第10話:ギャルは突撃する

◇◇◇


 オタク街のメインストリートから一本入った裏路地のような場所にその店はあった。


 狭い間口の雑居ビル。

 玄関横には『コスする』という店名が書かれた小さな置き型看板があるが、店への玄関はいきなり狭い階段を昇るタイプだ。ちょっと敷居が高い。

 コスプレ用品店なんて初めてだし、足を踏み入れるのに躊躇する。


「さあ、突撃ぃー!」

「あ、おいっ!」


 仁志名は店の玄関口に向かってピシッと指を差して、なんの躊躇いもなく階段を昇り始めた。慌てて後を追う。

 この物おじのしなさ。やっぱすごいな。


 階段を昇り2階の踊り場まで来ると、左側に店内への入り口が開けていた。

 想像していたよりも狭い店内に、所狭しと衣裳が並んでいる。


 ここでも仁志名はなんら躊躇することなく、ずんずんと店内に足を踏み入れる。俺はあたふたと後ろをついて行った。


「すみませーん! 教えてくださいぃっ!」


 レジカウンターに直行した仁志名が、レジに立つショートカットの女性店員にいきなり声をかけた。


 歳は二十歳過ぎくらいだろうか。

 少し切れ長の目やシュッとした細い顔からシャープな印象を受ける、トップモデルのような雰囲気の美人。

 お洒落なデザインのTシャツとスリムなダメージジーンズというシンプルな服装だけど、スリムな体型ですごくカッコいい。


「はい、いらっしゃいませ。何を教えてほしいんでしょうか?」


 怒涛のごとく駆け寄った仁志名の勢いに気押されることもなく、店員さんはクールに応対した。さすが接客のプロだ。


 すごい。俺なら客がいきなりあんな勢いで詰め寄ってきたら、オタオタして逃げ出したに違いない、


「これなんですけどっ!」


 仁志名が布製のショルダー鞄からコス衣裳を取り出した。衣装とウィッグがまとめて入った透明のビニール袋から、衣装を店員さんに渡す。

 クール美女はそれを丁寧に広げて、裏返したりしながら確認した。


「うーん……派手にやっちゃったね」


 店員さんは胸や腰の部分がしわくちゃになってることに気づき、眉根を寄せた。


「うわっ、もう修復不可能ですか?」

「いや、大丈夫。ここをこうやって、こういうふうにしたら……」


 クールな口調ながら親切に手直しの方法を教えてくれている。

 仁志名はコクコクと頷きながら聞いている。


 真剣な横顔。鼻が高くて、まつ毛が長くて。

 仁志名ってやっぱり綺麗だな。


「──というわけ。わかった?」

「ん……うん」

「えっと……大丈夫?」


 お姉さんの問いかけに、仁志名は難しい顔で「むむむ」と唸っている。


「いきなりそんな高度なこと、あたしにできるかなぁ。あたしコスプレ始めたばっかだし、裁縫とかちょー苦手なんだよねぇ……」

「まあ確かにここのカーブの部分を綺麗に縫製するのは、慣れてない人にはちょっとハードルが高いかな」

「やっぱ、そうだよねぇ……。あたし、完コスしたいんだけど、なかなか上手くいかなくて……」


 あまりに困り顔の仁志名を見て、店員さんは小さくため息をつく。


「キミ高校生?」

「うん」

「わかった。じゃあ特別に、タダで私が手直ししてあげよう」

「え? マ?」

「うん。通常はこの直しなら1万円くらい貰ってるんだけどね。今回は百円でもいいからここで買い物してくれたら、大サービスしちゃおう」


 この店員さん、間違いなく神だ。女神様が降臨なさったに違いない。

 ぱっと見はクールな顔つきと口調だけど、すごく優しい。


「ホントにいいのっ?」

「うん。コスプレの楽しさを味わってほしいからね。それに今後とも当店をよろしく!」

「うっわ、ありがとー! お姉さん素敵すぎ!」

「どういたしまして。私、天国あまくにケイ。あなたは?」

「あたし仁志名柚々! レイヤーネームはゆずゆず!」


 仁志名、レイヤーネームなんて決めてたんだ。初めて知った。


「ゆずゆずか。見た目だけじゃなくて、名前も可愛い。私、可愛い女の子大好きだよ」

「あたしも優しいお姉さんだーいすきっ!」


 とうとう仁志名は、お姉さんに抱きついた。

 なにこの百合展開は? 尊すぎる。


「じゃあちょっと採寸させてくれるかな?」


 そう言って、天国あまくにさんはポケットからテープメジャーを取り出した。そして手慣れた感じで、シャツの上からメジャーを当てる。

 いきなりバストトップ、つまり胸の大きさを測る。


「むむむ……90……」


 唸った店員さんの手に力が入る。そのせいでメジャーに締めつけられた豊かな双丘がぐにゃりと形を変えた。

 今日の仁志名はTシャツ姿なので、柔らかそうなそれ《・・》の形状がしっかりと見える。


 うおっ、エロい。

 眼福な眺めに思わずニヤけてしまった。


 続いて天国あまくにさんは仁志名の腰にメジャーを回す。そして数字をメモ用紙に書き入れた。

 それから他の部分も、次々と手際良く測っていった。


「オッケー、もういいよ。それとゆずゆず。もしこのコスでコスプレした写真あったら見せて。イメージ見たいから」


 仁志名から受け取ったスマホの写真を見て、天国さんは「おおーっ!」と声を上げた。


「これ、加工なし……だよね?」

「かこー? なにそれ?」


 加工? なにそれ?

 仁志名と同じセリフが浮かんだ。


「画像加工アプリで写真を修正することだよ。肌を綺麗にしたり目を大きくしたり、顔を細くしたり。結構みんなやってるよ」


 なるほど。だからレイヤーさんの写真はみんな、イケメンや美人ばかりなのか。

 俺も撮った写真は画像修正ソフトを使うけど、明るさや色合いの調整くらいしか使わない。


「加工なしでこのレベルだなんてすごいよ。ゆずゆずはスタイルいいし美人だし、やっぱいいね!」

「あざーっす!」


 仁志名は照れ照れな顔で髪をわしゃわしゃといじってる。相当嬉しそうだ。

 でも、そういう天国さんも仁志名とはタイプが違うけど、相当な美人だ。


 すごい美人二人が楽しそうにやり取りする尊い場面に俺の入り込む余地はない。

 だからことの成り行きを横からぼんやりと眺めていた。


「写真もいいね。プロに撮ってもらったのかな?」

「ううん。写真は彼が」


 仁志名が視線をこちらに向けた。


「……え? ホントに? すごいねキミ!」


 クール美女は驚いた顔で俺を見た。

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