第29話:コスプレコンテストに挑戦?
「ところでゆずゆず。そこまでコスのクオリティが高いんだから、コンテストに参加してみたら?」
「コンテスト? てんごくさん、なにそれ?」
「今ちょうどオンラインコスプレコンテストのエントリー募集してるよ。専用サイトにコスプレ写真を投稿して、会員の投票で優勝者を決めるんだ」
「ほぉほぉ。面白そーじゃん!」
そのコンテストは『コスコンJapan』。
サイトによると、それは世界中にファンを持つ国内最大級、レイヤー憧れのコスプレコンテスト。
一次予選はコンテストサイトにアップした写真で行われる。そこに付いた「コンテスト会員の投票数」で審査。二次予選、最終本戦を経て、優勝者や入選者が決まるらしい。
「えええーっ? 優勝賞金50万円!? すっげ! 上がるっ!!」
仁志名が素っ頓狂な声を上げた。
「そうだよ。でもこのコンテストの魅力はそれだけじゃない。世間の注目度が高くて、昨年の優勝者は一躍有名になり、テレビ出演も果たしてるんだよ」
おおっ……それはすごいな。
仁志名もキラキラした目で天国さんの説明を聞いている。
サイトに載っている、去年の優勝者の写真を見た。
すっげぇ。小柄な女性だけど、その存在感は圧倒的だ。
和風ファンタジーアニメ『鬼人対戦』のヒロインのコスプレで、お洒落な和服の袴姿。
二刀流の刀を持った立ち姿がめちゃくちゃカッコいい。
「うん、決めたっ! あたし、そのコンテストに出る出る出る出るっ!!」
いったい何回出るつもりだよ。
出る、が多すぎ。
「じゃあ、今日撮った写真を投稿すればいいよ。充分入賞を狙えるんじゃないかな」
「いやえっと……」
仁志名のヤツ、どうしたんだろ?
あまり乗り気じゃない顔をしている。
「あのさ、てんごくさん。あたし、まだもっとコスのクオリティを上げたいんだよね」
「そうなの? 今でも充分クオリティは高いと思うけど」
「ほら、こことかこの部分とか。本物と比べたら、簡素なデザインになってるっしょ」
仁志名がバッグから喰衣の衣装を取り出して、天国さんに見せている。
それはこの前仁志名が言っていた、細かな装飾の部分だ。
「ん、確かに。これは原作の絵だと、かなり精緻なデザインだからね。市販のコスだと、これを再現するには手間がかかりすぎるから、なかなかそこまで手間をかけられないよ」
「でもてんごくさんなら、手作りでできるんじゃ?」
「そりゃあ私ならできるよ」
「やっぱりっ! それをあたしに教えてほしいんだっ! コーチ料はいくらかかる?」
仁志名は裁縫は苦手だって言ってた。
なのに天国さんに教えを乞うて、やろうとしているのか。
安易に人に製作を頼むんじゃなくて、自分で学ぼうとするその姿勢。
やっぱ仁志名ってすげぇな。
「コーチ料かぁ。そうだねぇ……普通なら5千円、いや1万円か……」
うわ、たっか!
いやでも、専門的なことを教えるんだ。
それくらいはかかるのか。
天国さんは指をあごに当てて、まだ考え込んでいる。
そして何かを思いついたように、パッと顔が明るくなった。
「そうだ! ゆずゆず、私の店で半日でいいからバイトしない? そのバイト代を半分コーチ料としてもらうよ」
天国さんの提案はこうだ。
5時間バイトする。
時給2千円で1万円。
そのうち半分の5千円をコーチ料としてもらう。
それなら時給千円でバイトするのと同じだよな。
しかも交通費も出すって言ってる。
つまり、教えてもらいに行くなら自己負担で出すはずの電車賃もタダになる。
それって、実質タダで教えてあげるってことじゃないのか?
うわ、やっぱこの人、女神だ。
「ねえ、てんごくさん。日賀っぴも一緒にバイト、ダメかなー?」
──は? なんですと?
なんで俺?
「うん。もちろんいいよ!」
「おいおい待ってくれ。俺には接客なんて無理だ」
仁志名のおかげでだいぶん他人と話せるようにはなってきたけど、俺はコミュ障だぞ。
知らない人とスムーズに話すなんて無理ゲーに決まってる。
「大丈夫だよarata君。品出しとか倉庫整理とか、接客以外も仕事はたくさんある」
「あ、そうっスか……」
それにしたってバイトなんてやったことないから不安しかない。しかもコスプレショップだなんて。
バイト童貞の俺にはハードル高すぎるだろ。
「ほらほら
──ん?
仁志名が俺と一緒にバイトしたがってるって?
コミュニケーションモンスターの仁志名でも、さすがに未体験のバイトは一人じゃ不安ってことか。
「あいや、てんごくさんっ! べ、別にそーいうわけじゃ……」
珍しく、アワワと慌てる仁志名。
「ほら、日賀っぴ! この前てんごくさんの店に行く前に、フィギュアショップで言ってたじゃん。
「よく覚えてるな」
そっか。仁志名のヤツ、心配してくれてたんだ。
「うん。だからバイトしてお金貯めたらちょーどいいよねっ!」
「いや。あれからもう結構な日が経ったし、きっと売れちゃってるよ」
あれは超レアな新古品だ。
いつまでも売れ残っている可能性は低い。
「arata君。それ見つけたの、なんて店?」
「アニ・ホビって店です」
「ああ。そこなら知り合いの店員がいるから、聞いてあげるよ。もしも残ってたら、ウチでバイトして買う?」
「はい! もちろん!」
「ホントに? ……まだあるって」
なんと。あのレアアイテムがまだ残っていたなんて。奇跡だ。
「じゃあそのフィギュア、1ヶ月くらい取り置きしといてよ。……オッケー? おお、サンキュ!」
ちょっと待って。
まさか取り置きまで交渉してくれるなんて。
ああっ……やっぱり
こうして俺と仁志名は、次の日曜日に天国さんのお店でバイトをすることとなった。
そして天国さんにアドバイスを受けて仁志名がコスを手直ししてから、改めてコンテスト用の写真を撮る。
その撮影はまたこの四人が集まって、一緒に撮る
そういう話になった。
そんな約束をして、この日のアフターはお開きとなった。
***
コスプレイベントのあった大都市のターミナル駅から、俺と仁志名は同じ電車に乗って帰路に着いた。
「日賀っぴ。今日はいい写真を撮れたし、マジ楽しかったぁー! ありがと!」
電車の扉を背にした仁志名が、満面の笑みで言った。照れる。
「コスプレ仲間ができたのも、ぜーんぶ日賀っぴのおかげだし」
「いやそれは、仁志名なら俺がいなくても自分で仲間作れただろ」
「ううん。日賀っぴがきっかけ作ってくれたおかげで、こんないい仲間と知り合えた。ぜーんぶ日賀っぴのおかげだよ。これからもよろしくー!」
「あ、よ、よろしく」
今日で仁志名のコスプレのパートナーは終わりかも。
さっきまでそう思っていただけに、ちょっと戸惑いながら返事した。
いや別に嬉しいとかそんなんじゃないぞ。
仁志名がまだ上を目指すってんだから、そりゃ手助けするのは義理ってもんだろう。
そう。これは義理だ。
うん、誰がなんと言ったってそうなんだよ。
なんて考えながらも、頬が緩むのが止められない。
もしかしたら仁志名にバレてたかもしれない。
──恥ずかしい。
仁志名の目を見たら気持ちが見透かされそうだから、車窓に目を向けて、流れ行く風景をしばらく眺めていた。
そしたら横に立つ仁志名も、同じように窓の外を眺めていた。
同じ時に同じ姿勢で同じ景色を見る。
なんかこれっていいな。
なんとなくそう思った。
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