第11話:ギャルはお願いする
「……え? ホントに? すごいねキミ!」
クール美女は驚いた顔で俺を見た。
「でしょでしょっ! 日賀っぴはフィギュア写真を撮っててね。arataって名前でネットにアップしてるんだけど、それがまたすごいんだよー!」
やめてくれ。嬉しそうに言ってくれるのはありがたいんだけど、恥ずかしくて背中がムズムズする。
「ええーっ、どんなの? 見せてよ」
「ほら日賀っぴ、早く早く!」
「え? あ……」
仁志名に急かされて、慌ててスマホを取り出して
天国さんはいくつかの写真を見て、驚いた顔を見せる。
「うわっ、確かにこれヤバいね! arata最高っ!!」
こんなに称賛されるなんて思ってもみなかった。だって美少女フィギュアの写真だぞ。
普通の女子ならキモいって反応がデフォルトだ。ソースは俺。
こんな美人に尊敬の眼差しを向けられるなんて、普通はあり得ない。
ちょっと気分がいい。
「あ、ところで……」
「このウィッグ、買ったそのまま使ってるでしょ」
「うん」
「ウィッグはカットもできるし、ヘアアイロンやドライヤーを使って毛の形を変えることもできるんだよ。カールがかかっているところを綺麗なストレートヘアにすることも、逆に真っすぐな部分にカールかけることもできる。完コス目指して細かいところにもこだわりたいなら、そういうのも覚えておいたらいいよ」
おお、確かにウィッグに変な形の癖が付いて、髪がうねっている部分がある。
袋にしまってある間に、どうしてもそうなってしまうんだろう。
毛先も上手くまとまらずに、広がったり、変な方向に曲がったりしている。
影峰喰衣の髪型を、忠実に再現できているとは言い難い。
フィギュアは固い樹脂製なので、髪型ももちろん崩れることはない。
美しい曲線を描くほれぼれするような髪をいつも見ているから、余計に違いが気になる。
「うーむ、なるほど。コスプレって奥が深いな。確かに毛先のあの部分をこういう風にカットして、こんな感じに流したら、影峰喰衣のヘアスタイルとして完璧だ」
「お、arataくん。やってみたいって感じだね」
──あ。髪の毛の形をイメージしてたら、無意識のうちに両手をうねうねと動かしてしまっていた。
そんな姿を美人二人にじっと見つめられていたなんて……
うっわ、顏から火が出るほどめっちゃ恥ずかしい。
「おおっ日賀っぴ、そうなん!?」
「あ、いや……」
俺にそんなことができるはずはない。
だけどやってみたい気持ちは確かにある。
それを
「じゃ、お願いっ!」
「あ、いや……うん。わかった」
おい待て。断ろうと思ったんだぞ。
なのに満面の笑みで首をコテンと傾けるなんて、可愛い過ぎて反則だ。
反射的に承諾してしまったじゃないか。
またその仕草があざといんじゃなくて、仁志名が元々持ってる明るさなのがなおさらズルい。
ほらまた、嬉しそうににんまり笑いやがって。
なおさら断れない。
まあ、言ってしまったものは仕方がないか。
覚悟を決めよう。
俺はウィッグを受け取って鞄にしまった。
仁志名は連絡先を天国さんに伝えている。
「また手直し終わったら連絡しますね」
「うん! よろ!」
それから俺と仁志名は、店内の商品を見て回った。
ハンガーラックにずらりと吊り下げられた様々なキャラの衣裳が圧巻だ。
仁志名は次から次へと違う衣裳を手にして、わいわいキャイキャイ言ってる。
「うっわ、これかっけぇー!」
「これもいい!」
嬉しそうにしてるのを後ろで眺めていたら、突然仁志名が振り返った。
「ねえ日賀っび、これ見て! きゃわゆい!」
手にしてるのはピンクが基調の魔法少女の衣裳。
いくらなんでもそれ、見た目ギャルの仁志名のイメージには合わんだろ。
そう思ったけど、仁志名がコスを身体の前に当てて俺に見せると──
いやなに、めっちゃ可愛いんですけどっ!
やっぱりこれだけ美形だし、根は可愛い性格なのを知ってるからなのか、すごく似合って見える。
ウィッグ無しなのに可愛いキャラも似合うなんて、仁志名恐るべし!
「可愛い……」
思わず心の声が漏れた。
「マジ!? そう思う!?」
「あ、いや……」
女の子に可愛いって言うなんて俺の柄じゃない。恥ずかし過ぎる。
だから思わず否定しかけたんだけど──そんなに期待に満ちたキラキラした目で見つめられたら、嘘をついてまで否定するのは忍びない。
「うん、そう思う」
「やったぁ、うれぴー! ありがとっ、日賀っぴ!」
学校一の美人な仁志名のことだ。
可愛いなんて言われ慣れてるだろうに。
俺みたいな陰キャ男子に可愛いって言われてこんなに喜んでくれるなんて。
きっとコイツの気遣いなんだろう。
ホントいいヤツだな。
「ねえねえ、これ、日賀っぴにどう?」
仁志名が手にしているのは、江戸時代を舞台にしたバトルアニメの男性キャラの和装衣装。
「いやいや、俺がコスプレして、似合う訳がないだろ。やめて」
「そっかなぁ。案外似合うんじゃない?」
そんなはずはない。
だけど仁志名は衣装を広げて、無理矢理俺の胸の前に押しつける。
その時、横でシャキンとシャッター音が鳴った。
見るといつの間にか近くに来ていた天国さんが、スマホで写真を撮ったようだ。
「あ、
うわ、ハズイ。やめてくれっ!
「いやいやarataくん、案外似合うかもよ?」
「えーっ、あたしにも見せて見せてっ!」
「いや見なくていいから仁志名!」
俺みたいな冴えない男のコスプレ(もどき)の写真なんか見ないでくれ。
似合わなくて失笑しか出ない未来が見える。
「おっ、いいじゃん日賀っぴ! 結構可愛い~っ!」
「か……可愛い?」
「うんうん」
天国さんの手元のスマホを覗き込み、うなずく仁志名。
失笑じゃなかった……
ちょっとホッとした。
でも、可愛いだなんて生まれて初めて言われて戸惑う。
だいたい女子ってブルドックだろうがお爺ちゃんお婆ちゃんだろうが、可愛いって評するからな。
女子の言う『可愛い』ほど、当てにならないものはないって話をよく聞く。
とは言え、失笑を浮かべられるのと違って悪い気はしない。
「そ……そっかな?」
「うん、だよだよっ!」
俺たちのやり取りを天国さんがとても微笑ましい目で見ている。
確かにすごく可愛い女の子とこんなやり取りをするのは、正直楽しい。デートってこんな感じなんだろうか。
……って、俺は何を考えてるんだよ。そんなこと考えちゃ、仁志名に失礼だ。
「あーっ、見て見て日賀っぴ! こっちもめちゃかわゆいのがあるし!」
「ええーっ? まさかそれも俺に?」
「むふふ、そのとーり!」
それからもたくさんの衣装をわいわい言いながら二人で見て回って、すごく楽しかった。
なにか百円でも買い物って天国さんに言われたから、なにを買おうかと二人で色々と探した。
するとグッズコーナーで仁志名が『エルフの付け耳』を見つけた。
シリコン製で耳に付けると先っちょが尖ったエルフみたいになるっていうコスプレ用品だ。
それを見つけた仁志名は、お宝を発見した子供のようにいたずらっぽく目を細めて俺を見た。
やばい。これ、絶対に俺に付けさせようとしてるな。
「やだよ。恥ずかしい」
「お願い、付けてみてっ!」
結局仁志名に押し切られて、仕方なくエルフの耳を装着することになった。
「…あはは、えへへっ、ふふふ……あ~っウケる! うん、可愛いよ日賀っぴ! めっちゃ可愛い!」
仁志名は両手をパンパン叩いて、笑い死にするかってくらい大ウケしてる。
いや、笑い過ぎでしょ。
人の顔を指差して大笑いするのは、恥ずかしいからやめてくれ。
でも、とことん明るい仁志名のあっけらかんとした笑い声を聞いていると、ホントこっちまで楽しくなる。
仁志名はその『エルフの付け耳』を自分で付けて、鏡を覗き込んだ。
「なにこれ? めっちゃおもろい! ウケる!!」
自分の顔を見てケラケラと笑ってる。
いや、大丈夫だよ。
仁志名が付けたら、エルフの耳ですらめちゃくちゃ可愛い。
「うん、これ買う!」
「そっか」
「日賀っぴにも貸してあげるからね。学校で付けてみせてよー」
「絶対にやだ」
「んんー、意地悪!」
「意地悪じゃない。学校で付けさせようとする方が意地悪だろ」
「あははっ、そうかもねー」
仁志名はエルフの耳をえらく気にいったようで、嬉しそうにレジに持って行った。
それを買って、俺達はコスプレ用品店『コスする』を後にした。
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