第16話:ギャルが我が家にやって来る

◇◇◇


「ふぅ~っ」


 慌てて自宅に帰り、ようやく自室の掃除を終えた。

 仁志名が来るまでに間に合った!

 ホッとした。


 吹き出した額の汗を手の甲で拭う。

 駅から駆け足で帰宅したし、バタバタと慌てて掃除したせいだ。


 ほこりは掃除機をかけたし、ウエットクロスで拭き掃除もした。

 床に散らかっていたものはクローゼットに片づけた。


 うん、綺麗だ。だけど──


 壁や天井に貼りまくったアニメヒロインのポスターと、書棚のフィギュア。

 それとずらりと並ぶラノベと漫画。

 うーむ……どう見たって、ザ・オタクって部屋だ。


 だけど大丈夫だよな。

 仁志名は見た目ギャルだけど中身はオタクだ。

 自分の部屋にアニメのポスターを貼ってるって言ってたし。


 そこまで考えて、はたと気づく。


 ちょい待て。確かに今から仁志名が俺の家にやって来る。

 だけどリビングに通せばいいじゃないか。

 わざわざ自室に女子を招き入れる必要はない。

 そうすれば自分の心の底を覗かれるような気恥ずかしさを味あわなくて済む。


 なぜそこに気づかなかったのか。


 早く気づいていたら、こんなに体力を使って掃除しなくてよかったのに。

 仁志名が我が家に来るとなって、冷静な判断ができなくなっていたのだ。


 ──などと悔恨の念にかられていたら、ピンポンと玄関チャイムが鳴った。


 来た! とうとう来た!

 ドキドキしながら玄関へと向かう。


 玄関ドアを開けると、目の前に満面の笑みの仁志名が立っていた。

 シュタっと片手を上げて「ヤホっ!」と陽気に挨拶してくる。


「お、おう。いらっしゃい」


 玄関先に立つ仁志名の本日のファッションスタイルは──。


 上はざっくり大きめのフード付きパーカー。

 薄いピンクを基調とし、胸に幾何学な模様が入ってお洒落。


 下は短めの黒いキュロットタイプのスカート。

 白くて長い脚が相変わらず美しくて、ドキリとする。


 ピンクがかった綺麗な色の茶髪と整った顔、そして抜群のスタイルのせいで、シンプルでカジュアルなファッションなのに、やっぱりモデルみたいにお洒落に見える。可愛い。


 ──って、なにまじまじと観察してるんだよ俺。


 ヤバっ!

 仁志名がきょとんとしてる。


「あ、どうぞ」


 玄関内に招き入れると、仁志名は小さなケーキの箱を差し出した。


「これ、一緒に食べよ!」

「なに?」

「喰衣ちゃんのバースデーケーキだよ」


 おおうっ、さすが仁志名。押さえるところはちゃんと押さえてやがる。

 今日が影峰喰衣の誕生日だってことを知っていたか。


「だよな!」

「だよねっ!」


 お互いに目でうなずき合う。

 なんかコレっていいな。オタク同士の絆って感じ。


 仁志名をリビングに通し、手土産のショートケーキを皿に載せて出した。ついでにティーバッグで紅茶も入れる。


「ありがと日賀っぴ!」

「ど、どういたしまして」


 自分の家に同級生の女子がいることに、すごく不思議な感覚に囚われる。

 しかもそれが学校一美人のカーストトップ女子だぞ。あり得ない。


 この世界は、本当に俺が元々暮らしていた世界線で間違いないのだろうか。

 もしかしたらパラレルワールドに迷い込んでいるのでは?

 そんな気すらしてくる。


「ねえ日賀っぴは、朝からどこ行ってたん?」

「ゲホッ!」


 食いかけていたケーキで思わずむせた。


「だ、だいじょーぶっ!?」

「ああ、大丈夫だ」


 今の質問で、双子姉妹の顔が頭に浮かんで一瞬焦った。

 別に悪いことをしていたわけでもないけど、他の女の子と一緒にいたってことは、なぜか仁志名に言いにくい。


 紅茶をひと口含んで、気を落ち着かせる。

 仁志名はホッとした表情を浮かべた。


「今日は影峰喰衣の誕生日だからな。『アニメ〜だ』で喰衣グッズを買い込んでた」

「ええーっ、いいないいな! あたしも行きたかったなぁ」


 駄々っ子みたいに口を尖らすなよ。可愛いじゃないか。


「また一緒に行こーね!」

「あ、ああ。またな」


 一緒に行こうだなんて。

 やっぱり『アニメ〜だ』って店名は、オタク心の琴線に触れるんだな。


 ケーキを食べ終え、紅茶のカップもちょうど空になったところで、仁志名が鞄からコスを取り出した。


「じゃじゃーんっ!」


 向かい合ったテーブルの向こう側から、俺に見えるように、仁志名は両手で衣裳を広げて見せる。


 顔は、もうこれ以上ないくらいに得意げだ。

 鼻息がふんぬふんぬと出る勢い。


「おおーっ、いいじゃん!」


 って、着てみないとよくはわからないのに、調子よく言ってしまった。

 でも以前はヨレヨレになっていた胸や腰の部分が、とても綺麗になっているもんな。


「じゃあウィッグ取って来るよ。俺の部屋に置いてあるんで」


 言って、立ち上がる。

 リビングから出ようとしたら、なぜか仁志名も立ってついて来た。


「あたしも日賀っぴの部屋見たい」

「なんで?」

「どんな部屋なのか興味あるじゃん!」

「いや、どうってことない普通の部屋だよ」


 ディープなオタクの部屋だから、普通の部屋なわけはない。

 だけどあえてそう言った。


「いやいやいや! ぜーったいにアニメ好きにはたまらない、素敵な部屋でしょっ!」


 いやまあ、そうなんだけどさ。

 掃除もしたから大丈夫なんだけどさ。

 でもやっぱり女子を招き入れるのは、ちょっと抵抗が……


「日賀っぴの部屋、見たいなぁ。日賀っぴの部屋、見たいなぁ」


 なぜ二度言った?

 それだけ見てみたい欲求が強いってことか?


 普段ハキハキしっかりした話し方の仁志名が、そんな甘えた感じを出すなんてズルいぞ。

 ギャップに萌えてしまう。


「あ、うん。……わかった」


 ほら、ついつい承諾してしまったじゃないか。

 自分の意思の弱さに呆れる。


 いや、ギャップ萌え恐るべし。


「やったぁー!」


 だからそんなに嬉しそうな顔すんなって。

 オーケーしてよかったって気になるじゃないか。


 また胸がぶるんぶるん揺れてるのをチラリと横目で見ながら、そんなことを思ってしまった。


 そして仁志名と一緒に、二階にある俺の部屋に向かった。

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