第9話
side犬上優子
桜路といっしょにいるのが落ち着かなくて、朝食も食べずに朝一登校。
クラスメイトが席につき始める時間になっても、まだ顔が熱い。
昨日の夜に変なことを言われたせいで、私まで変になってる……。
姫宮桜路。とんでもなく綺麗な女。邪険にするのに、ずっと近寄ってくる女。私の弱みを握って、あれこれ命令してくる女。
嫌な奴……だと思ってたのに、今はその、そうは思わない。
最初はただ煩わしいだけだったけど、構わず寄ってきてくれる姿に心が絆された。入学してからずっと孤独で猫に縋っていた私にとって、桜路といる時間は温かく、魅力的だった。
命令されることも、今では嫌ではない。あいつはありがとうを欠かさないので、言うことを聞いても悪い気分じゃない。どころか気持ちいいので、待ちわびている自分すらいる。
それに、今もこの状態。ことあるごとに桜路のことを考えてしまう。それを意識すると、胸が高鳴る、顔が熱くなる。
私、好きになっちゃったのか? い、いやでも、相手は女。私にそのけはない。
『女の子のこと、好きになってよ』
〜〜〜っ!?
ど、どどど、どういう意味で言ったんだよぉ!?
周りを見回すと女子ばかり。
可愛い顔、小さな背丈、胸や華奢な肩。つい女子のいいところばかりに目がいってしまう。いいところばかり探してしまう。
さらさらと掌から砂がこぼれ落ちるように、私の壁が崩れていくのを感じる。
〜〜〜っ!?
だ、だめだめだめだめ!
あ、相手は女の子なんだよ!?
なんて内心嗜めても、つい女子に目がいってしまい、そのまま3時間以上。鐘が鳴ってお昼休みになってしまった。
緊張する。朝は早々に逃げ出したけど、昼休みは逃げ場がない。すぐにも桜路は私を昼食に誘いにくるだろう。
うぅ、ドキドキするよぉ。
心臓を押さえながら、でも期待しているのに恥ずかしくなりながら、桜路を待つ。
だけど……。
桜路は私を置いて、集まっていた女の子たちと出ていってしまった。
会わなくていい安堵と落胆が胸に同居する。いや、落胆の方が大きいかも。
1人で食堂に行って、食事をとる。
寂しくて、切なくなる。その思いが膨らむたびに、桜路が恋しくなる。
綺麗な顔が脳裏に浮かんで慌てて頭を振る。
あ、相手は女の子。私にその気はないはずで、こんなの、そんなの違うはず……。
そう自分に言い聞かせた。
けれど、教室に戻るとクラスメイトの女の子たちが急に魅力的に見えて、目の素直さに誤魔化しきれなくなる。
う、うそ、そんな、私、女の子が恋愛対象に……?
ば、ばかばかばか、相手は女の子だよ!?
心中は穏やかじゃない。どころかパニック寸前。慌てふためき、くらくらする。
しかもそんな時に限って、桜路が教室に戻ってきた。
どんな女の子よりも魅力的な顔。女子たちが集う理由が理解できる。理解できてしまう。
顔に熱が上って、熱くて熱くて仕方ない。湯気が出そうだ。
お、桜路めぇ〜! 桜路のせいだ!
恨みがましく見ようと思ったが、恥ずかしくて目も向けられない。
羞恥心、今度は他の女子に優しくしていて嫉妬心、また嫉妬心を抱いたことへの羞恥心。
感情がぐしゃぐしゃ。なのに甘くて気分が悪くないのが余計に……もうなんというかもう!
私はぱたりと倒れ込む。
もうだめぇ、おかしくなりそう。
考えたくないのに桜路のことで頭が一杯。桜路のことを考えるのがいつのまにか習慣化されていて、抜け出せない。
絶対好きだろ、こんなの。もうそれ以外ないだろ。相手は女の子なのに……ああもう!
好きを自覚すると、もう緊張してきた。
同じ部屋、しかもきっと放課後は私を誘ってくる。
うぅ、辛い。
だけど、だけど、だけど、嬉しくて仕方ない。
で、でもダメ。相手は女の子だから、好きになってはいけない。好きでいてはいけない。親しく接してはいけない。
わかっている。でも、また桜路が近づいてきてくれるのが、楽しみで待ちきれない。
それから私は午後の時間をうずうず悶々と過ごし、いちはやく教室を出て帰寮。
帰ると即行で化粧直し。髪の毛を何度も何度もいじりながら桜路が帰ってくるのを待ちわびた。
しかし。
桜路が帰ってきたのは、19時半を過ぎた頃だった。
しかも今までとは違って話しかけてこない。
強い切ない感情に襲われ、私はかすれた声を出した。
「桜路……夕食は?」
桜路は笑う。
「友達と食べてきたよ。今まで私に付き合わせて悪かったね、煩わしかったろう?」
「……え」
「もう安心して。今後、無理やりつきあわせるようなことはしないから」
それだけ言って、桜路はまた部屋から出ていった。
1人残された部屋は、ひどく広く感じた。
な、なんで、そんなこと……いや、悪いのは私だ。
ずっと邪険にしていたのは私の方。桜路が引いてしまうのも無理はないのだ。
邪険にしなければよかった。でも、私は人を遠ざけなければならない。だから仕方のないことだ。
きゅっ、と唇を噛む。そうしないと泣き崩れてしまいそうだったからだ。
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