第8話

 街道から西へ枝分かれした、土肌の支道の先は、鬱蒼と天蓋を作る楡の森の奥へと続いていた。


 まだ明るい日差しは、枝葉の傘に揉み解され、柔らかな木漏れ日となって降り注ぐ。木陰に踏み入ると、途端に涼やかになった森の空気が頬に吹き付ける。あやのは蒼い息吹を鼻でいっぱいに吸い込みながら、揚々とした足取りで歩を進めていった。この先に潜んでいるという、古い砦跡を目指して。


 ヘリオスフィアによれば、世界が黒騎士と虚ろの呪いに脅かされるよりもずっと昔、バックランドでは、女王と貴族たちの間で激しい内乱があったのだという。貴族たちが女王と血を分けた弟を擁立して起こしたその叛乱は、一時は国を二つに別けるほどにまで発展したそうだ。


 最終的には女王軍の勝利によって終わったものの、両軍は多大な犠牲を出し、王国の高名な騎士セレスタンも落命し、バックランドに大きな影を落とした。なぜかあやのは、この名前を聞いたときに胸が疼いた気がした。


 そしてあやのが向かうこととなった先のボードレック砦は、果敢な攻城戦を仕掛けた女王軍と、砦を守って戦った叛乱軍の両者に多大な死傷者が出た、有数の激戦地だ。


 ロクセン村の一団にいた薬師曰く、マンドレイクは、人の血を吸った大地に生えることで知られている。つまり、森の中に埋もれ、今ではめったに近づく人間もいなくなった砦の遺構は、同時に有力なマンドレイクの生息地候補でもある。


 物語でおなじみの魔法の植物、その生息地を目指しているのだと思えばこそ、あやのの気持ちは小躍りしそうなほど高鳴っていた。待ち受ける冒険の予感に逸る気持ちを抑えながら、茂みを踏み越え、木々の間を潜り抜ける。


「わあ……!」


 声が漏れる。木々の合間から姿を現したのは、緑の城だった。


 苔むしてあちこちが崩れた、それでもあやのよりもずっと背の高い城壁の向こうに、古びてもなお威容を保つ砦が聳えている。いくつもの四角を重ねた塔は、周囲の楡の木よりも頭一つ抜きんでており、とうの昔に放棄された今となっても、在りし日の堅牢さを誇示しようとする。その様が、かえって空虚さを浮き彫りにしていた。


 むしろまざまざと存在感を示しているのは、石畳の間から茎をのばし、かつて難攻不落であった砦をも簡単に飲み込み、死した人々の無念や怨念など、あっさりと過去のものとして覆い隠してしまう、活き活きとした草木の繁殖力だ。緑の間に虫や小鳥たちの羽音が飛び交うボードレック砦跡は、あやのの想像した寂寥感とは裏腹に、驚くほど生命力に満ち溢れている。


 どうやら吟遊詩人の言葉は正しかったらしい。見渡す限り、危険の気配は感じられない。


「いけない、見惚れてる場合じゃありませんよね」


 アーチ状の入り口だけが残った城門跡を潜ると、砦の内部は想像していたよりもずっと広い。兵舎や倉庫、そのほかどんな用途に使われていたのか、石造りの建物がいくつも並び、さながらひとつの小さな町のようだ。ここには、どれほどの人間が生活していたのだろうか。中央にある広場は練兵場だろうか。なにもかもが遠い昔の話だ。


 褪せた緑に覆われた建物の間を進み、視線を左右に巡らせてみても、人の姿は見当たらない。


「レイリアさーん! レイリアさん、いらっしゃいませんか!」


 思い切って声を張り上げたところで、応える声はない。建物の跡をひとつずつ覗き込みながら、慎重に砦跡を歩いていく。


「どこにいるんでしょう……レイリアさん、どこですかー」


 返事の代わりに、小枝が踏み折られる音が、建物の陰から聞こえてくる。


「レイリアさん?」


「やあーッ!」


 振り向くと同時、少女は角から飛び出してきた。


「きゃっ!」


 すんでのところで引いたあやのの顔の前を、木漏れ日を反射する線が走り抜ける。剣だ。鋭く振り抜かれた少女の手に、両刃の長剣が握られている。慌てて二歩飛び退くと、少女は油断なく長剣を両手で構えなおした。


「ま、待ってください! 私は怪しいものじゃなくて、」


「この!」


 少女は二度、三度と切りかかってくる。空気を切る音がするほどの、堂に入った剣捌きだ。だがどこか鈍い。グロスラッハの祝福を持つあやのならば、容易に躱すことができる。


「話を聞いてください、お願いです!」


 一撃、また一撃。底上げされた動体視力と反応速度で、次々に繰り出される攻撃から身を躱す。その度に呼びかけるものの、少女は一向に聞く耳を持たない。反撃するわけにもいかず、あやのはじりじりと後退する。その足が、なにかに引っかかった。


「え、あっ!」


 足下に気を取られたほんのひと息の間に、少女はあやのの胴に飛びかかった。


「きゃあっ!」


 避けることも間に合わず組み付かれ、あやのは背中から地面に落ちる。勢いはなおも死なず、二人は共に三度地面を転がってやっと止まった。仰向けになった腹の上を、少女に跨られながら。


「あなた誰? どうしてわたしの名前を知ってるの!」


 衝撃に白黒する目の焦点をやっとの思いで合わせると、喉元には鋭く長剣が突き付けられている。


 だが、それよりも目を惹いたのは、少女の瞳だった。背中までもある蜂蜜色の髪の下、朝焼けの空の色をした頬の上に、星を散りばめた燐灰石と同じ色の瞳がある。顔に落ちる枝葉の影の中でなおも輝き、今は警戒の色であやのを睨んでいる。


「ねえってば、聞いてるの。わたしになんの用? もしかして……人攫い?」


 いっそう刺々しい声で誰何され、ぼんやりと少女を見上げていたあやのは、思わず両手を頭の横に上げる。


「ご、誤解です、人攫いなんかじゃありません! 私はヘリオスフィアさんや村長さんたちに頼まれて、あなたを探していたんです!」


 早口に答えると、少女はいっそう不審を深めて目を細める。


「ヘリオスフィアに? 嘘、証拠は?」


「証拠と言われても……あなたはレイリアさんで間違っていませんよね? メリンダさんが病気にかかって、もう二日も寝込んでしまっていて、治療のために必要なマンドレイクを探しに来たんですよね」


 幌馬車の荷台で聞いた話をそっくり伝え、息を呑む。もうこれ以上は、村人からの依頼だと証明する手段は思いつかない。もしもこれで疑いを晴らせなかったら。


 やがて少女の……レイリアの、剣を突き付けていた腕から力が抜ける。彼女はばつの悪そうな顔で視線を逸らすと、ゆっくりとあやのの上を退いた。それから右手を差し出して、あやのの身体を引っ張り起こす。


 信用してもらえたと思っていいのだろうか。あやのは、唇を噛む少女の顔に目線を上げた。


「その、ごめんね、飛びかかっちゃったりして。怪我してない?」


「こちらこそ、すみません驚かせるような真似をしてしまって」


「ううん、気にしないで! それより……村のみんなはなんて?」


「もちろん心配していました。剣ひとつで出ていくなんて、って」


 立ち上がって改めて向かい合うと、レイリアはあやのよりもわずかに背が高い。腰の辺りを革帯で絞めた、綿麻の動きやすそうなチュニックを纏い、短いパンツから伸びる白い足には長靴を履いている。牛革の手袋に包まれた手に握られていた長剣は、今は背の革ひもに括られた鞘の中だ。


 少女は話に聞いていた通りの特徴のまま、しかし思い描いていた以上に鮮やかな色彩で、緑の砦跡の中に立っていた。


「だよね」レイリアは目を伏せた。かと思えば、はたと気付いたように目を見開き、あやのの身なりを上から下まで真剣な眼差しで眺める。ついさっきも同じように見られたな。視線を受けながら思い返していると、レイリアは一転して不服そうに唇を尖らせた。「もしかして、わたしのこと連れ戻せって頼まれたの?」


「そう、ですね。その通りです」


「やっぱり!」


 レイリアは目を瞠ると、歯を剥き出しにして再びあやのを睨みつける。その目には、断固たる決意の火が灯っている。


「言っておくけど、わたし帰らないからね!」


 想像していた通りの答えが、しかし思っていた以上に強い語気で飛んできて、あやのは目を丸くした。


「おばあにはマンドレイクが必要なのに、みんな危険だからって探しに行こうとしないからわたしが来たんだよ。ここで帰ったら、それこそおばあを見捨てることになっちゃう。そんなこと絶対できない! それにわたし、自分の身くらい自分で守れるもん。さっきのでわかったでしょ?」


 捲し立てられる言葉を聞くたびに、あやのはこの少女のことを好きになっていくような気がしていた。先ほどのひと悶着には驚いたが、話してみれば聞いていたとおり優しく素直で、そしてこの上なく頑固だ。だからこそ今、こうしてこの場にいるのだ。誰かのために身体を張って、誰も近寄らなくなった廃墟に進んで踏み入っていける人間は、そう多くはない。


 そんなレイリアを相手に、あやのもなにひとつ取り繕う必要はなかった。


「いえ、実を言うと、私もすぐに引き返そうとは思っていなくて」


 レイリアの瞳に散らばる星が瞬いた。


「え、なんで?」


「もちろん、熱に臥せってるメリンダさんを放ってはおけませんし」


 初めからあやのの中では、老婆のために飛び出したというレイリアに対し、連れ戻すよりも協力したい気持ちの方が大きかった。あやの自身メリンダのを助けたかったし、このまま説得しようとしたところで、少女はますます意固地になっていくだけだろう。さらに言えば。


「それに、その、マンドレイクがどんなものなのか見てみたいな、って」


 マンドレイク採集などという物語を前に、あやのがじっとしていられるはずがなかった。


 目を逸らしながら答える。頬に当てた手が、やけに熱く感じられる。今度はレイリアが目を丸くする番だった。口を閉じるのも忘れてあやのを見つめ返し、ややあってから堪えきれずに口から笑いが噴き出した。


「ぷ、あはははは! なにそれ! もしかして、最初からマンドレイクが見たくてここに来たの?」


 またも笑われて、あやのは顔を赤くする。


「違いますよ! レイリアさんとメリンダさんが心配だったからです! マンドレイクは、あくまでついでですから!」


「ほんとかなあ」


 ひとしきり笑うと、目尻に浮かんだ涙を拭い、レイリアは右手を差し伸べる。あやのは頬を膨らませたが、その手を握り返すことは迷わなかった。


「改めて、わたしはレイリアだよ、剣士さん」


「あやのです。よろしくお願いしますね、レイリアさん」


「うん、よろしくね、アヤノ!」


 握り交わした手をレイリアが大きく上下に振ると、あやのは身体ごと振られそうになった。





 夕暮れには引き上げると決め、手分けして探すかひとしきり悩んだ後、二人は揃って砦跡の中を探し回ることにした。青い花をつけているというマンドレイクを探しながら、レイリアは素っ頓狂な声を上げる。


「じゃあアヤノ、バックランドのこと全然知らないの?」


「恥ずかしながら、使命があってやってきたのはいいんですが、詳しく聞ける相手が誰もいなくって」


「それでひとりで王都まで行くなんて、絶対無理だよ! ここからどんなに急いだって五日はかかるんだから」


「そ、そんなにかかるんですか? だから村長さんたち、変な顔してたんですね」


「するに決まってるって。ねえアヤノ、マンドレイクを見つけたら王都まで一緒に行こうよ!」


「いいんですか? そうさせてもらえたら嬉しいですけど、ご迷惑になってしまうのでは」


「大丈夫! 食べ物はいっぱい用意してるから、ひとりくらい増えたって平気だって! それに村のみんなも、戦える人がいたほうが安心できるし」


 自分を戦える人に数えていいものか疑問に思いながら、しかし口にするのは感謝だけにした。レイリアの好意に村の人たちにも賛同してもらえれば、どうにか王都までは無事に辿り着くことができる。


 問題があるとすれば、ここでマンドレイクを見つけて戻らなければ、とてもではないが村の人々に合わせる顔などないということか。


 建物の壁際、鬱蒼とした茂みの中、崩れ落ちた建物の瓦礫の間まで探してみても、マンドレイクの青い花を見つけることは出来なかった。灰褐色と緑の景色の中に青い色彩を見つけても、咲いているのはネモフィラやアジュガばかりだ。広いと思っていた砦の中も、時間が経つにつれて探せる範囲は減っていく。差し込む陽射しも徐々に力を失っていき、暗がりを濃くしつつある森に、ただただ焦りが募っていく。


「どうしよう、塔の中とかに生えてたりしないよね」


 不安げに見上げるレイリアにつられ、あやのも四角い主塔に目を向ける。


「いくらなんでも、大きな植物が育つほど土が積もってることはないと思いますけれど……」


 念には念を入れて、探してみるべきだろうか。


 だが使える時間も、それほど残ってはいない。暗くなってからでは、森の外で待つ隊列まで、無事に戻れるかも怪しくなってしまう。建物の中まで手を広げていては、砦の中をすべて探して回ることはできない。どうするべきか。


「やっぱりマンドレイクなんて、生えてなかったのかな」


「レイリアさん」


 か細い声が零れた。


「たくさんの血を吸った場所っていうから、ボードレック砦なら、って思ったのに。これ以上誰かが死んじゃうのなんて、見たくないのに」


「しっかりしてください! まだ諦めちゃダメです、きっとどこかまだ探していないところが」


 なにかが、引っかかった。探すべきは、たくさん血を吸った場所。


「あの、もしかしたら、もしかしたらなんですが」


 顔を上げて辺りを見回す。そびえる塔、古く崩れかけた石造りの建物たち。それを取り囲む、堅牢な城壁。


 あやのは駆け出した。礫を飛び越え、城門を潜って砦跡の外に飛び出す。


「待ってよアヤノ! わたし、諦めるつもりなんてないよ!」


 追いかけてきたレイリアにも振り返らず、あやのは足下を見回る。


「違います! きっと私たち、探す場所を間違えていたんです。マンドレイクが生えるのは、人の血を多く吸った場所ですよね」


「う、うん、だから戦場になった砦ならって」


「ここは合戦場じゃありません。ヘリオスフィアさんによれば、砦で抗戦した叛乱軍も、最後には女王軍に降伏して開門したそうです。だったらより多くの血が流れているのは、砦の中じゃなくて」


「あっ、城壁の外!」


 果たして、その答えはすぐに明らかとなった。


 あやのが覗き込んだ大きな楡の木の根元。暗く木陰の落ちる湿った地面に、それは佇んでいた。根元から八方に広がる平たく大きな緑の葉の中心に、親指の先ほどの大きさの三つの青い花が顔を出している。上を向いた釣り鐘のように丸みのある、夕暮れの空を深めた色の花。


「ありました!」


 駆け寄ってきたレイリアと二人、広がる葉の中から顔を出す三つの青い花を見て、顔を見合わせる。


「きっとこれだよ! 間違いない!」


「これが、マンドレイク。やりましたねレイリアさん!」


「大いなる母の恵みと、それにもちろん、アヤノのおかげだよー! これでおばあの病気も治せるよね!」


 レイリアに抱きしめられ、さらに膨らんだ達成感と共に抱きしめ返したあやのは、その昂りのままマンドレイクに手を伸ばす。「ってダメだよ抜いたら! 悲鳴を聞いたらわたしたち死んじゃうんだよ!」


 慌てたレイリアにその手を掴まれなかったら、勢いに任せて引き抜いていたかもしれない。


「あ、あはは、そうでした、すみません。嬉しくなってしまって、つい」


 はしゃぎ過ぎた、と反省しながら頬を掻いていると、レイリアは後ろ腰に用意していた荒縄を取り出した。花の根元を少しだけ掘り返すと、縄を固く結びつける。


「アヤノは、マンドレイクの抜き方って聞いたことある?」


 手早く準備を整えながら尋ねられ、あやのはひとつ頷いて返す。


「はい、犬を使う方法ですよね。括りつけた縄を犬に繋いで、っていう」


「そうそう、それそれ」


「でも私、ずっと思っていたんですが」


「あ、なんだか同じこと考えてる気がする」


 もっとずっと長い縄を用意して、遠くで引っ張ればいいのに。揃った声に二人で笑う。


 あやのとレイリアは、なるべくマンドレイクを引き抜きやすいようにと、縄をまず頭上の楡の太い枝にかけた。それからなるべく、障害物に引っかからない場所を選びながら真っ直ぐに縄を伸ばしていく。マンドレイクの姿がすっかり見えなくなる頃には、砦の城壁に背中が当たり、二人はそのまま門を潜って砦の広場に舞い戻った。


 距離は十分だろうか。念のためにと、レイリアがマンドレイクのもとに駆け戻り、ありったけの声で叫んでみたが、耳を塞いでしまえば、あやのにはほとんど聞こえない程度の音でしかなかった。


「これなら大丈夫そうだね!」


「はい、いよいよですね!」


 戻ってきたレイリアの頬には、走ってきた運動量だけではおさまらない熱が籠っている。あやのの頬も、胸を高鳴らせる期待に、負けず劣らず紅潮している。


 貴重で、危険で、だが今どうしても必要な薬草が、この縄の先に繋がっている。緊張と昂揚に震える手で、二人は縄を握る。軽く数回引いて、ほどける心配も、どこかに引っかかる心配もなさそうなことを確かめる。


 顔を見合わせて頷き、縄を握る手に力を込めた。


 初めは硬く、まんじりともしないかのように感じられた縄に、深々と地面に張られた根がぷつぷつとちぎれる触感が伝わり、徐々に抵抗が弱まっていく。もうあとひと息、ありったけの力で引けば抜けるはずだと思われた。


 木彫りのオカリナを吹き鳴らしたような、低く転がる音が背後から聞こえ、いざ引き抜こうとした二人の動きを止めるまでは。


 この地が戦場だったという事実が脳裏を過る。まさか、亡霊とか。輪郭も不確かな半透明の人影を思い浮かべながら振り返った先にいたものは、しかしひとつとしてその予想に一致するところを持ってはいない。瓦礫を踏み越えながら姿を現した生き物の姿に、あやのは目を輝かせる。


「わあっ、なんですかあの子!」


 それは、枯れ葉の塊のような色合いの、四つ脚をついた獣だった。


 ずんぐりとした図体は大きな自動車ほどもある。体格は熊にも見えるというのに、まったく奇妙なことに、身体の表面は毛皮のみならず、羽毛でまで覆われているではないか。鉤爪を備えた前脚には、ずらりと風切り羽根が並んでいる。太く重たく、飛翔にはとても使えそうにもない腕に生えそろった羽根は、どこか滑稽だ。加えてあやのたちを睨みつけるその顔つきときたら、暗い象牙色をした尖ったくちばしといい丸い目といい、羽角と呼ばれる耳のような飾り羽まで、そっくり梟そのままの造りをしている。


 虚ろの魔物ではない。廃墟で襲ってきた魔物から感じた根源的な嫌悪感を、この獣には微塵も漂ってはいない。


「ア、アウルベア」


「あれがアウルベアですか? 名前は聞いたことありますけど、はじめて見ました」好奇心に駆られ、あやのは一歩踏み出した。アウルベアと呼ばれた獣が身を屈める。「えっ」


 レイリアがあやのの身体を横から突き飛ばした。視界が横に吹き飛んでいく。ともに倒れ込んだ二人のすぐ上を、こげ茶色の塊が飛び越えていく。


 レイリアに半ば引きずるように引き起こされ、手を引かれて駆け出した。振り返るまでもなく、重たい足音が、恐ろしいほどの機敏さで追いかけてくるのがわかった。


「え、えぇっ! なんで襲ってくるんですか!」


「アウルベアは大きくて素早くて力が強くて」


 背筋を駆けのぼった悪寒に従って、あやのはレイリアと共に地面すれすれまで頭を下げる。頭の上を鉤爪が過ぎ去っていき、髪の毛を数本ちぎり取っていった。


「めちゃめちゃ凶暴なの!」

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