第5話 ドロボウ人狼はおじいちゃんっ子(後編)
茶屋の外で待っていると、男の子が割烹着を脱いで、隠していた犬耳をフサフサにして現れた。どうやら言い逃れをするつもりはないようだ。
「アンタは何者だ」
「魔王レッドの助手トリリオンです」
「なんで俺が犯人だって分かった」
「お城まで配達している君なら、お団子と一緒にお酒を持ち込める。お酒を提供していないお店で
「そうか……」
男の子はメキメキと体を変形させ、大きなオオカミの姿になった。ギラリと光る牙は殺気に満ちている。
「不法侵入は王家反逆罪。死にたくないからあんたの口を塞がせてもらう!」
オオカミはダッシュをしてすぐ視界から消えた。
待っている間に掘っておいた落とし穴。底には酒瓶を割って作ったトラップを設置してあるから、そうとう痛いはずだ。
うめくオオカミの声を聞いたのか、杖をついた老人が店の裏から現れた。
「ああ、お城の方、どうか孫をお許しくだせえ、ワシの病を治すためにしてしまったこと。代わりにこの老いぼれが死んでお詫びいたしますじゃ」
ゴホゴホと苦しそうに咳き込み、地面に額をつける。そういう事情だったのか。
深呼吸をして、地面の草に手をついて集中する。
穴の中に植物がワサワサと茂ってオオカミの体を包み込む。おじいさんの体にもツタが巻きつき、まとめて発光した。
「全然痛くない……じいちゃん、無事か!」
元気になったオオカミは人型に戻り、おじいさんの元に駆け寄る。並ぶと顔立ちがよく似ている。
「呼吸が楽になったわい。
「じいちゃん、足はどうだ。歩けるか?」
「ダメじゃわい、これは加齢ゆえのもの。仕方のないことじゃ」
「うわあん、じいちゃん!」
二人のやりとりを黙って見ていたら、泳ぎ終わったフリーが元気いっぱいに現れた。手に怪しいオーラを放つ風呂敷包を持っている。
「姫ー! そろそろお昼にしませんか? 私、お弁当を作ってきたんです!」
機嫌良く走ってきて、石につまずいて、包みの結び目がほどけて、おじいさんの顔面に真っ赤なサンドイッチが仮面みたいにくっついた。おじいさんはそれをパクッと食べて──
「ふおおお、元気がみなぎるわい!」
すくっと立ち上がり、白髪頭が黒く染まっていき、筋骨隆々になり、イケメンになった。
「じいちゃん……?」
「新作スイーツのアイディアが湧いてくる! さっそく試作だあああ!」
光の速さでお店に飛び込んで行った。
どうやら人魚の血肉には若返りの効果があるそうで、フリーがサンドイッチを作るために包丁で指を切りまくった事により血が混入したらしい。
「ああ、お弁当が……」
「フリー、ぼくのためにありがとう。お城でもう一度作ってくれる?」
「もちろんです!」
人狼は一度厨房を覗いてから、こちらに向かって歩いてきて、地面に両手と膝をついた。
「じいちゃんを元気にしてくださり、ありがとうございます。不法侵入の罰を受けます」
差し出されたうなじを見つめて考える。
彼はお団子の名人で、接客もできて、スピードもあり、家族想い。殺してしまうのはもったいない。
「償うつもりがあるのなら、生きて働いて欲しい」
「よ、よろしいのですか」
「私は反対ですよ姫!」
「だって君のお団子はとても美味しいから。毎日作ってくれる?」
「私は反対ですってば!」
「
「男はいらないですってば姫ー!」
人狼に槍を投げつけようとしたフリーを止めて、少し叱ったものだから、すねて先に帰ってしまった。彼女の男嫌い、なんとかならないかな。
時々、着替えをうっかり見られて。
「あっ、やっぱり男……殺さなきゃ」
「もう、胸が小さいの気にしてるんだからね!」
「ごめんなさい姫!」
当たり前のように一緒にお風呂に入ろうとして。
「ついてる、やっぱり男……殺さなきゃ」
「フリーのえっち!」
「気のせいでした、ごめんなさい姫!」
みたいに毎回、暗示をかけ直さないといけないのは非効率な気がする。あと普通に疲れる。自分から地雷を踏みに来ないで欲しい。
「なんか悪いな、俺で良ければ乗ってくれよ」
オオカミ化した背中は、ベッドみたいに心地いい。ライライがサラツヤ系で、こちらはモフモフ系といったところ。
景色がギュンギュン通り過ぎていく。
「そういえば君の名前は?」
「狂犬のキョウ」
「ちょっと物騒だね」
「ガキの頃に狂犬病にかかってさ、両親は病死。村のもんに山に捨てられた。じいちゃんが、故郷を捨ててまで助けにきてくれたんだ」
「いいおじいさんだね」
「うん。けど当然じいちゃんも病にかかって、二人とも死ぬところだった。通りがかった誰かが、万病を
スカイブルーが不快そうに舌打ちする。
癒す弓なんて不思議だな。どうやって作られたんだろう。
「もしかして、お城に盗みに来たのって」
「あんなすごい弓なら、きっと魔王様が持ってるんだろうと思ってさ」
《オレ様狙いじゃなかったのかよ。それはダークエルフの秘宝だ、馬鹿犬め》
癒す弓、物知りな鏡、何でも斬れる剣。ぼくなら断然、剣だけどな。スカイブルーが一番カッコいいよ。
《へへ、だろー?》
そんな話をしている内にお城についた。メイド長に許可を取り、彼はぼくの護衛、兼、パティシエとなった。
同じ名前がすでに居たので、区別する為に『キョウ君』と呼ぶ事にした。
引っ越し祝いに、さっそくお団子を作ってもらい、一階のクリニックに配りに行く。
赤ちゃんの元気な声がする。
昨夜の急患は難産のお母さんだったみたい。母子共に健康で、みんな喜んでいる。
「あら、お茶屋さん。いつもありがとう。ねえトリィ、赤ちゃん抱いてみるゥ?」
ポコナに言われて飛び跳ねるほどに驚いた。激しく首を振る。万が一落としたりしたら大変だ。
小さい命はとてももろい。
ポコナに抱かれた赤ちゃんに近づいてみる。
そっと指を伸ばすと、細い指でぎゅっと握ってくれた。
「意外と力が強いんだ……」
「そうよォ。赤ちゃんって偉大よねェ」
ぼくも、こんな風に産まれたのかな。
お父さんには望まれなくても、お医者さん達には祝福してもらえたのかな。
小さな命が伸び伸びと成長できる、魔界がそんな優しい場所であってほしいと思った。
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