第15話:双子美少女は盛り上がる

◇◇◇


「やっぱ、DALダルはいいよねーっ! ヒロインはみんな可愛いし、衣裳もカッコよくてさいこー! 世界観だって練り込まれてて、あれはもう──」


 テーブル席の向かい側では、はるみさんがマシンガンのようにDALダルバナを楽しそうに話している。


 なにこのシチュエーション。

 なんで俺、美人の双子姉妹と一緒にカフェにいるんだろうか。

 さっきまで想像すらできなかったシチュエーションだ。


 二人を慌てて追いかけたものだから、ショップを出る前に買い物カゴの中の商品を精算するのをすっかり忘れていた。

 おかげで危うく万引き犯になるところだったぞ。


 精算を済ませ、そのまま帰ってもよかったんだけれど、さすがに勝手に帰るのは気が引けたからカフェに来た。

 そしたら二人が待ってくれていた。


「わぁ、来てくれてよかったー 逃げられたかと思った」


 嬉しそうに笑うはるみさんを見て、ああ、逃げなくてよかったって思った。


 その横でくるみさんは黙って俺を睨んでいた。

 ホントに来てよかったのかなと思った。

 ちょっと後悔。


 そして今、目の前で怒涛のごとく繰り広げられるDALダルバナ。


「いや、やっぱあのシーンが最高だよね! だってあの時、普通はああいう展開にはならないでしょ?」


 その隣ではくるみさんが時折、ちょっと無機質な喋り方で口を挟む。


「いや、はるみは甘い……ああいう展開こそDALダルの持ち味、真骨頂」


 つっけんどんな話し方ではあるけど、くるみさんもDALダルが大好きなんだって伝わってくる。

 さっきまでは怖い人って印象しかなかったけど親しみを感じる。


 DALダルの語りなら俺だって負けてはいない。


「俺がすげぇって思うのは、キャラ一人一人の衣裳の色や形状にまで深い意味があるってことだ。しかもストーリーの中では語られない裏設定が数多くある」

「ほぉっ、日賀くんさすがだね! 裏設定のことまでは知らないファンも多いのに」

「キミ……なかなか……やるな」


 おうぅ。ちゃんと会話が成立してる。楽しいじゃないかDALダルバナ。


 ふむ。こうやって改めて正面から見ると、二人ともすごく綺麗な顔をしている。

 特にはるみさんは明るい笑顔に、太陽のような輝きを感じる魅力的な人だ。

 くるみさんはせっかく美人なのに、結構無表情なところがちょっと残念かな。


「今日は日賀くんのおかげでディープなDALダルバナができて楽しいよ!」


 はるみさんは大きくうなずきながら、笑顔でそう言ってくれた。


「あ、そりゃどうも」


 はるみさんって全身で喜びを表現するなぁ。すごく元気で可愛い人だ。


「くるみも、こんなに楽しそうにするのは珍しいんだよ!」


 ──え? なんですと?


 くるみさんはずっと無表情だし、楽しそうとか、そんなわけないよな?


「いや……嘘でしょ? つまらなさそうにしてるし」

「くるみって警戒心が強いし、感情を表に出すのが苦手なんだよねー。でもほら、今のくるみはテーブルの上で、手のひらを開いて置いてるでしょ? そして開いたり閉じたりしてる」


 うん確かにグーパーグーパーしてる。

 でもそれがいったいなに?


「この子、心を開いてないと、ずっと手は握りしめたままなの。だから日賀くんに心を開いてるってこと。しかも頻繁にグーパーしてるから、これはかなり楽しい証拠なんだ」

「こ、こらはるみ。そんなことバラすな……恥ずかしい」


 俺に心を開いてる? そして楽しい?

 まさか……と思ったけど、くるみさんがはにかんで笑ってる。

 照れた笑顔がめっちゃ可愛い。


 さっき無表情なところがちょっと残念なんて言ったけど、前言撤回。


 大変失礼いたしました。可愛いです。


 クールな超絶美人がたまに見せる照れ顔は、レア度満点ですごく可愛いのだと今初めて気づいた。


 俺はギャップ萌えに弱いのだ。

 いや世の男子でギャップ萌えに弱くないヤツなんていない。


 しかも聞くと二人は県内トップの県立高校、南都なんと高校生らしい。

 めっちゃ頭いいじゃん! これも大いなるギャップ萌え。

 ガリ勉が多いって印象の高校だけど、こんなに可愛い子がいるんだな。

 しかも双子だなんて、きっと学校で超人気なんだろう。


 そしてなんと、俺より一個年下の一年生なんだと。

 大人っぽいから年上かと思い込んでいた。

 ギャップ萌えの三連コンボかよ。マジ最強。


「いやあ、今日は日賀くんと出会えて良かった。すっごく会話が楽しいよ! ね、くるみ!」

「あ……うん。そうだね……うふふ」


 くるみさんのこの小さな笑い声は、はるみさんに言わせれば、最上級に楽しい状態なのだそうだ。


 そっか。二人とも俺との会話を楽しんでくれているのか。

 しかも最上級だなんて嬉しい。


 俺もこんな美人二人とDALダルのディープな話ができて楽しい。

 さすが影峰喰衣の誕生日だ。ラッキーハッピーバースデー。


 ──と、その時。俺のスマホの着信音が鳴った。


 誰だろ? 俺に通話をかけてくるなんて、母親以外に心当たりがない。

 でも母は今日は夕方まで友達と出かけているから、電話なんかかけてこないばずだ。何かあったんだろうか。


 ちょっと心配になりながらポケットからスマホを取り出す。

 その画面に表示された名前は──なんと仁志名だ。どうしたんだろう?


『やっほ日賀っぴ! 今ね、あたしどこにいると思うー?』


 いきなり電話してきて、どこにいると訊かれましてもね。

 俺はエスパーじゃないし。

 普通に考えて家じゃないのか?


 いや、そう言えば周りがざわついてる。外にいるのか。

 えっと、女の子が休日にお出かけする場所と言えば……ふとなぜか『釣りギャル』という言葉が浮かんだ。


「釣り……?」

『つりっ? 朝から釣りに来てるはずないじゃん! あははーウケる! 相変わらず日賀っぴのギャグはオモロい。さいこー!』


 電話の向こうでケラケラ笑ってる。

 いや、釣りはだいたい早朝から行くもんだぞ?


 まあいいや。

 そんな問題でもないし、そもそもギャグじゃない。


『あのね、今あたし『コスする』の前にいるんだ』

「え? なんで?」

『もうコスの直しが終わったって、昨日メッセもらってさ。今さっき受け取ってきた』

「おう、早いな!」

『でしょでしょ! テンション上がるぅ!』


 天国あまくにさん、さっそく直ししてくれたんだな。仕事が早い。


『でね、今から日賀っぴの家行っていい?』

「は? なんで?」

『早速コスして写真撮りたーい!』


 うずうずする様子が声だけで伝わってくる。

 よっぽど嬉しいんだな。


 でもダメだ。俺の家に女子が来るなんて、決して他人には見せてはいけない恥部を見られるような気分。


『日賀っぴが持ってるウィッグも必要だし、できたら日賀っぴの家で着替えたいしさ!』


 き、着替え!? 俺の家で!?

 カメラマンをしている父は今取材旅行中でいない。母は今日は夜までお出かけだ。

 仁志名を家に招き入れることはできなくはない。


 ──ふと妄想が頭に浮かぶ。


 俺の部屋で着替える仁志名の下着姿。

 ブラジャーに包まれた90センチの大きな果実が、俺の脳天に痺れるような刺激をもたらす。


『ね、いいでしょ! うんって言ってよ日賀っぴ!』

「うん……」

『やったぁ! じゃあ今から行くね!』


 弾んだ声の余韻を残して通話は切れた。


 うわ、しまった。ふわふわした脳ではちゃんと考えられずに、無意識のうちに承諾してしまっていた。

 通話を切って、ようやく我に返った時にはもう遅かった。


 そして目の前に双子の美人がいることも思い出した。

 はるみさんが両肘をテーブルに置いて、頬杖をつきながらニヤニヤしている。


「ふぅーん……」


 ふぅーんってなに?

 目を細めて意地悪そうな顔で見るのはやめて。


「彼女?」「違う」


 秒で否定した。


「でも電話の向こうから、とーっても楽しそうな声が聞こえたよ」

「それはそうだけど……」


 念願のコス直しが終わったんだ。そりゃ仁志名も楽しいに決まってる。

「あ、ごめん。先に帰ります」


 仁志名が今いるオタク街から、俺の家まで一時間足らずで来れる。早く帰って部屋の片づけをしなきゃ。

 女の子を自宅に招き入れるなんてホントは気が進まないけど、オーケーした以上は覚悟を決めるしかない。

 俺は自宅住所をメッセージで仁志名に送った。


「そんなに慌てて帰るなんて、やっぱり彼女でしょ?」「違う」


 またまた秒で即否定した。


 陽キャ女子ってのは、なんでこう、なんでも恋愛話にしたがるのか謎だ。

 その点、くるみさんは怪訝そうな目で俺をじっと見ている。

 コミュ障同士だからきっとわかるんだろう。

 俺に彼女がいるはずないってことが。


 そう。仁志名と俺の関係は、言うならばオタク仲間だ。

 もっと言えば、俺は、コスプレ写真を上手く撮りたい仁志名の単なる助っ人カメラマン。


「違うんだよなぁ……残念ながら」


 はるみさんのニヤニヤ顔とくるみさんの無表情に見送られて、ボソッと呟いてから俺はカフェを後にした。

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