第8話 育児からの魔王城追放(後編)
「この子を連れて、お城を出ていきます」
「なんですって?」
「レッドは、なんの取り柄もないぼくを引き取って育ててくれました。彼のように生きたい。この子を守りたいです」
「極寒の夜に野宿など、朝を待たずに凍死しますよ!」
「城門の外に物置がありますよね、あそこに住まわせて頂けませんか?」
「も、物置?」
「レッドが帰ってくるお城の近くに居たいんです。お願いします!」
メイド長さんは、すらっとした人差し指と中指を額に当てて、二度頭を振ってから、苦々しく口を開いた。
「許可しましょう」
「ありがとうございます!」
「……ドラゴンを手放して
長いエプロンドレスを見送って、引っ越しの支度をする。レッドから貰ったバッグに着替えとティーセットを入れて、毛布を二つ丸めて脇に挟む。
最後に部屋を見回し、ランタン片手にそっとドアを閉じた。
「あら、お出かけ? 今夜は冷えるわよォ」
一階のクリニックでポコナに声をかけられた。今日は夜勤らしく、モグモグお団子を食べている。
「お世話になりました。どうかお元気で」
「ええ?」
不思議そうな彼女に手を振り、正面玄関を出る。
サイクロプスを倒した細い橋を渡って、庭を過ぎて城門を抜けた。見張り小屋の中で門番のケルベロスが眠っている。
その先が長い階段になっている関係で夜風が吹き上がって物凄く寒い。
避難した物置は思ったより古かった。
どうやら使われていないらしい。扉を開けるとカビの匂いがする。丸太を組んで作られている壁は隙間が多く、樹皮も貼られていないから防寒機能はゼロに等しい。
「だ、大丈夫だよ、モコちゃん。ぼくは孤児院の物置で暮らしていたんだ。昔に戻っただけ……」
片目で話せず魔法も使えない男子は、まず引き取り手がつかない。早く死ねとばかりに放置されていた。太陽光を栄養にする
「大丈夫、モコちゃんが温かいから……」
隙間風がこれでもかと肌を打つ。ランタンの炎も、毛布も、無力に帰す圧倒的な寒さ。耳の感覚が無くなってきた。
「はは……お城での恵まれた生活にすっかり馴染んじゃったみたい……」
今から地面に頭をつけて謝ったら、許してくれるかな。暖炉の前で、スープを飲んで、ベッドでぐっすり眠れるかな。
でも、そこにモコちゃんは居ない。
《トリィ、今すぐ羽パンダに乗って逃げろ。死んじまったら何にもならねえだろうが!》
無理だよ、スカイブルー。だって。
「……らい、らい……」
もう声を張れないし、足が動かないんだ。
「ごめんね、さよならみたい……」
あのね、スカイブルーのこと、お父さんみたいに思っていたんだ。厳しい事を言うけど優しくて、いつも守ってくれた。どんな話でも聞いてくれて。
《このバカ息子が》
レッド、最後に一目だけでも会いたかった。
燃えるような姿を、瞼に焼き付けて。大好きな君のそばで長生きしたかった……。
涙って意外と温かい。一晩中泣いていれば助かるかもと思っていたら、突然、巨大な毛布にくるまれた。いや、この甘い匂いとモフモフ感は──
「なにもこんな日に追い出さなくてもいいじゃんか、メイド長さんは鬼かよ」
オオカミ状態のキョウ君だ。ああ、あったかいなあ。ずっとこうしていたい。安心してウトウトしていたら、目の前にボウッと明かりが見えた。黄色い……火の玉?
「トリィ、スープだけ持ち出してきたよ、あったまるよ」
コロンが魔法の瓶を差し出してくれた。キツネの魔族が得意とする炎魔法に囲まれてポカポカだし、スープもすごく美味しい。
なんだか色々と込み上げてきた。
「ありがとおおお! さむかったよおお!」
「お、おお」
「トリィ、スープをがぶ飲みはダメだよ」
「モコちゃんと離れたくないよおお! でも寒くて死にそうだよおお! なんでレッドは帰ってこないの! ぼく捨てられたんだ、うわあああん!」
「ウピッピッピー!」
ぼくの感情に合わせてモコちゃんが火を噴きまくり、物置は大炎上してしまった。二人に必死に連れ出して貰ったから助かったけど、他は全部焼けてしまった。
レッドから貰った思い出のカバンも。
ボーっと炎を見つめていたら、コロンが厚手のローブを着せてくれて、オオカミキョウ君が背中に乗せてくれた。
二人とも来てくれたけど、これからどうしよう。
「俺さ、辞めてきたんだ」
「ワタシはクビだよ。トリィをなんとか戻して貰うように直談判したんだけど、叶わなかったよ」
「そんな。ぼくのために……ごめんなさい」
「俺はそもそもトリィに団子を作るために来たんだから、当たり前だよ」
「ワタシはトリィの専属メイドだよ。どこまでもお世話してあげるよ」
キョウ君が階段の下を指差す。
夜の闇を感じさせない、キラキラ輝くにぎやかな場所、魔界で一番活気のある城下町だ。
「とりあえず三人であそこ行かない?」
「城下町ならレッド様のお帰りもすぐに分かるよ。今夜は宿屋に泊まって、明日仕事を探そうよ」
新しい生活の提案に、気持ちが明るくなる。うなずいて階段に向かったその時、複数の元気な声をかけられた。
「姫ー私たちも辞めてきましたー!」
「姫ちゃんのために新居を建てるからちょっと待ってくる?」
「メガと」「ギガに」「おまかせ!」
新居を建てる?
不思議に思いながら三人身を寄せ合って見ていたら、メガとギガが生み出した石をフリーとワイファが水魔法で整えながらどんどん積んでいく。
あっという間に、見張り小屋の反対側に宮殿が出来た。
白を基調とした石造りの三階建て。あちこち水が流れていて神秘的なムードが漂っている。二階にはベランダがあり、その下はテラスになっている。
「すごい……」
「姫、驚くのはまだ早いです。中もご覧ください」
貝殻で飾られたドアをくぐると、円形のフロアの中心に幅が広い階段が置かれている。周りにはドアが複数あり、トイレとお風呂と個室がある。
「個室には余裕があります」
階段を上がった先は団らんスペース。
五人同時に料理ができそうなゆとりあるキッチンと、十人は座れるテーブルと椅子。
「食材までは出せないので、なんとか調達しないとです」
三階はまるごと個室。三角屋根に窓ガラスが付いていて、部屋にいながら日光浴も月光浴も楽しめる。
モコちゃんがはしゃいで飛び回っている。
「ここって?」
「当然、姫の部屋です!」
胸の内からこみあげる喜びを、どう表現したらいいのだろう。さっきまで泣いていたから涙腺は崩壊している。うるんだ視界で四人を見つめる。
「フリー、ワイファ、メガ、ギガ。すごく嬉しい。本当にありがとう!」
「くう、姫の笑顔が尊い。化石も生き返る!」
「真珠が一度に三個取れる!」
「メダカが一匹でサメに挑んで勝つ!」
「
まだ仕上げが残っている、とフリーに言われて外に出る。今のままだと冷たいイメージだから植物を這わせて欲しいという事だった。草原に手を当てて集中する。
今は最高の気分だ。全部の部屋に魔力を送れる。
ワサワサっとツタが這っていき、年代物の宮殿の雰囲気になった。
二階の談話室で、夜のお茶会をする。乾杯の挨拶を任された。
「こんなに素敵なお家で暮らせること、ぼくに付いてきてくれたこと、深く感謝します。お城からは追い出されたけど、まだまだ魔王代行のお仕事を頑張ります。これからもよろしくお願いします」
「「「かんぱーい!」」」
みんな疲れていたので早めに解散をした。
人魚たちとコロンとキョウ君は一階のそれぞれの部屋に戻り、ぼくはモコちゃんと三階へ。
「お月様が顔を出した。明日は晴れそうだね」
「ウピー」
本日二回も火を噴いたモコちゃんは、今は落ちついている。抱きしめたままホタテ貝風のベッドに寝転んだ。ライライが添い寝しても余るぐらいに広い。
「おやすみ、モコちゃん。スカイブルー」
「ウピー」
《なんでオレ様が二番目なんだよ、しばくぞ》
石の城は、風からしっかり守ってくれている。たくさんの味方がついてくれている幸せを噛み締めて、眠りについた。
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