第23話:イケメンレイヤーが馴れ馴れしい

 arataアラタのフィギュア写真はどうやって撮っているのかと、くるみさんから根掘り葉掘り質問をされた。


 俺は丁寧に質問に答える。


 だって、こんなに可愛くてレベルの高いレイヤーさんだよ。

 そんな人が、崇拝するくらい俺のファンだなんて嬉しすぎる!


 はるみさんも興味深く聞いてくれて、いつになく俺は饒舌にフィギュア写真について語ってしまった。


「ところで日賀君。くるるにアドバイスを受けたいってレイヤーさんがいるんだよね?」


 はるみさんに言われて、ハッと思い出した。


 今日は俺の話をするためにここに来たわけじゃない。

 仁志名がダークヒロインを演じるためのアドバイスをもらいに来たんだった。


喰衣くらいコスをしてる友人ってことだから、女の子かな?」

「あ、えっと……まあそうだね」

「あ、もしかしてこの前、カフェから慌てて帰った時の女の子?」

「そう……だけど」


 あの時はるみさんは、それを俺の彼女だと誤解していた。

 だからだろう。

 今もニヤニヤして俺を見ている。


「うわ、やるねぇ日賀君!」

「別にやるもなにもない。言っとくけど彼女じゃないからな。単なる友達だ」

「ふぅーん……」


 疑わしげな眼で見るのはやめろ。


 くるみさんなんか、引きつった顔してるじゃないか。

 コミュ障同士だから、きっとくるみさんはわかってるんだろう。


 ──彼女なんかじゃないことを。


「はるみさん。頼むから本人の前で彼女だとか言うのは、絶対にやめてくれよ。本当に単なる友達なんだから」


 仁志名が嫌な思いをしたら困る。


「あはは、わかったわかった。で、そのト・モ・ダ・チはどこにいるの?」


 変にトモダチを強調するのはやめてくれ。

 はるみさんはホントにわかってくれてるんだろうか。

 相変わらずニヤニヤしてるし。


 イマイチ不安がよぎる。


 あれ? そう言えば仁志名は遅いな。

 着替え終わったら、この場所に来るように約束をしていたのにまだ来ない。

 どこかで迷っているんだろうか?


「そうだった。お待たせしてごめん。ちょっと連絡してみる」


 スマホで仁志名に電話をかけてみた。

 呼び出し音からすぐに留守電に切り替わる。

 出ない。


「更衣室で着替えをしてからここに来るように言ってたんだけど……。もしかしたら迷ってるかもしれないから、ちょっと探してくるよ」

「わかった。じゃあ私たちはここにいるから」

「うん、ごめん」

「いいよいいよ! じゃあ気をつけて行ってきてねぇー!」


 笑顔で大きく手を振るはるみさん。

 くるみさんも「気をつけて」と言ってくれた。

 ホントにいい人たちだな。


 俺は駆け足で更衣室に向かった。


***


 さっき更衣室からガーデンまで来た道を、逆にたどって移動した。

 あちらこちらにレイヤーさんがいるから、そこに紛れて喰衣くらい姿の仁志名がいないか、目を凝らして探しながら歩く。


 念のために私服でいる可能性も考えて、細心の注意を払いながら全方位を探す。

 だけど彼女の姿は見当たらない。


 まったくもう、どこにいるんだよ。

 ショッピングモールの本館に入り、とうとう3階の更衣室の近くまで来てしまった。


 すると──いた!


 更衣室の出入口の前に、喰衣くらいコスの仁志名の姿があった。


「にし……」


 声をかけようとしてふと気づいた。

 仁志名は誰か男性と向かい合って話をしている。


 あれは……DALダルの超イケメン主人公、十坂とおさか九堂くどうだ。


 派手な感じのスーツスタイル。

 十坂のコスプレをしているのは、スラリとスタイルのいい男。濃いめのメイクをしているけど、鼻筋の通った超イケメン。


 あれは誰なんだ?


 おい、ちょっと距離感近くないか?

 仁志名はえらく楽しそうに喋ってる。

 やっぱ相手がイケメンだからか?


 なぜか胸の奥がモヤモヤする。


 ……あ、いや。

 仁志名の距離感が近いのはいつものことだ。


 あんな楽しそうな顔してお喋りするのも……いつものことだよな。

 うん、そうだそうだ。


 イケメンレイヤーが仁志名に何やら熱心に説明をしている。

 モヤモヤした気持ちを抱えながら、彼らに近づく。


「にし……」


 声をかけようとしたその瞬間。


「わぁー、ありがとぉー!」


 ──え?


 何やら仁志名が礼を言って、イケメンの腕に抱きついた。


 なんだあれ?

 なんでそこまで親しげなんだよ。

 やっぱムカつく。


「あ、日賀っぴ!」


 俺に気づいた仁志名が、イケメンから離れて俺に手を振る。


「あのさ日賀っぴ。この人てんごくさん。コスプレのアドバイスくれたんだよっ!」

「あ、そうなの……」

「いやいや、大したアドバイスじゃないって」


 このイケメンレイヤー、てんごくって名前か。

 なんだよ。変な名前。

 それにメイクも濃すぎるよ。


 それでもスリムですっげえカッコいいのが、余計に腹が立つ。

 胸が押さえつけられるように苦しい。


「くるるが待ってる。早く行かななきゃ」


 絞り出すようにそれだけ伝えた。


「ああっ、ごめーん! すぐ行くよ!」

「そうだな。行こう」

「あ、ゆずゆず、俺も一緒に行っていい?」


 イケメンレイヤーが図々しいことを言った。


 ──来んな。

 ──ゆずゆずなんて呼んで、馴れ馴れしいんだよ。


 心の声が即答する。

 だけどそんな偉そうなことを口にする勇気なんてない。

 だから仁志名が断ってくれるのを祈る。


「もちろんいいよー」


 うわ、O Kするのかよ。

 でも仁志名が承諾するなら、俺が断わることはできない。

 くっそ、もやもやする。


「くるるを待たせてるし、さあ、急いで行こーっ!」

「そうだな」


 仁志名が早足でずんずん歩き出した。

 俺も慌てて後を追った。

 後ろからイケメンレイヤーもついて来る。


 すると、三人少し離れて歩いていたのに、なぜかてんごくが俺に近づいてきた。


「ねえarataアラタ君」


 横を並んで歩きながら小声で話しかけられた。

 いきなりarata君だなんて、どこまで馴れ馴れしいんだよ。


 ……って、あれっ?

 なんで俺がarataだって知ってるんだ?


 あ、そっか。仁志名が教えたのかな。


「ごめんね、お邪魔で」

「いや別に、お邪魔とかないし」


 とか言いながら、本音はめっちゃ邪魔!

 邪魔だと思うなら、ついて来ないでほしい。


 ……って。

 俺、今めっちゃ嫌なヤツになってるな。

 自己嫌悪に陥いる。


 そんな自分が情け無いけど、一度溢れ出した感情は止められない。


「だってarata君、この前と違って、すごく不機嫌だからね」

「……え? この前って?」

「やっぱり気づいてないよね?」

「何が?」


 イケメンがニヤリと笑う。

 いったいなんの話だよ?


「俺、コスプレショップ店員の天国あまくにだよ」

「へ?」


 さっきまでの低い声から、突然女性の声に変わった。

 え? どういうこと?


「私、男装コスプレ専門にやってるんだ。天国あまくにをもじってレイヤー名はてんごく」


 マジか!?


 そう言われてよくよく顔を見た。

 十坂とおさか 九堂くどうに似せるための濃いメイク。


 いや、どう見ても男にしか見えないぞ。

 だけど確かに天国さんの面影はある。


天国あまくにさんか」


 男じゃなかったんだ。

 でもすごいな。ここまで男性になり切れるんだ。

 コスプレ恐るべし!


 ホッとして、それまでこわばっていた全身から力が抜ける。


 でもこのスリムなスタイル。

 胸はぺったんこ。

 なんで?


「あ、バストは、胸を潰すインナーをつけてるんだよ」

「そうなんだ」


 胸をガン見してるのがバレた。

 恥ずっ!!


「それにしてもだいぶん嫉妬させたね。ごめんね彼氏くん」

「いや別に俺、嫉妬なんてしてない」

「いやいやいや。めちゃくちゃうっとおしい目で私を見てたよ。arata君、丸わかりだって」

「それに俺は彼氏じゃないから」

「あ、そっか! まだ付き合う直前ってやつか。うーん、一番いい時期だよね」


 やめてくれ。仁志名に聞かれたらどうするんだよ。

 心配になって仁志名を見たら、聞こえてはいないようだ。黙々と前を歩いている。


 良かった。


「それも違います……」

「あはは、わかったよ。恥ずかしがらなくてもいいのに。うん大丈夫。ゆずゆずには変なことは言わないから」


 俺が仁志名を気にしてることすらも、もろバレだった。


「それにしても天国あまくにさん。それならそうで、早く言ってくれたらよかったのに」

「だってarata君の焦った顔が面白かったんだもーん」


 うわ、意地悪姉さんかよ。

 恥ずかしすぎる。


「うーん、若いっていいねぇ! 青春だね!」

「いや別に青春とかそんなんじゃ……」


 青春なんて言葉は、俺にとって最も縁遠いものだ。

 ……と思ってたけど。


 仁志名のおかげで最近は結構楽しいことが多い。

 これってもしかして、青春?


 それにしても、もしてんごくが本当に男だったら、このまま一緒に行動するなんて俺のメンタル死んでたかもしれない。

 天国あまくにさんでよかった。


 そんなことを思いながら、双子レイヤーが待つ場所ににたどり着いた。

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