第14話:クール少女は誤解する

 今日は俺にとって特別な日だ。


 なんの日だって? そんなの決まってるじゃないか。

 大人気アニメ『DALダル/精霊の魂〈スピリット〉』の人気ヒロイン、影峰喰衣ちゃんの誕生日なのだよ。


 これはもう、アニメグッズやコミック、ラノベの専門店『アニメ~だ』に、開店時間の11時に合わせて行くしかないだろ。


 昨日仁志名と行ったオタク街は、隣県の大都市まで行かないといけなかった。だけど『アニメ~だ』は俺の住む県内にも店舗があるのだ。

 さすが多店舗展開をしているメジャー店だ。

 オタクの心強い味方『アニメ~だ』バンザイ。


 ──というわけで、我が家の最寄り駅から電車でたったの2駅、そこから徒歩5分。

 俺はテナントビルの3階にある、通い慣れたその店にやって来た。


 広い店内にはオタクの好物が宝の山のごとく積まれている。

 グッズ、コミック、円盤。色んなコーナーを周る。

 見ているだけでも楽しい。楽しすぎる。


 でも今日は特別な日だ。見ているだけで済ませられるはずがない。

 DALダル関連グッズを次々と買い物カゴに投げ入れる。


 財布には大打撃だが、そこはそれ。今日は影峰喰衣の誕生日なのだ。

 誕生祝いだと思えば安いものだ。


 ひと通りの商品をカゴに入れ終わり、ふと思い出した。

 そう言えば先週発売されたばっかりの、DALダルの最新イラスト集をまだ買ってなかった。


 書籍コーナーに戻り、書棚をざっと見回す。

 あった! 残り一冊だ。今日の俺はついている。


 書棚に素早く手を伸ばし、イラスト集を指先でつかんだ。


 ……と思ったら。

 横から誰か他の人の手が伸びてきて、俺より先にイラスト集の背表紙をつかんでいた。

 つまり俺の指先が触れたものは、その誰かの指先。

 クニっと柔らかい感触。


「ひゃうっ!」


 やけにか細い女の子の声が響いた。


 俺は視線を細くて白い指先から腕、そして顔へと移動させる。するとその声の持ち主は──


 高校生くらいの黒髪が美しい少女だった。

 引きつった顔で俺を見ている。ヤバい。


「ご……ごめんなさい」


 俺は慌てて手を引っ込め、頭を下げた。

 少女は俺に触られた手を胸の前で抱き、もう片方の手で守るように隠した。そして厳しい目つきで俺を睨んでいる。


 キュッと眉根を寄せて警戒心丸出しの固い表情。

 だけど、その容姿はまるで妖精のように美しい。

 俺は思わずボーっと見つめてしまった。


「ち、痴漢?」

「あ、いや違う。たまたまだよ」

「ちっ、痴漢!?」


 女の子の声が少し大きくなった。

 やめてくれ。周りの客が、なにごとかとこっちを見てる。


「だから違うって」

「ちちち、痴漢っ!?」


 うわ、ヤバい。そんな大きな声でリピートしないでくれ。

 周りの人が何人か近づいてくる。


 冤罪だ! 俺は痴漢なんかじゃない!

 だけどその言葉は喉に引っかかって出てこない。これはめっちゃヤバいんじゃ?


「おーい、くるみぃ~ どうしたのっ!?」


 書棚に挟まれた店内の通路を、叫びながらすごい勢いで走ってくる一人の元気少女。


 この子の友達か? さらにヤバし!


「この人が……私を……見た」


 見たのは確かだが、それで痴漢扱いはないんじゃないか!?

 走り寄って来た少女が、俺の目の前でザザッと音を立てそうな勢いで急停止した。

 キュッと鋭い視線を俺に向けながら尋ねる。


「それでくるみ。他になにされたのっ?」

「本を取ろうとしたら……指が触れた」

「他にはっ!?」

「それだけ……」

「それだけ?」


 不思議そうな目で俺を見た。

 この子も黒髪が美しい美少女だ。先の子はコミュ障な感じだけど、こっちの子はやけに元気。


 あれっ? この二人似てるな。

 いや似てるどころか、陰と陽の違いはあれど、瓜二つの顔をしてる。


 同じ顔が二つで、目の錯覚かと頭がくらくらする。だけどこれだけの美人が二人並ぶと、相乗効果で破壊力抜群だ。


「ああ。DALダルのイラスト集を買いたくて手を伸ばしたら、この子も手を伸ばして偶然触れた。それだけだし」

「くるみ、そうなの?」


 くるみと呼ばれた少女は、相変わらず厳しい顔つきのままコクコクとうなずく。


「なぁーにぃーよぉー! 痴漢だなんて言うから、てっきり酷いことされたかと思ったでしょ!」

「や、えっと……」


 くるみさんは言葉に詰まって、ちょっと焦って横目で俺を見た。


「そーいうことか。ウチの妹が失礼しましたっ!」


 元気少女が勢いよく頭を下げた。


「妹さん……?」

「うん、私ら双子。私は姉のはるみ。よろしくっ!」


 ふ、双子か! 道理でよく似てると思った。


 それにしてもこの人、よろしくって……明るくてフレンドリーな人だな。

 ピシッと二本指で敬礼。

 笑顔が眩しすぎるよはるみさん。


「俺は……日賀です」

「日賀くんだね。よろしく!」

「あ、よろしく」


 はるみさんが、ふと俺の買い物カゴの中を覗き込む。そして突然大きく口を開けて、奇声を発した。


「あーっっ!」

「……へっ? な、なに?」


 俺、なにか悪いことしましたか?


「おおっ……DALダル関連グッズが山盛りっ!」

「お、おう。なんたって今日は影峰喰衣の誕生日だからね」


 俺の言葉を聞いたはるみさんは、突然満面の笑みを浮かべた。

 整った容姿でこんな素敵な笑顔を見せたら、やっぱり相当可愛い。


「日賀くんって、もしかしてDALダル推しっ!?」

「ああ、もしかしなくてもDALダル推しだよ」

「そうなんだっ! 私たちもDALダル推しなんだよっ!」


 そうなのか。DALダル推しに悪いヤツはいない。それがこの世の真理だ。


「あ、そうだ! もうすぐお昼だし、一緒にご飯食べようよ!」

「え?」

「くるみが迷惑かけたお詫びもちゃんとしたいし、それとDALダルバナしようよ!」


 へ? DALダルバナって? DALダルの話ってことか?

 横からくるみさんが、こわばった顔で俺をじっと見つめている。

 まだ疑われてるのかな? 可愛い顔だけどちょっと怖い。


「あ、いいよ」


 俺は遠慮しとくという意味で言った。


 だけどはるみさんは勘違いしたようで、表情にぱぁーっと花が咲いた。


「やった! じゃあそこの『アニメ~だカフェ』にレッツゴォー!」


『アニメ~だカフェ』はショップに併設されたカフェ。ショップを出てすぐ横にカフェの入り口がある。


「あ、いや、ちょっと待って……」


 ──違うんだよ!

 そういう意味じゃないんだ!


 だけど俺の声は彼女たちには届かなかったようだ。

 はるみさんはくるみさんの手を引いて、店の出口に向かってずんずん進んで行った。


 俺は仕方なく二人の背中を追いかけた。

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