第4話 ドロボウ人狼はおじいちゃんっ子(前編)
半月が三つ並んだ深夜。
上の階から物音がしたので飛び起きた。レッドが帰ってきたんだ! 忘れ物を取りに戻っただけかもしれないけど、一目だけでも会いたい。
話したいことが沢山あるんだ。上着も羽織らずに大急ぎで向かう。
「おかえり、レッド!」
ドアを開けた先に居たのは、燃えるような赤い髪と目を持つ少年魔王──ではなく、黒くて大きなフサフサのオオカミだった。窓の一部が割れている事から侵入者だと分かる。
落胆、そして湧き上がる怒り。
レッドの部屋を荒らすケダモノは死んでいい。
ペンダントを両手に乗せようとした瞬間、目にも止まらぬ速さで床に引き倒された。
大きな口がゆっくりと開かれる。
前歯が一部欠けているが、問題なく噛み砕かれるだろう。
《トリィ、しっかりしろ!》
スカイブルーの叫びが頭に木霊する。いけない、諦めるところだった。ペンダントを魔剣の姿に戻し、首をはねようとした。だが、狼はサッと身を引いて窓から飛び出した。
立ち上がって窓の外を覗いたけど、もう影も形もない。一体どこに逃げたのだろう。
「魔王城を狙うドロボウが出るなんて……何か盗まれたかな」
レッドの部屋には人間界の本がたくさんある。
彼のお母さんが嫁入りの際に持ってきた物らしい。魔界と言語は同じだけど、内容は馴染みがない事ばかりだ。
お城に来たばかりの時は、ここのベッドで一緒に眠った。毎晩、絵本を読んでもらって。机では勉強を教えてもらい、テーブルで一緒におやつを食べた。窓辺で名探偵への憧れを語るレッドを見ているのが好きだった。
部屋のあちこちに面影があり、彼だけが居ない空虚さを際立たせる。
《あいつの狙いは、たぶんオレ様だ》
スカイブルーの呟きに冷めた目を向けてしまったらしい。怒りに満ちた声がギャンギャン響く。
金色の土台に水色の石がはめ込まれた綺麗なペンダントだけど、そこまでの代物かな
《オレ様はな、魔界三大神器の一つなんだ!》
「そうなの?」
《万病を
「スカイブルーだけ数が小さくない?」
《うるせ》
「売ったらかなりの値段になるってこと?」
《まあ村五個は買えるだろう。オイ売るなよ? 振りじゃねえぞ、絶対に売るなよ?》
そこへランタン片手にコロンがやって来た。
白地のフリースパジャマに上着を肩からかけて、フサフサのキツネ耳をピーンと立たせている。
「物音がしたから来てみたんだよ……トリィ、怪我はない?」
「ぼくは平気。侵入者を捕まえられなくて悔しい」
「それは警備の仕事なんだよ。もう、新入りの人魚は何をしているんだよ」
人魚たちは全員ベロンベロンに酔っ払っていた。
どうやらプールに酒が混入されていたらしい。寝たり、踊ったり、漫才をしたりしている。
「どうやら計画的な犯行みたいだよ。最近、城に酒を運び込んだ業者を調べるよ」
コロンが行ってしまったので、目撃証言を求めて一階のクリニックを訪れる。どうやら急患がいるらしい。みんな忙しなく働いている。
たまたま窓を見ていたお医者さんが、オオカミが逃げた方向を教えてくれた。
ここからまっすぐ北の方か──。
「どうしたのォ、トリィ。眠れないの?」
医者狸のポコナが、はちきれそうなおっぱいをテーブルにでんと乗せて白い球体を口に放り込んでいる。
「うん。なに食べてるの?」
「精がつくお団子よォ、ここからまっすぐ北の方にあるサヤサ川にあるお茶屋から、こっそり取り寄せててね、寝ずに働けるのよォ」
ポコナは代わりにと眠くなるタブレットを処方してくれた。レッドが居なくなってから、毎晩寝不足だから助かる。
「トリィ。厨房に聞いたら、ここ五日は酒を買っていないそうだよ。おかしいよ、一体誰が……」
調べるべき方向も、疑わしい存在も見つかった。立ちながらウトウトし始めたコロンに、とりあえず今日は寝ようと提案した。
ベッドに横になって天井を見ているうちに、薬がシュワシュワと効いていく──。
おやすみなさい、レッド。
翌朝、二日酔いで青い顔をしたフリーが謝罪にやってきた。侵入者を許した責任を取りたいと言うので、捜査に協力してもらう事にした。
フリーは珍しく肩掛け鞄を持っている。
今日は警戒させないように魔王の助手として行こうかな、白い髪のまま出発する。
羽パンダのライライに運んでもらおうと思ったけど、二人乗りは重いからイヤみたいで、首を振って断られてしまった。
「ならば私の水魔法で!」
フリーの作り出した水の通路を、後ろから抱き抱えられながら滑るように移動していく。イメージとしては雪山をソリで降りてくるみたいな感じ。
目指すはまっすぐ北にあるお茶屋さん。
木の匂いがする温かみのある店内は、女性のお客さんでいっぱい。左右にはねまくった黒い髪の男の子が一人で働いている。まだ子供なのに偉いなあ。
「すみません、少々お待ちください」
言われた通りに、店の外で待つことにする。裏側を覗いてみると、
フリーが辛そうに足をさすっているので、サヤサ川で泳いでもらう事にした。水魔法では癒されないらしい。やはり天然に限る様だ。魚が泳ぐキレイな場所で伸び伸びしている。
一仕事を終えて、空いた店内に入った。
料理は甘味のみ。飲み物はお茶だけ。男の子におすすめを聞いて注文する。うん、甘くて柔らかくて美味しい。胸の奥から温まる心地がする。お茶もすごく香りがいい。
お会計の際に「待たせてすみません」と言った彼の歯を見て、疑惑が確信に変わる。代金をお皿に乗せてから告げる。
「ご馳走様でした。昨夜の続きをしませんか、ドロボウ狼さん」
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