第30話:陽キャ男子に睨まれる

***


 翌朝、月曜日。

 教室で自分の席に座っていたら、仁志名が登校してきた。


「おっはよー日賀っぴ! 昨日はお疲れーしょん!」


 仁志名の席は俺の隣。スタスタと近づいてきてシュタッと片手を挙げた。

 なにその、超絶爽やかな挨拶は。

 朝っぱらからこのテンションにはついていけない。


「おお、おはよう……お疲れさん」


 教室内がザワザワしてるのに気づいた。

 周りを見回すと、何人ものクラスメイトがこっちを見てる。


「昨日?」

「仁志名さんと日賀が一緒にいたのか?」

「どういう関係だ?」


 うわ、しまった。

 最近は仁志名と一緒に過ごすことが多くて、すっかりそれに慣れていた。


 だけど学校では、俺と仁志名の関係は詳しくはみんなに教えていない。


 コミュ障でオタクの俺が学年一陽キャで美人の仁志名と仲良くしてるのは、そりゃ不思議だよな。


 それに俺なんかが人気女子と仲良くしてるなんてことを、快く思わない者もいるはずだ。

 ほら、前の席の前島のように。


「なあ日賀」


 前の席から振り返った彼は不機嫌な顔をしている。


「なに?」


 前島は以前、俺のフィギュア写真を見つけてディスった男だ。

 バスケ部所属の陽キャなイケメン男子。


 クラスでもカースト上位の男子だが、どうやら仁志名に気があるようだ。

 今までも度々振り向いて、俺の隣の仁志名に嬉しそうに話しかけていたし。


「なんで日曜日に、お前が仁志名と一緒にいたんだよ?」

「あ、いや……」


 うわ、睨むなよ。

 なんて説明したらいいんだ。


 恨みを買わないように上手くごまかさなきゃ。


「昨日ね、日賀っぴと一緒にコスプレイベント行ったんだよー! そこでね、彼にすっごく素敵な写真を撮ってもらったんだ!」


 うっわ、仁志名! どストレートな説明をありがとう。

 はい、これで俺はめでたく、前島の恨みを買うことが確定しました。


「コスプレ? 写真……?」

「うんそう。あたしコスプレやってんだ。で、日賀っぴが写真上手だからさ。コス写真を撮ってもらってるんだよ」

「日賀って写真、上手いのか……?」


 だから仁志名。そんな嬉しそうな顔で俺の名前を出さないでくれ。

 前島の顔がどんどん曇っていく。恐ろしい……


「うん! ほら、前島も前に見たでしょ。日賀っぴのフィギュア写真!」

「あ、ああ。見たよ。あのキモ……」

「でしょでしょっ! あの写真、ちょーカッコいいよねっ!」

「あ、ああ。そうだったな。うん、カッコよかった……」


 前島よ。今絶対に『キモい』って言いかけたよね。

 でも仁志名の勢いに押されて言えなかったよね。


「あ、そうだ日賀っぴ。グミ食べる?」


 なんだよ突然。

 仁志名がカバンから取り出したのはグレープ味のグミ。

 俺の好きな味だ。


 だけど他の生徒が注目している中で、女子から食べ物をもらうなんてこと。

 コミュ障な俺にはできるはずもない。


「いや、いい」

「あれ? 日賀っぴグミ嫌い?」

「いや、好きだ」

「じゃあ、どぞ」


 仁志名が紫色のグミを指ではさんで、俺の目の前に突き出した。


「いいよ。遠慮しとく」

「ほら、あーん」

「は? ……うぐっ」


 おい待て仁志名。いきなり口にグミを放り込むなよ。

 びっくりするだろが。


 でも、反射的にモグモグと咀嚼してしまった。

 うん、旨い。


 えっと……。


 前島がなんだか恐ろしい目で俺を睨んでいる。

 それ、今にも人を殺しそうな暗殺者の目だぞ。

 怖すぎる……。


「あのさ仁志名。俺もグミ好きなんだけど」

「前島も欲しーの?」

「おう。めっちゃほしい」

「そっか。じゃあ…」


 仁志名が袋から指先でグミを一つ取り出す。

 前島は「あーん」と口を大きく開けた。

 だけど仁志名は前島の手のひらの上にグミを置いた。


「どーぞ。食べてちょ」

「ほえっ……?」


 前島が口をぽかんと開けたまま声を出したもんだから、思いっきり間抜けな声になった。


「どーぞ、遠慮なく」

「あ、ああ。……ありがとう」


 彼はバツの悪そうな顔をした後、なんとも言えない悔しそうな表情を浮かべて、前を向いてしまった。


 前島を怒らせるようなことはやめてくれ。

 恨みを買ってしまったら、それを跳ねのける力なんて俺にはないんだから。


 って言うか、そもそも教室で俺と仁志名の関係を言いふらすのはよくないよな。

 仁志名は人気の女子なんだ。前島に限らず、俺をやっかむ男子が他にもいるに決まってる。


 俺は隣の席に座った仁志名に顔を向ける。


「なあ仁志名」

「なに?」

「コスプレのことは、学校ではあんまりベラベラ言わない方がいいんじゃないか?」

「なんで?」

「だって他人の視線が気になる」

「ううん! だって大好きなことをやってるんだから、ぜーんぜん気になんないよっ! だいじょーぶ!!」


 ──いやお前じゃなくて、俺が気になるんだよ。


 そう言いたかったけど。

 そっか。大好きなことをやってるから、全然気にならないか。


 ホントに真っすぐで強い女の子だ。

 マジ、カッコいい。


「な、なに……?」


 仁志名がなぜか頬を赤くしてる。


「なにが?」

「だって日賀っぴが、じっとあたしを見てるから」

「あ、ごめん」

「見とれてた?」

「あ、いや。だからごめんって」


 凄い女の子だなって思って見とれてた。

 それは確かだ。


「やっぱ見とれてたんだー。あははっ、許すっっ!!」

「あ、ありがとう」


 なんかわからんけど許してくれた。

 相変わらずあっけらかんとした明るい子で助かった。

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