第9話 窓際のあの子。(人狼キョウ視点)

 じいちゃんと屋台から始めた甘味屋。口コミで評判になって、店を構える事が出来た。屋根のある場所でメシ食って、安全に眠れるのは最高だ!


 けど幸せは、慣れてしまうものらしい。


 お客さんは神様だ。

 だけど常連になるほど団子を味わってくれなくなる。今日は特にうまく出来たと思っても、おしゃべりのついでに口に放り込まれるだけ。


 朝起きるのが憂鬱な日が増えた。

 ずっと惰性で団子を作っていくのか、この店から離れることなく生涯を終えるのか。


 屋台を引いていた頃は、強盗やらモンスターやら危険がいっぱいだったけど、自由だった。またあの頃に戻りたい。


 けど楽しく働いているじいちゃんに、そんなこと絶対に言えない。


「じいちゃーん、どうしたんだよ。今朝はずいぶん起きるのが遅いけど……」


 口の周りと布団が血だらけだった。

 急いで近くの医者を呼んできたけど、症状がかなり進んでいて、手の施しようがないと言う。


「残念だけど、魔界三大神器が一つ『千兆の弓クァドリリオンアロー』でもないと助からないと思うよ」


 苦しそうに咳き込む姿を、見ていることしかできない。

 じいちゃんはずっと守ってくれたのに。


『無事で良かった。もう大丈夫だ、じいちゃんがついてるからな』


 病気を理由に故郷に捨てられた俺を、助けに来てくれた。稼ぎが少ない中で、優先的に食べさせてくれた。ずっとじいちゃんに守られて生きてきたんだ。


「今度は俺が助けなくちゃ」


 商売は情報が命。魔王が不在なことは分かっている。見つかれば死罪の魔王城侵入。見張りの人魚を酔わせて、窓ガラスの一部を壊して入り込む。どこだ。大事なものをしまう場所は。


「おかえり、レッド!」


 ヒラヒラのネグリジェ姿の誰かが入ってきた。逆光で顔はよく見えない。

 いま、魔王のことを名前呼びしたか?

 ええい、この子が誰なのか考えているヒマはない。脅かして布団とかでくるんで、弓を探す間ちょっと大人しくしていて貰おう。


 いや、それじゃ強盗じゃないか!


 床に押し倒した途端に我に返って飛び退く。失敗だ。弓を見つけられなかった。ごめんじいちゃん!

 俺は一目散に逃げ出した。




 一睡も出来なかった。

 じいちゃんは今日も苦しそうだ。どうしよう。いつまでも店を閉めていては、医者代も払えない。モヤモヤした気持ちを抱えて仕込みを始めた。


 いつも通りの光景。

 旦那さんの愚痴のついでに消費される団子。喉を潤すためだけに消えていくお茶。満たされない気持ちが泥のように沈殿していく。

 何もかも捨てて逃げ出したい。そう思った時。


 可憐を絵に描いたような女の子が現れた。



「……すみません、少々お待ちください」


 平静を装って対応するも、正直なところ心臓がドコドコ騒がしい。店の常連さんは年上ばかり。同じぐらいの年というのは珍しい。

 しかも一人だ。

 ふわふわの綿菓子みたいな髪に、白い肌。長いまつ毛に彩られたエメラルドグリーンの瞳。


 イヤでも目立つ。いやむしろ輝いて見える。


 あの子に帰らないで欲しいと、必死になって今いる客たちの相手をする。時間の経過が恐ろしかった。外で待っていないかもしれない、幻のように消えてしまうかも。


「いらっしゃいませ!」


 良かった、まだ居てくれた。

 彼女は空いた店内に入り、窓際の席に座る。メニュー表に目を通す横顔は、陽光を浴びて輝きを増している。


「初めてなので、おすすめをください」


 声まで可愛い。口元をにやけさせないように緊張しながら厨房に引っ込む。顔が熱い。絶対に満足してもらいたい。


「ごゆっくりどうぞ」


 飛び跳ねそうな心臓を押さえて、なんとか給仕する。近くで見ていたいけど、嫌がられたら困る。それにまだ他のお客さんもいるし。店中を回りながら耳を澄ませる。


「わあ、おいしい」


 声のした方に視線を向ける。やはりさっきの女の子だ。頬に手を添えて幸せそうに笑っている。

 か、か、か、かわいい!

 一つ一つ、宝物のように口に入れていく。俺は団子を作ったはずなのに、宝石に変化してしまったのか?


「はあ……いい香り」


 お茶も一口ずつ、ため息混じりに飲んでくれる。ただの茶碗が、まるで永遠の寿命を約束する聖杯のように見えてくる。

 余韻に浸ってから、皿に手を合わせてくれた。


 やべえ、もう好き。


 どこの子かも分からないのに、ときめきが止まらない。会計の時どうしよう、何か話しかけたい。「可愛いですね」とか言ったら「は、はあ……」みたいな微妙な顔をされるだろうし「君が望むならご自宅で団子作りますよ」とか言ったら「ナンパきもい」とダッシュで逃げられるかも。


「待たせてすみません」


 結局、無難な謝罪に落ち着いた。くそ、俺の意気地無し。けどせめて精一杯の笑顔でアピールだ!



「ご馳走様でした。昨夜の続きをしませんか、ドロボウ狼さん」



 浮かれた気持ちに冷水をぶっかけられた。

 瞬間、思い出す。昨夜の魔王城での出来事。暗くて顔がよく見えなかったけど、押し倒したのはこの子だったのか。


 あの自信に満ちた目。確信があるようだ。

 投降するか口封じしかない。そして投降=死だ。俺はもちろん、きっとじいちゃんも責任を取らされる。


 戦うしかないのか?

 あんなに美味しそうに食べてくれた子を?


 思い切りビビらせるのはどうだ?

 覆いかぶさって腕の一本を咬んで、ビービー泣かせて、クソ、胸が痛むが。


「誰にも言いませんから、殺さないでえ!」


 という流れに出来たら、何とかなる。

 よし、やってやるぜ!


 ──そして俺は落とし穴に落ちた。



 全ての終わりを覚悟したけど、結果的にじいちゃんは若返った。髪は黒くフサフサに、顔立ちは羨ましいぐらいのイケメンに。目元が垂れてるのは歳のせいで、元々はこんなにキリッとしていたのか。


 女の子が人魚ともめている間に、店に戻り、次々と新作レシピを生み出す背中にそっと声をかけた。


「じいちゃん、あのさ」


「城に行くんじゃろ、達者でな」


「アッサリかよ。もっとこう、なんか言うことが」


「お前が仕事で悩んでいるのは分かっておった。まだ若いんじゃ、広い世界を見てきなさい」




 じいちゃん。お元気ですか。

 俺は今、好きな子と一緒に暮らしています。と言っても魔獣を含めて九人暮らしだから、寮みたいな感じかな。


 天使みたいに可愛いと思ったトリィは意外にダメな子でさ。雨が続くと「だるい、頭が痛い、やる気が出ない」とダラダラしてるし、逆に晴れると──


「おひさまごはーん!」


 と叫んで外に飛び出して、ぬかるんだ草原をパンダと一緒にゴロゴロして服を汚しまくるんだ。

 そしていつもメイドのコロンさんに叱られてる。


 疲れがピークに達するといきなり倒れるから、何度ベッドに運ぶことになったか分からない。育児をしてるクセに本人が赤ん坊みたいなんだ。


 もちろん、いい所もある。

 どんなに疲れている時でも、困ってる人を見つけたらパンダに乗って駆けつける。回復役がいるにしても、自分が怪我するのを全然気にしないんだ。


 この間なんか、パンダとドラゴンの喧嘩の仲裁に入ってさ、背中に十字の傷を負ったってのに。


「二人とも大好きだよ、お願い、仲良くして」


 そう言って笑うんだ。

 見た目以上にガキで放っておけなくて、優しくて、毎日、好きな気持ちが増えていく。だけど告白するのはまだ早いと思う。


 彼女は魔王レッドの事が好きなんだ。


 よく泣きながら魔王の名前を呼んでいる。早く帰ってきて欲しいと心から願っている。入り込める隙はまだ見つからない。


 だから毎日、団子を作るんだ。

 お店で作っている時と全然違うよ。ただ一人を魅了するためだけに魂を込めて生み出してる。


「うーん、今日もおいしい!」


 そう言うトリィのキラキラした笑顔を、一人占めできる日を願ってる。

 落ち着いたら店に顔を出すよ。

 最近、特に寒さが厳しいから、体に気をつけて。


 キョウ



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