して、情けないよ……」


「そんな、甥っ子姪っ子さんたちは?」


「みんな痩せ細って、飼っている牛の乳と、鶏の卵でギリギリ生き延びている感じだったよ。忘れられないよ」


「ここに連れてきたらどうかな、野菜と果物はたくさんあるし」


「部屋が足りないし、そこまで迷惑は」


「ちょっと危ない寮母さんがいるログハウスなら……あるけど」



 コロンとライライと一緒に迎えにいくと、家の中に子供達しか居なかった。

 残されたメモによると、ギャンブル狂いの夫は借金返済のために炭鉱で働く事になり、一人育児に絶望した兄嫁さんは逃げ出してしまったらしい。


「コロン姉ちゃん、お腹すいたー」

「ママもパパもいないの、わああん」


 二人が帰ってきた時のために手紙を残し、上の二人はライライに乗ってもらい、真ん中の二人は牛に乗ってもらい、小さい二人はぼくとコロンでおんぶした。

 子牛、ニワトリ四羽も連れての大規模な引越しだ。



「ひゃわわわ、かんわゆいのうー!」 


 吸血鬼はメロメロの腰砕けになりながら、子供たちに部屋を案内する。話を聞いたところ一番上の子で九歳。あと三年は血を吸われないだろう。

 ご機嫌に家畜たち専用の小屋も作ってくれた。


 ウッドデッキで歓迎会をする。

 カモ肉のステーキに卵焼きを付けて、具沢山の野菜スープに山盛りの団子。子供たちはたくさん食べて、たくさん笑った。


「第一夫人よ、褒美をとらす。身に付けても売っても良いぞ」


 巨大な赤い宝石の指輪を渡された。

 あれ、どこかで聞いたことがあるな。誰かが欲しがっていた気がする。


 にぎやかなツリーハウスを見つめながら、人魚のフリーが呟く。


「海を支配する大魔女様は、私たちにとって母のような存在です。きっと出て行った事を怒っているのでしょう。巨大なルビーを求めるなんて」


 寂しそうに裾を掴む姿は、とても小さく見える。

 引越し疲れで体はちょっとキツイけど、大切な仲間の笑顔のためだ。あと少し頑張ろう。


「フリーたちのお母さんなら、ぼくもご挨拶したいな。贈り物もあるし」




 浜辺で人魚たちは舞い踊り、フリーが代表で歌うと大魔女様が現れた。アクセサリーをたくさん付けた、巨大な美女だ。

 うやうやしく赤い宝石を捧げる。


「見事な輝きだ。お主が王子か」


 王子呼びは本来ならフリーのブチ切れスイッチだけど、今はカチコチに緊張していて聞いていないようだ。なぜなら今から大魔女様を相手に演技をするからだ。


「トリリオンと申します。フリーたちから自慢のお母様と聞いて、どうしても会いたくなりました」


「そうなのかフリー」


「ヴィヴィアン様こそ世界一美しい我が母!」


「ワイファはどうか?」


わたしみーの最高のママよ」


「メガ?」


「仕事も育児も完璧な、まさに賢母!」


「ギガ?」


「お母さん大好き!」


「可愛い娘たちよ。意地悪をして悪かったですね。こちらをあげましょう」


 大魔女様は海の一部を切り取ってプレゼントしてくれた。台所の一部に水槽を設置して中に入れる。魚が泳ぎ、珊瑚も貝もある。見た目も爽やかな食べ放題の生簀いけすだ。


「いつでも里帰りしていいそうです。姫のおかげです」


 フリーの笑顔につられて笑った。



 シーフードが手に入ったので、食事がさらに豪華になった。ささっとお風呂を済ませて自室に戻る。ベッドに寝転ぶと目が回っている。

 そこへ控えめな声がかかった。


「寝てたらごめん、今日ほとんど会えなかったからさ。返事はいいんだ。ただ話をさせてほしい」


 人狼のキョウ君だ。

 うーん、乗りかかった船だ。聞いておこう。


「俺さ、じいちゃんには苦労をかけたから、幸せになって欲しいんだ。けどさ、再婚してたの知ってモヤモヤしてるんだ。最低だよな」


「それは仕方ないよ」


 ドアの近くに移動して話す。


「だって相手を知らないんだから、不安の方が大きくて当たり前だよ。騙されている可能性だってあるし、祝福するのはまだ早いよ」


「そ、そうかな」


「ハネムーンから帰ってきたら、一緒に会いに行こう?」


「うん。ありがとう! おやすみ!」


 タンタンタンと階段を降りていく足音を聞いて、安心したのか床にへたりこんだ。まずい、こんな所で寝たら体がバキバキに。


「ウーピーピー」


 モコちゃんがパジャマを引っ張ってベッドまで運んでくれた。そして布団までかけてくれる。

 すごい、成長したね……おやすみ。


 その夜モコちゃんは夜泣きしなくて、ぐっすり眠ることが出来た。

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