第6話 ふわもこドラゴン産まれる

 曇りが五日も続いている。


 魔界の四方に存在する、人間界と繋がっている洞窟。詳しく調査したところ、全ての守護獣ガーディアンが殺されてトラップも破壊されていた。

 これではどんな人間も入り放題だ。


 代わりの守護獣ガーディアンのスカウトが上手くいかず、トラップの修理も手が足りない。疲労と太陽光不足で倒れてしまった。


 頭が割れるように痛んで、目眩もする。

 フリーは花を、ワイファは絵を、キョウ君は団子を、コロンは本を、ポコナは薬を、ライライはジタバタしている白鳥を持ってきてくれた。


「わ、わあ、おいしそうだね、ありがとう」


 お礼とともに頬を両手で掴んでワシワシすると、キュウと鳴いてパタパタと帰っていった。気持ちだけ受け取って、白鳥を回復させて窓から放した。


樹木の精霊ドリヤードは太陽光が主食だもんな、空腹で辛いよな》


 頭に響くスカイブルーの声。そうなんだ、普通の食事は娯楽に近い。どんどん魔力が無くなっていく。


 レッドが居ないだけじゃなく、お日様まで出ないなんて──。


「まるで死ねって言われてるみたいだ……」


 ボーッと窓を見ていたら、立派な赤いドラゴンが飛んでいくのが見えた。

 その手から、赤くて丸いものが落ちる──。


「えっ?」


 まだら模様がついた丸いもの……卵じゃないか?

 お母さんドラゴンは気づいていない。このまま放置したら死んでしまうかもしれない!


《大人しく寝てろ!》


「だって赤ちゃんが……うう、頭痛いよぉ」


《他のやつに様子見に行かせりゃいいだろ》


「信じてもらえないかも。見たぼくが行かなきゃ、あー目が回る……」


《なら、オレ様のことをオデコに付けろ》


 触れた場所からドバッとエネルギーが入ってきた。頭痛がどこかに吹き飛んで行った。


「何をしたの?」


《オレ様はな、殺したヤツの魔力を奪い取れるんだ。いつも大事に使ってもらってるし、たまには貸してやる》


 階段を駆け降りて、卵を包む用のローブを借りて、庭園にいる羽パンダのライライの元に行く。さっきまで寝込んでいたのになんで? とばかりに小首を傾げて見つめてくる。


「キュウ?」


「ライライのごはんのおかげで元気になったよ」


「キュウ〜!」


 ほおずりからの押し倒し、ベロベロと顔をなめられて、甘噛みもされた。お腹がすいていたら頭から食べられちゃいそうな大きな口だ。


《オレ様までヨダレでベタベタなんだが》


 ブツブツ文句を言うスカイブルーの言葉を聞きながら、ライライに乗せてもらって卵探しに出かける。


「あっ!」


 落ちている赤い卵を、緑の肌をした鼻の長い小鬼ゴブリンが棒で叩いている。食べる気なんだ!

 ペンダントを両手で包んで、スカイブルーを元の魔剣の姿に戻す。着地して、ゴブリン達に切っ先を突き付ける。


「ギャー百万殺しの魔剣ミリオンキラーー!」


 足が丸く見える勢いで逃げ去った。

 枕ぐらいの大きさの卵を持ち上げてローブでくるむ。ヒビがいくつも入っているのが見えた。


 早く返してあげないと!


 スカイブルーをペンダントに戻し、お母さんが飛んでいった方向にライライに飛んでもらう。ドラゴンが十数体集まっている場所があったので近づいてみる。


『何用だ、小僧。消し炭にするぞ』


「ぼくは魔王レッドの助手をしているトリリオンと申します。この卵のお母さんを探しているんですけど」


『赤い卵……やばいな』


 一体のドラゴンの指示で降りると、真ん中に広場がある盆地だった。お城の一、二階をぶちぬいたぐらいの穴がグルリと開いている、ドラゴンの集合住宅のようだ。


 みんなに囲まれるように、青いドラゴンが横たわっている。大人の五人分ぐらいの大きさ。全身にモコモコの毛が生えている。体に一メートル以上の切り傷があり、息絶えている。


「どうしてこんな──」


『夫がいる女と不倫して殺されたのさ』


「不倫!」


『あの赤い実が付いてる洞窟の中に行けば事情が分かる。見つからないようにな』


 届かないぐらいに高い場所に明かりがついた洞窟内に足を踏み入れる。激しく喧嘩をしている二体がいた。

 死体ドラゴンと同じぐらいの大きさの、赤いドラゴンと、黒いドラゴンだ。


『おまえは何体、男を作れば気が済むんだ!』


『アンタが抱かないからでしょ!』


『疲れてるんだ。セックスしなくても夫婦だろうが、この色狂いが!』


『セックスしないなら夫婦じゃないのよ!』


 先ほどの死体は不倫相手。そして夫婦間に性行為は無い。そうなれば──この卵は……。


『そこに誰かいるな!』


 口から出した火の玉で、隠れていた岩を溶かされた。卵をぎゅっと抱きしめたまま、二体の前に歩み出ると、赤いドラゴンが突進してきた。


『なんてこと! せっかく証拠隠滅したのに!』


『オイ、その卵は何だよ、このあたりに赤いドラゴンはお前だけ。まさか!』


 火を噴きながら、しっぽで叩き合う二体。

 圧倒されていたら黒いドラゴンがジロリとこっちを見た。


『小僧、そいつをよこせ』


「あの、まさか殺す……とか……」


『当然だ』


 怖い。心臓が口から飛び出しそう。

 ライライに助けを求めて振り返ると、ドラゴン達からご飯をもらっていた。


っちまおうぜトリィ》


 うーん、イヤな感じの旦那さんだけど、怒るのも無理ないし、奥さんの目の前ではちょっとな。


 なんとか平和に切り抜けたい。そうだ、卵が赤くなければいいんだ。ペンダントの装飾で手のひらを傷つける。流れた青い血を、卵に塗りたくる。

 旦那さんがズンズンと近づいて来た。


『なんだ、よく見たら紫じゃないか』


「そ、そうなんです。この子の親を探していて」


『知らん、帰れ!』


 バレない内に逃げよう。また夫婦喧嘩が始まった。洞窟内がドシンドシンと揺れている。

 どうして別れないんだろう?


 青いドラゴンの死体のそばに戻った。

 ヒビの入った卵をそっと彼のそばに置く。彼は悪いことをしたけど、この子のお父さんだ。ライライが近寄って手の回復をしてくれた。


 パキッと割れて、赤ちゃんが顔を出した。

 ふわふわの、もこもこの、綿毛みたいな子だ。殻から体をうまく抜けられず、倒れてジタバタしている。抱き起こすと目が合った。


 卵は赤。体は青。目は燃えるような赤。

 見事に両親のDNAがブレンドされている。刷り込みが成立したのか、ぼくの後ろをついてくる。


「ウピー」


 赤ちゃんを抱き上げる。

 小枝みたいな手足と、背中に小さな翼がある。


「ぼくと一緒に暮らそうか」


「ウピー」


「みなさんも、それでいいですか?」


 黙って見てくれていた周りのドラゴンに声を掛ける。一体のドラゴンが地面に降りてきた。白いボディで、額に金の宝石を持つひときわ立派な個体だ。


『トリリオン君といったか、あの気性の荒い男から卵を守ってくれてありがとう。礼と言ってはなんだが、困った事があるなら力になろう』


「人間界と繋がっている洞窟内の見回りをして頂けませんか、守護獣ガーディアンが全員やられてしまって、悪い人間がどんどん来ているんです」


『ふむ、いいだろう。就職先が決まらず困っている若者が沢山いるからな。場所は?』


 赤ちゃんを懐にしまい、ライライに乗って道案内をする。四ヶ所の洞窟に二体ずつドラゴンが入ってくれた。街の住民はとても驚き、喜んでいる。


『その子を頼む』


 仕事を終えると白いドラゴンは飛び去っていった。ポカポカ温かい、赤ちゃんの名前をどうしようかな。


「ふわふわもこもこだから……モコちゃん?」


《安直だなあオイ!》


 赤ちゃんはご機嫌に空を飛んで、頭の周りを旋回する。気に入ってくれたようだ。

 よろしくね、モコちゃん。

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