第10話

『もう安心して。今後、無理やりつきあわせるようなことはしないから』


 と言ったことを俺は有言実行。


 朝は誘って欲しそうな視線を向けてきた優子に、


「じゃあ私、登校するから。今日は友達に朝練に誘われててね」

「う、うん……」


 と登校し、昼もちらちらと見てくる優子の前で、


「一緒にご飯食べに行かない?」

「は、はい、姫宮様!」

「あ……」


 と別の子と昼食に行き、放課後は猫太郎を一緒に見に行きたそうな優子を無視して、教室を出た。


 それから、優子と同じ中学の知り合いがいる女子を見つけ出し、交渉。そして成立。


 金曜日は寮に帰っても優子に一切話しかけず、消灯を待たずして就寝。


 土曜日。明らかに話しかけられるのを諦められておらず、待ちわびた視線を向けてくる優子も無視して学園の外へ。そして優子と同じ中学の人物と接触、交渉。そして成立。


 そして日曜日。


 朝10時ごろ、俺は優子に気づかれないよう目を向けた。


 覇気のない泣きそうな顔。目の下にできた隈。俯いて曲がった背中。


 明らかに沈んでいる。弱っている。俺のことできっとギリギリなのだろう。


 まあそれも当然。俺のことを意識し、ずっと考えているのに、四六時中無視されるような時間が3日も続けば、当然弱る。


 頃合い、か。


「優子、命令があるんだ」


「な、何!?」


 優子は餌を前にした子犬のように食い気味に聞いてきた。


 命令を聞けるのが嬉しくて、声が聞けるのが嬉しくて嬉しくて仕方ない、といった様子だ。


 そんな優子に残酷な要求を突きつける。


「このメモに書いてある店でハーブティーを買ってきて」


「うん! わかっ……あ」


 メモを受け取った優子は声をつまらせた。


 それは優子が進学予定だった高校の近くにあるからだ。


「あの、その、今度、お父さんがきたときに買いにいくんじゃダメか?」


「今日行ってもらえないとダメなんだ」


「うっ、だ、だけど……」


 俺の命令に喜んでいた優子が明らかに拒む。


 そのことは想定内。だから拒めない状況に追い込んだのだ。


「そっか。そうだよね、嫌だよね、都合いいよね。もう今後一切、命令しないから安心して」


「っ!? い、行く! 行く……から、そんなこと言わないでよぉ」


 潤んだ声、もはやそのことを自覚するほどの冷静さが優子にないことがわかる。


 ならば俺は気付いていないフリをするのが正しい。


「そっかありがとう」


「あ……えへへ」


 嬉しそうな優子にはこれから残酷なことが待ち受けるだろう。


 そう思いながら、俺は微笑んだ。


「じゃあ今から行ってくれるかな?」


「う、うん! すぐ行く!」


 慌ただしく用意し始める優子に俺は財布を渡した。


「ここにお金は入ってるから、これ使って買って」


「あ、ありがとう」


 優子は心底大事そうに抱えて、部屋から出ていった。


 1人になると、俺は、さて、と上着を羽織る。


 外に出て向かったのは、猫太郎のもと。


「にゃ〜ご」


 と甘えてきた猫太郎に指をかぷりと噛まれる。


 傷跡は歯形。優子を保健室に連れていったときに見た噛み跡と、同じ噛み跡。喧嘩でできた傷とは間違えようがない。


 では優子が不良と間違えられるほどの傷は、どこで出来た傷か。学園、しかも寮生ともなれば、隠れて転びでもしない限り、理由は知れる。なのに、その傷の理由を誰も知らないとみれば、学外で出来たものと見るのが自然。


 では学外で何が起きて出来た傷なのか。


 それを知るためにはもう少し整理する必要がある。


 保健室に行った後、優子は、私も、私も、と寄ってくるクラスメイトに、一瞬頬をゆるめた。それは親しく接してもらうことが嫌ではない、関わりを持つことが嫌ではないという証拠だ。


 なのに、優子は自らを偽って邪険に接して、遠ざけている。それは入学時から続いている。つまり、入学以前に何かがあって、そうする必要に駆られたのだ。


 そしてその何かは、する必要のなかった外部進学に関係がある。


 まとめると、中学の時に何かがあり、外部進学を強いられ、人を遠ざけなければならないようになった。


 では中学の時に何が起きたのか。


 猫太郎と優子をを見つけた時、『気配を消しているこの俺に気づくとは、よほど視線に敏感か、気をつけているか、だ』と俺は思った。


 それが中学の時に起きた何か。


『ええ。一年の一学期までは出ていたらしいですけど、今はたまに出ることもあるだけ。それも、実家の送り迎えで日用品を買うだけらしいです』


 これが学外で出来た傷の理由。


 俺は猫太郎を撫で付ける。


「ご主人様の問題、解決してくるからな」


 さて、最後の一仕事に向かうとするか。


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