第31話:ギャルの陽キャ友達

***


 放課後。自分の机で下校する準備をしながら、何げなく仁志名を見た。

 いつも仲良くしているリア充グループの面々と、なにか話をして盛り上がっている。


 みんな陽キャでお洒落で美男美女。

 圧倒的なカーストトップの集まりで、俺とは最も縁遠い存在だ。


 仁志名はズブズブのオタクだし、最近は一緒にいることも多いから、すっかり忘れていた。だけど本来の彼女の居場所はあそこなんだ。


 たまたま仁志名とは関わりができたけど、俺がああいう陽キャ連中と深く関わることなんて、この先一生ないだろう。


 ──って、ぼんやり彼らを眺めていたら、彼らは楽しそうに会話をしながら、みんな揃って教室を出て行った。


 だけどなぜか仁志名だけは教室に残って、俺の方に近づいて来る。

 ニッコニコ楽しそうな顔をしてるけど、どうしたんだろう。


「日賀っぴ。今日これから何か予定ある?」

「いや、ない」


 って言うか、俺に放課後の予定なんかない。

 あるとすれば家に帰って動画を観ることくらいだ。


「じゃあさ、カラオケ行こっ!」

「え? なんで?」

「みんなで行くことになったんだよ。だから日賀っぴも一緒に!」

「は……?」


 みんなって……仁志名が仲良くしてる陽キャ仲間ってことだよな。

 ちょっと待ってくれ。


 そんなパリピ連中の中に俺を放り込むなんて、ライオンの群れにウサギを放り込むのと同じだ。獲って食われてご臨終。


「いや、なんで俺が……」

「ほらっ、いいからいいからっ! 行こって!」

「うわっ」


 いきなり手を引っ張られる。

 まだクラスの大半が残っている教室で、なんてことをするんだ。


 ほら、また前島が怖い顔で睨んでいるじゃないか。

 俺はその殺人的な視線から逃れるために、とにかく仁志名について教室を出た。


***


 ──で、着いたのが駅前のカラオケルーム。


 仁志名はしょっちゅう仲間でここに来ているらしく、受付のお姉さんに「毎度っ!」なんて手を挙げながら、躊躇することなく館内に入っていく。

 お姉さんも慣れたもので「いらっしゃーい! いつもの5号室だよ!」なんて陽気に笑ってる。


 いや、俺が拉致されるがごとく、手を引っ張られてるんだ。

 ちょっとは気にしてくれよ店員さん。


 仁志名はそのまま店内の廊下を進んで、店員さんが言った5号室に着いた。

 そして扉を開けて中に入る。


「おっせーぞ柚々ゆゆ!」

「ごめーん! お待たっ!」


 ルームの中を見渡すと、女子が二人、男子が三人いた。

 全員、いつも仁志名と仲良くしてる連中だ。

 正直言って、誰が誰なのか名前と顔が一致しない。


 うわ、全員俺を見てる。

 きっと場違いな俺に、何しに来たんだって思ってるんだろう。

 怖い……


「おう、来た来た! 仁志名の曲、もう入れてあるからな」


 ──あ、俺じゃなくて仁志名を見てたんだね。


 自意識過剰だった。

 俺の存在なんて、きっとスルーされてるんだよな。


「サンキュ! じゃあ歌うぞぉー!」


 到着早々仁志名はマイクを握って、イントロに合わせて踊り始めた。


 なにこれ?

 いきなり何の前触れもなく歌を振られて、すぐにノリノリに歌い始めるなんて。

 陽キャ達のカラオケって、こんな感じなのか?


 ちょっと待って。

 俺、どうしたらいいの?

 こんなテンション、ついていけない……


「日賀君、こっちこっち」


 陽キャグループの一人、茶髪のショートカットの女子が手招きした。

 ソファ席の空いているところを指差している。


 ここに座れってことだろう。

 突っ立ったままってのも目立って嫌なんで、言われるままに素直に座る。

 そして歌い始めた仁志名に目を向けた。


 ──うわ、上手い。


 歌い慣れてるし踊りも上手い。

 周りのみんなもヒューヒュー口笛を鳴らしてはやし立てる。


 それに応えて笑顔で手を振りながら歌う仁志名。

 みんなはさらに大きな歓声を上げて盛り上かる。


 凄いな。

 仁志名って相当可愛いし、まさにアイドルみたいだ。

 この陽キャばかりのグループの中でも、完全に中心人物だ。


 こうやって仁志名が陽キャ仲間と一緒にいるところを目にすると、やっぱりコイツって紛れもなくカーストトップの一員なんだと実感する。


 俺が場違いだってことが余計に身に染みた。

 もうやだ。帰りたい。


 そのうち仁志名の歌が終わった。

 陽キャ達5人は拍手喝さい。

 うるさくて耳が痛い。

 もうやだ。帰りたい。


「じゃあ、次は日賀っぴ歌う?」

「歌わん」


 こんな陽キャの皆さんの前でいきなりカラオケ歌うなんて、そんな鋼の心臓は持っとらんわ。

 って言うか、なんでこの場に俺がいるのか、まだ理解できてないんですけど?


「おいおい柚々ゆゆ。日賀のヤツ、戸惑ってるじゃんか。お前相変らず暴走娘だなぁ」

「あははっ、そうだね。日賀っぴごめーん!」

「いいけど……。それより、仁志名。なんで俺がここに連れて来られたんだよ」


 陽キャの皆さんの視線が痛い。

 こうやって仁志名は俺を誘ってくれたけど、場違いな俺は、きっと彼らには歓迎されてないに違いない。


「だってみんなが日賀っぴを連れて来いって言うからさ」

「え? 嘘でしょ?」


 周りの5人を見回すと、全員がうなずいている。

 マジか。なぜだ?


 ──あ、わかった。


 最近俺が仁志名と頻繁に関わってるから、きっと彼らにとっては気に障るんじゃないか。

 それで俺を取り囲んで、『俺たちの仁志名に近づくな』ってプレッシャーをかけるつもりなんだ。

 ヤバい! とにかく早めに謝っとこう。


「ご、ごめん……」

「日賀っ! ありがとーな!」


 みんなに謝ろうと思った瞬間。

 なぜか男子の一人が俺に礼を言って、握手を求めてきた。


「あ……うん? なにが?」


 思わず手を取って握手に応えたけど。

 なんでお礼を言われてるんだよ?


「いやあ、俺達柚々が大好きなアニメとかコスプレとか、まったくわかんなくてさ。今まで話を合わせられなくて、柚々にずっと寂しい思いをさせてたんだ」


 確かに仁志名は、前から何度かそういうことを言っていた。

 仲のいい友達はアニメには興味がなくて、話をしても反応が薄くて寂しいと。


「それが最近はアニメの話を思いっきりできるからって、柚々のヤツすっげぇ機嫌がいいんだよ。日賀のおかげだよ」

「そうそう! それにコスプレも日賀君のおかげで超いい感じだって。柚々、めっちゃ嬉しそうなんだよねー」


 女子もそんなふうに会話に乗ってくる。


「俺達からもいっぺん日賀にお礼が言いたくてさ。だから今日は柚々に頼んで、日賀を連れてきてもらったのさ。急に悪かったな」

「はへ?」


 思いもよらない展開で、思わず変な声が出た。


「それにしても柚々。今朝も教室でグミを『あーん』ってやったりして、お前らめっちゃ仲いいな!」

「あははー! それ言うなし。照れる。思わずやっちゃったんだよねー」

「おおっ、柚々、顏真っ赤じゃん。照れとる照れとる」

「こら、あたしをおもちゃにすんな。なんならあんたのもっと恥ずかしい話しするよ?」

「うっわ、待ってくれ柚々。許してくだせぇ~!!」


 みんなで「あはははは」と大笑いしてる。


 あれっ?

 こいつらめっちゃいいヤツらじゃん。


 陽キャのカーストトップグループだからって誤解して、俺が勝手に色々と卑屈なことを考えてしまってただけだった。


 うわ、俺ってめっちゃカッコ悪い……。


 やっぱ仁志名が仲良くしてるヤツらだな。

 明るくて性格良くて、これが本物の陽キャってヤツか。


「ってわけで日賀。次はお前歌え」


 男子がリモコンを差し出した。


「いや、俺は歌は苦手で……」

「は? 許さねぇ。ここに来たからには必ず一曲は歌うって、鉄の掟があるんだからな」

「えぇぇぇ……?」


 前言撤回。

 やっぱり陽キャ連中にはついていけない。





 ──どうやらさっきのは冗談だったらしく、「歌うも歌わないも自由だよ」って女子が優しく教えてくれた。


 鉄の掟だなんて怖いことを言った男子も、アハハと大笑いしてる。


 やっぱりいいヤツらだった。


 それからも、彼らのテンションに合わせた会話はなかなかできなかった。

 やっぱり俺は、オタク以外と話をするのは苦手だ。


 だけどとことん楽しそうな彼らを眺めているだけでも、なかなかに楽しいひと時を過ごすことができた。


 こんな体験もたまにはいいかもしれない。

 ホント『たまに』であってほしいけどな。

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