第17話:ギャルは感動に打ち震える
「うわぁぁぁぁ! なにこれヤバ! ヤバいて日賀っぴぃぃぃ!! 上がるっ! めっちゃ上がるぅ!」
俺の部屋に足を踏み入れた途端、仁志名が咆哮を上げた。
棚に並べてあるフィギュアのコレクションケースにかぶりついて覗いている。
「まるでお店みたい……や、それよりこっちの方がすごいよ。めちゃいいフィギュアばっかだし。大好きな喰衣ちゃんの色んなバージョンが揃ってるのもサイコー! 喰衣ちゃんしか勝たん!」
そうだろそうだろ。
数あるフィギュアの中でも、俺が厳選した垂涎のコレクションだ。
仁志名とは好みが合うみたいだし、よだれが出て仕方ないに違いない。
ケースを覗きながら、肩がぷるぷる震えてやがる。よっぽど感動したみたいだ。
俺は満ち足りた気持ちで、彼女の背中を眺めていた。
「おおーっ、これもいい……エモい。エモすぎっしょ」
仁志名は深く腰を折って、一番下の段のケースを覗き込んだ。
いや待て仁志名。そんな短いスカートでお尻を突き出して腰を曲げたら……
うわっ、黒いスカートの裾からピンク色のモノがチラリと見えた!
今のは間違いなくパンツだよな!
キュロットスカートなので丸見えではない。
だけどチラ見えなのがより一層ドキドキを加速する。
「ねぇ日賀っぴ!」
いきなり仁志名が腰を伸ばして振り向いた。目が合う。ヤバ。
「あまりに凄すぎて、あたしめっちゃこーふんしてるっ!」
俺も違う理由で興奮してる!
……あ、いやいや。
なに言ってんだ俺。落ち着けよ。
「そっか。気に入ってくれたみたいで嬉しいよ」
「うんうん! さすが日賀っぴのコレクションだ!」
仁志名は上気して顔が赤い。よっぽど興奮してるんだ。
きっと俺も真っ赤だ。顔が熱い。
だけど仁志名はそんなことに気づかないようでニコニコしてる。
「いやー、いいモン見せてもらったよぉ。眼福眼福」
まったくオヤジみたいなセリフだ。なのに仁志名が言うと可愛く感じるのはなぜだ。
だがしかし。
今俺もまったく同じ感情に包まれている。
いいモン見せてもらった。眼福眼福。
「ああーっっっ!」
なんだなんだ、どうした。
今度はなにっ!?
「あれ、あたしのウィッグ?」
仁志名がピンと伸ばした指で差す先には、デスクの隅っこに置いたウィッグがある。
頭部マネキンの代わりに地球儀に被せてあるのがなかなかシュールな光景だろ、わはは。
「うわうわうわぁっ! めっちゃカッコよくなってるぅぅぅ! 日賀っぴ、ありがとぉーっ!」
デスクに駆け寄り、近くでウィッグを眺めた仁志名は感極まったような声を上げた。
そんなに喜んでくれて何よりだ。
まあ俺一人の仕事じゃなくて、母親のおかげなんだけどな。
「テンション上げ上げなるよぉーっ! コスしたいぃ〜っ! いつコスするのっ? 今でしょっっ!!」
なんかわからんくらいテンション上がっとるな。
ウィッグを見つめながら、自分で質問して自分で答えてる。そして使い古されたギャグ。
「んしょ、んしょ」
──は? なぜか仁志名がパーカーの裾を、クロスした両手で握って脱ごうとしてる。
まさかここで着替える気か?
いや、マジでパーカーの裾をまくり上げて、背中の肌が見えてる。
ピンク色のブラジャーの背中の紐が見えた。
いや、俺は見てない。背中の紐しか見てないぞ。
これはまだブラジャーではない。
誰がなんと言おうが、これは単なる紐であって、まだブラジャーじゃないんだ!
マズい。仁志名のヤツ、テンション上がりすぎて、俺がここにいるのが頭から飛んでないか?
「こらこら仁志名! ちょっと待て!」
「……へ?」
きょとん顔で仁志名が上半身ごと振り向いた。
両手でパーカーの裾を手繰り上げたままだ。
今度はまさに正面から、ピンク色のブラに包まれた大きなお椀がばっちり俺の目に入る。白い肌の谷間が色っぽい。
うっわ、あれが二次元でしか拝見したことのない巨乳ってヤツか……
「うわぁぁぁ、日賀っぴぃぃぃ! みみみ、見ないでぇぇぇ!」
慌ててパーカーの裾を下ろす仁志名。
たわわな果実が、再び布のベールに包まれる。
……残念。
いや、そんなこと言ってる場合じゃない。
俺は慌てて目をそらし、後ろを向いて背中で仁志名に話す。
「ちょっと廊下に出とくから、ゆっくり着替えてくれ」
そして扉を開けて廊下に出た。よいしょ、っと廊下に座り込み、壁に背を預ける。
──ふぅ、びっくりした。
なんだかすごく疲れた気がする。
昼間の双子美人と言い、家に凸ってきた仁志名と言い、今日はホントに怒涛の一日だ。
俺は壁に背を預けたまま、しばらくじっと身体を休めていた。
今日はとてもいい陽気で、疲労感が少し心地いい。
そのうち少しウトウトして、意識の遠くの方で鳥のさえずる音が聞こえた。
どこか現実離れした、そんな感覚に包まれた。
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