第2章 新居でドタバタ日常編。だいたい食糧難。

第10話 食材GET競争。優勝は誰だ?

 太陽が二つ並んで、一つが寝坊の朝。


 窓から差し込む陽光に、抱きしめられている心地がする。全身にエネルギーを受けて、細胞が活性化するのを感じた。


 モコちゃんを抱いて階段を降りていくと、テーブルの上にデデンと団子が山盛りになっていて、誰も居なかった。

 一階もしんと静まり返っている。


「みんな、どこに行ったんだろう?」


 二階に戻ると、団子の影に手紙が置いてあることに気がついた。そこにはコロンの字でこう記されている。


『トリィへ。みんなで手分けして食材探しに行ってくるよ。誰が一番いいものを持ち帰れるか競争だから、トリィは審査員をよろしくね』


 人魚たちは海に行ったのかな、キョウ君はおじいさんがいるお店かな。コロンは……そういえば故郷や家族の話を聞いたことがないな。


「ウピピー」


「モコちゃん、今ミルクを作るね」


 台所のやかんは、コロンの火魔法でいつも熱湯が入っているらしい。瓶を消毒してから、覚えたての順でミルクを作る。

 肌くらいの温度って、けっこう難しい。


「よーし出来た。せっかくのお日様だから、お外で食べよう」


「ウピッピ」


 朝の澄んだ空気が好きだ。

 キラキラ陽光を浴びて、うーんと伸びをする。城門の見張り小屋の中では門番のケルベロスがまだイビキをかいている。


 お城の庭に住んでいた羽パンダのライライは、大声で呼んだら飛んできてくれて、うちのテラスで暮らすようになった。


 うつ伏せでグウグウ寝ているライライの背中に体を預けて、モコちゃんにミルクを飲ませる。

 昨日よりも力強く、ゴキュゴキュ飲んでいる。


「今まで八階の部屋だったから、階段を降りるの大変だったんだ。すぐにライライに会えるようになって嬉しいよ」


 後頭部をすりつけて甘えてみると、ライライがあくびをした声がした。


「今日はみんな、ごはんを探しに行ってるんだ。誰のごはんが一番すごいか決めるんだよ」


「キュウー」


 のそっと起き上がった気配と同時に、顔を擦り寄せてきた。ほっぺたをペロペロされて、ちょっと髪を噛まれた。寝ぼけてるのかな、ぼくはご飯じゃないよ。


「キュウキュッ」


 バサッと羽を広げて、二度三度、風を起こしてから空に浮かび上がる。そのまま森の向こうに飛んでいってしまった。背中が空いてしまって寂しい。


「モコちゃんは側にいてね」


「ウピー」


 その時、野太い悲鳴が上がった。

 見上げると身長三メートルほどのドラゴンが居た。手に持つ透明な箱の中にいたのは、上半身はウェーブのかかった長い髪をした彫りが深い顔立ちの男性。下半身は立派な栗毛の馬だ。


「まさかこんな場所に!」


 ドラゴンが着地して、箱から飛び出してきたケンタウロスに肩を乱暴に掴まれた。


「君、ファードラゴンをどこで見つけたんだい!」


「ファ、なんですか?」


「本来ならドラゴンの体は硬質な皮膚なんだが、ファードラゴンだけはフワフワのモコモコなんだよ。希少生物なんだ!」


「は、はあ……」


 なんだろう、ライライといいモコちゃんといい、ぼくには希少生物ハンターの才能があったりするのかな。空は間に合ってるから、次は地面を掘れる系がいいな。


「失礼。わたしはドラゴン研究センターのマイオス。希少ドラゴンを扱っております」


「魔王レッドの助手をしておりますトリリオンです」


「助手殿、どうかファードラゴンの赤ちゃんをお譲り頂けませんか?」


 どうしよう、素人のぼくよりプロの研究者の方がモコちゃんを伸び伸び育てられるかな。


「美しい剥製はくせいにしますから!」


 前言撤回、マッドサイエンティストだ。ぼくは体勢を変えてモコちゃんの体を自分の体で隠した。


「勿論、この子のDNAをくまなく調べてからになりますよ。そしてクローンを量産します。決して命を無駄にはしません。可愛すぎる剥製にお客さんが連日並びますよ!」


 ギョロッとした目がギラギラしている。

 やばい、本気だ。力づくでも持っていくぞ、という強い意志を感じる。


《ぶち殺せトリィ》


 頭に響くスカイブルーの声。

 確かに、モコちゃんに危害を加えるなら戦わないと。この子はぼくが守らないと!


「あの!」


「ウピ────────!」


 ケンタウロスはモコちゃんの吐いた火を食らって黒毛になった。長かった髪もチリチリになっている。


「はあ、ファードラゴンの炎はいい匂い」


 全然怒らない。研究者のかがみかもしれない。考えたくはないけど、モコちゃんがもし、命を落とすことがあれば、このヒトに任せようかな。

 ん、命を落とす?


「あのう、この子のお父さんではダメですか?」




 ケンタウロスのドラゴンに乗せてもらい、ドラゴンの集合住宅を訪れる。木陰で待ってもらって、白いボディで額に金の宝石を持つひときわ立派な個体に声をかけた。


『トリリオン君じゃないか、まさか赤子を返しにきたんじゃあるまいな』


「違います。昨日亡くなった青いドラゴンはどちらですか?」


『そこの洞穴に寝かせてあるが』


「貴重なドラゴンなので、どうしても研究をしたいというケンタウロスが来ていまして」


 手招きをすると、パカラッパカラッと走ってきて、ズサーッとスライディングで頭を地面にこすりつけた。火花が出て煙が浮かぶ。


「ドラゴン長老のエンジェルズアーク様あー! お会い出来て光栄でございますー!」


 ケンタウロスはしばらくその体勢で、ひたすら賛辞を述べた後にファードラゴンの遺体を預けて頂けるように懇願した。

 長老さまは快諾してくれた。


『同胞をよろしく頼む』


 許可が出たのに、なおも懇願し続けるケンタウロスに声をかけると、ギョロッとした目玉をこぼれ落ちそうなぐらいに見開いた。


「助手殿はドラゴン語が分かるのかい!」


「え、普通に話していませんか?」


「グギャーとかギャオーとしか。ドラゴン語が分かるなんて、魔界広しといえど、魔王家の者ぐらいしか……」


「そんな気がしただけです。ホラ、目を見れば分かるってやつです!」


「ああ、はいはい。このドラゴン空腹だなと思ったら頭から呑まれたり!」


 なんで今日まで生きていられているのだろう。

 ケンタウロスは研究所の仲間を遠吠えで呼んで、十体以上で遺体を引きずっていく。みんな泣いて喜んでいる。

 その様子を、モコちゃんが懐から顔を出してじっと見ていた。


「やや、森の中にうまい実を発見です。あれを助手殿への礼としましょう」


 タタタッと垂直に木を駆け登り、揺らして何かを落とした。三日月みたいな形をした黄色が七本、根本でくっついている。


「バナナです。栄養満点ですぞ」


「ありがとうございます。食べ物が無くて困っていたんです」


「やや、そうでしたか。では後ほど研究所から食材を送らせます。先ほどの屋敷でよろしいですかな」


「はい、助かります。でも上の方に叱られたりしませんか」


「ははは、心配ご無用。こう見えても所長でしてな」


 このヒトがトップの組織か、一体どんな食べ物をくれるのか心配だけど、背に腹はかえられない。


「よろしくお願いします所長さん。それから、剥製の見学に行きたいです。この子も連れて」


「もちろん大歓迎です。住所はここですぞ」


 ケンタウロス所長からバナナと印がついた地図を受け取り、家の前で別れた。ぼくに合わせてモコちゃんも手を振っている。立派なお父さんの姿を見に行こうね。



 その夜。

 全員どんより曇り空の顔で帰ってきた。


「海を支配している大魔女様に、シーフードがほしければ巨大ルビーを持ってこいと言われました……」


「じいちゃんが再婚してハネムーンに行っていた……」


「子沢山の兄夫婦のとこに行ったら、逆に食い物よこせと脅されたよ……」


 みんな絶望と空腹で泣いている。


「みんな、お疲れ様。これ食べてみない?」


 手に入れたバナナを一本ずつ分配する。皮を剥いて口に含むと、さわやかな甘みが駆け抜けていった。


「すごく美味しい!」

「こんなの食べたことない!」


 みんなの顔色がパッと明るくなった。ホッとしたけど、研究所から食べ物が届くまで時間がかかるだろうし、みんなのお腹が保つだろうか。


 その時、二階のベランダにドサドサッと何かが落とされた。見ると立派な鹿とイノシシとカモの死体だ。

 パタパタとライライが降りてくる。


「キュウ!」


 ベランダに出て、ライライの顔に抱きつく。ペロペロ舐められてくすぐったい。朝出かけて行ったのは、ごはん探し競争に参加するためだったんだ。

 ご馳走の数々に、飢えたみんなの目が輝く。


「優勝はライライだ!」


 その夜はイノシシ鍋をみんなで楽しんだ。残りの食材は、台所に隣接してある冷凍室で保管する事になった。


 二日後、ケンタウロスの集団が野菜と果物をたくさん持ってきてくれた。大きな畑を有しているので、これからも定期的に届けてくれるらしい。


 お礼の手紙には、モコちゃんの足型を付けた。

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