第35話:スマホのアクセサリ

***


 周りで見てた人が通報してくれたようで、交番から警察官が駆け付けてきた。

 犯人の特徴や取られたものなど、ひと通りの調書を取られてからようやく解放された。


 時間を食ってしまったのは面倒だったけど、財布が戻ってくる一縷いちるの望みはある。

 まあでも、あまり期待せずにおこう。


 確かに5万円を盗られたのはすっげえショックだ。

 だけど仁志名のスマホは守ることができた。

 そう考えたら、案外メンタルのダメージは少ない。


 オタク街の道の端で立って話をしている俺たちから、フィギュアショップが見える。

 だけどお金もなくなったし、このまま電車に乗って帰ろう。


 俺は仁志名にそう提案した。

 すると意外なことを言われた。


「あのさ日賀っぴ。実はあたし、念のためにお金を持って来てるんだよ」

「え? 念のためって?」

「ん……もしも日賀っぴがもう貯金は使っちゃってて、実はお金が足りないとかさ。ありがちっしょ?」


 言って仁志名は自分の財布から5万円を俺に見せた。


「いや、そんなのないっ! もしお金が足りないなら、レアフィギュアを買いに来ないよ」


 なんで”ありがち”なんだよ。

 俺って、そんなに間抜けだと思われてるのか?


「あはは、ごめん。でさ。このお金でレアフィギュアを買おーよ」


 ──え?


「ダメだよ。こんな大金もらうわけにはいかない」

「だってあたしのせいで日賀っぴがフィギュア買えなくなったなんて、悲しすぎて……」

「仁志名のせいじゃないって。ホントに気にすんなよ。俺は……」




 潤んだ仁志名の目を見ながら言葉を継ぎ足す。




「仁志名の大切なモノを守れただけで、レアフィギュア以上の価値があると思ってる」




 仁志名はじっと俺を見つめている。

 そんな真剣な眼差しを見て、ふと気づいた。


 ──やっべ!


 今俺、めっちゃ臭いセリフを吐いちゃったよな。

 きっとドン引きされてるよな。


 だけどそんな心配は杞憂だった。


「ありがとう。ホントにありがとう……」


 仁志名は両手を握ってきた。

 長いまつ毛の大きい瞳で、俺の目をじっと見つめている。

 涙でキラキラと輝き、吸い込まれそうになる双眸。


 やべ。めっちゃキュンとした。


「でもさ。これで日賀っぴがあのフィギュアを手に入れられなかったら、あたし一生後悔するよ。それにあたしだって、日賀っぴの部屋にこのフィギュアがあるのを想像したら嬉しーんだよっ! だからこのお金使ってよ」

「いや待ってくれ。気持ちはわかるけど、やっぱり仁志名の金でフィギュアを買うわけにはいかない」

「日賀っぴ……」


 落胆した顔をしている。

 仁志名に悲しい思いをさせたくない。


 もし俺がフィギュアを手に入れなかったら、彼女はこれからもずっと、それを気に病むだろう。


 だってコイツは──

 ものすごく優しくて、

 ものすごく友達思いで、

 ものすごく感受性が高い。

 ──そんな女の子なんだ。


 だから、こんな提案をした。


「だからさ。もしよかったら、そのお金貸してくれないかな。バイトして必ず返すから」


 ホントはそんな大金を借りるなんて良くないけど、仁志名のためにも、俺はあのフィギュアを手に入れないといけないんだ。


 そう思った。


***


 フィギュアショップに行って、影峰かげみね喰衣くらいの超レアフィギュアを購入した。

 ショップを出ると、辺りはもう暗くなりかけていた。そして二人で同じ電車に乗り、帰途に着く。


 電車の中で仁志名は、スマホに付けている蝶型アクセサリのことを話してくれた。


「これはね。あたしの従姉いとこのお姉さんの形見なんだ」


 そのお姉さんは5歳年上で、子供の頃から仲が良かったらしい。


 明るくていつも前向きで、カッコいいお姉さん。

 仁志名の憧れの人だった。


 いつも「今やりたいことを全力でやる」が信条で、音楽、スポーツ何にでも常に一生懸命だったその人は、2年前、大学生の時に突然交通事故で亡くなった。


 そのことから、できるだけ後ろ向きなことは考えずに、その時にやりたいことをいつも全力で楽しもうと心に決めたそうだ。


 つい後ろ向きになりそうな時。

 この蝶のアクセサリを見ると、励ましてくれるお姉さんの声が聞こえる。


 仁志名は柔らかく微笑みながらそう言った。


 ──そっか。


 いつもあっけらかんとしていて前向きな仁志名。

 決して何も考えないで明るくいられるわけじゃなくて、そんな努力をしていたんだ。


 そんなことに、今さらながらに気づいた。


 俺って、まだまだ仁志名のことをわかっちゃいないんだ。


 もっともっとコイツのことを深く知りたい。

 そしてもっともっと応援したい。

 仁志名がやりたいことを、今まで以上に叶えてあげたい。


 ──心からそう思った。




♡♡♡

〈仁志名柚々視点〉


 あたしはうちに帰ってから、ずーっと装飾の製作をしてた。

 時計を見ると、もう夜中の12時を過ぎてる。


「ふぅ〜っ、できたぁっ!」


 やったよ。

 てんごくさんに教えてもらったコスの装飾。

 ようやく完成したぁーっ!


 両手でコスを広げてみる。


 むふ。完璧じゃん!

 いやぁ、やるね、あたし!


 日賀っぴ、あたしがんばったよ。

 よーやく自分が思い描く通りの喰衣ちゃん完コスができそうだっ。

 これで来週みんなと合わせ・・・撮影できるし、コンテストに応募できる。


 良かったぁ。


 手の中のコスを、もう一度じっくりと見る。


 ようやくここまで来れたのは日賀っぴのおかげだ。

 あたしが完コスするために、ホントに色々と助けてもらった。


 今日だって、自分のフィギュアを諦めて、怪我までして、あたしのためにスマホを守ってくれた。


 彼にはマジ感謝しかないよ。


 そんなことを考えてたら、日賀っぴの顔が頭に浮かんだ。


 頼り甲斐のある優しい笑顔。白い歯。

 カッコいいよね。


 イケメンってわけじゃないけど、どんな男子よりもカッコいいよね。


「日賀新介……」

 

 ヤバ。──名前を呼ぶだけで胸の奥がキュンキュンした。




 あたし──




 日賀っぴのこと好きだ。



 いや、今まででもまあまあ好きだったんだけどね。

 でも待って。


 今のあたし、彼のことが、どうしようもないくらい好きになってる。

 そう意識したらするほど、好きって気持ちがさらにどんどん膨らんでく。


 えええぇぇぇ。

 どうしよう!!

 ヤバ。これヤバ。


 あたし、日賀っぴのことめっちゃ大好きじゃん!!


 コスを胸にギュッと抱きしめた。

 そしたら胸を圧迫したからかな。


 胸の奥から押し出されるみたいに、自然と気持ちが唇から漏れた。


「日賀っぴ……大好きだよ」


 気持ちを言葉にして口に出したら、心がほわんと温かくなった。

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