第9話:ギャルはオタク街を訪れる

 ここは大都会のど真ん中。オタクが集う街として有名な場所だ。

 周りには俺と同じ匂いがする者達が大勢いる。


 メインストリートの両側にぎっしりと並ぶ店舗。

 店頭の大きな看板にはアニメ、漫画、ラノベのキャラが色とりどりに描かれ、俺に向かってニッコリと微笑んでいる。


 ──って、もちろん俺にだけ微笑んでいるわけじゃないのは当たり前なのだが、ついそう見えてしまう。


 うーむ、大好きな物が溢れたこの環境。

 幸せだ。幸せの極地だ。

 しかも横を歩いているのは学校一の美人。


 今日の仁志名は、シンプルなTシャツにパーカーを羽織っている。

 これだけでも仁志名が着るとお洒落に見えるから不思議だ。

 そして下は黒のミニスカート。白くて長い足がエロくて綺麗。


 道を行き交う数多のオタク共が、二度見三度見する。

 時には振り返ってこちらを見る。


 そのすべてが目を見開き、驚いた表情を見せる。

 そして時にはため息をつき、「うわ、すっげ美人」と漏らす。


 それくらい仁志名はこの街で突出して輝いている。


 彼らの目には、その超絶美人ギャルの隣を歩くオタク丸出しの俺は、いったい何者に映っているんだろうか。


 付き人? 友達?

 それともたまたま隣を歩いている他人?


 オタクの皆さん一人一人を捕まえてぜひ訊いてみたいところではある。だが、もちろんそんなことはしない。


「ねえ日賀っぴ! ここ、すっごいねー!」

「おう、そうだろそうだろ」


 別にこの街は俺が作ったわけでもないのに、なぜか誇らしい気分になる。


「我が家に帰ってきた気分になるだろ?」

「へ?」


 しまった。俺の部屋は壁中、天井までアニメキャラのポスターだらけだし、棚はラノベとフィギュアが占拠している。だからこの街の風景はまさに我が家の気分なのだが。


 仁志名にはなんのことやら、さっぱりわからないに違いない。


「なるほどっ! うんうん、確かにね」

「……え? わかるの?」

「あたしの部屋ってアニメのでぇーっかいポスター貼ってあるからさぁ。この街、おんなじ匂いがする」


 おおうっ。まさか俺とまったく同じ感覚だなんて。

 めちゃくちゃ親近感が湧くじゃないか。いいぞ仁志名!


「あっ、フィギュアの専門店だってさ!」


 仁志名が指差す方角の看板には、デカデカと『フィギュア』の文字。


「そうだな。この街にはフィギュアの専門店がいくつかあるよ」

「へぇー!」


 仁志名は道から店内を覗き込むようにしている。

 興味津々なご様子だ。


「あたし、フィギュアの実物って見たことないんだよねぇ~」

「そうなのか」


 ワクワクした顔で、大きな瞳でじっと俺を見つめている。どうした?


「行くべっ!」

「おわっ……」


 いきなりぐいと手首を掴まれて引っ張られる。


「こんな機会でもないと、フィギュアショップなんて入れないからねっ!」


 跳ねるような足取りでフィギュアショップの入り口に向かう仁志名。

 腕を引っ張られ、よたよたとついていく俺。


 道を往来する人々が驚いた顔で俺たちを見ている。


 皆さま!

 これは女の子に変なことをして、警察に連行されようとしてるオタクってわけじゃないですよ!


 そこんとこよろしく。


◇◇◇


「うっわ、これヤバ!」

「なにこれ、きゃわゆ!」

「エモっ! エモすぎて死ぬ!」


 これらはすべて、ガラスの陳列ケースに顔をくっつけて覗き込み、ずらりと並ぶフィギュアを見た仁志名の叫び声。


 ──完全に語彙崩壊しとるな。


 ガラスケースが仁志名の息で白く曇ってる。鼻息荒過ぎだぞ。


「これなに? なんのキャラ!?」

「ああそれは、美少女が次々と殺されるホラーゲームのキャラだな。超マイナー作品だけどフィギュアの人気は高い」


 心の中で、それエロいからな、と付け加える。


「あれ? これってDALダルのキャラって書いてあるけど、このキャラしらなーい」

「それは原作のゲーム版にのみ登場するキャラだ。アニメには出てこないから仁志名は知らないのももっともだ」

「ふぇぇぇ、あたしの知らないキャラ多すぎー! でもさすが日賀っぴ! なんでも知ってるねー!」

「いや、なんでもは知らないよ。フィギュアになってるキャラだけ」


 なにか超有名なアニメのヒロインみたいなセリフを吐いてしまった。


「それって凄すぎでしょーっ!」


 言って、仁志名は腹を抱えてケラケラ笑う。

 ホントに楽しそうだ。俺まで楽しくなる。


 今までずーっと一人きりで楽しんできた趣味。

 同じ高校の生徒で、わかってくれるヤツなんて一人もいないって思ってた趣味。

 それをこうやって楽しんでくれる人と一緒にフィギュアショップに来るのは……めちゃくちゃ楽しいな。


「わわわ、この喰衣ちゃんのフィギュア、すっごい!」


 仁志名は陳列ケースの一番上の段に飾られているフィギュアを指差した。


 ──ん? ちょっと待て。これは……


 原作のゲームで、特定の条件をクリアしないと出てこない、超レアな影峰喰衣の衣裳。

 その緻密で麗美な衣裳とエロティックなポーズを限りなく忠実に再現した4分の1スケールの大型フィギュア。


 これは1年前に発売された、限定50体しか製造されていない、お宝とも言える超希少品だ。


「まさかこれが売られているなんて……」


 初めて見る実物に興奮が抑えられない。俺はしばらく、その造形の美しさに目を奪われていた。

 ふと見た値札には『新古品』の文字。つまり新品のまま、箱を開けることなく保管されていた品だ。中古品よりも価値が高い。


「なんかすっごく貴重なモノみたいだね」


 俺はゴクリと唾を飲み込んで返事をする。


「ああ。ずっと欲しかったんだけど、どこにも売ってなかったやつだ」


 1年前に4万円で発売されたが、当時そんな大金はなかった。

 モノはすぐに売り切れたが、いつか手に入れるチャンスが訪れることを考えて、1年かけてコツコツと貯金を続けた。

 そしてようやく貯めたお金が家に4万円ある。


 しかし──値札には5万円の文字。

 やっぱりプレミアムが付いているのか!


「くそっ、1万円足りない」


 でも仕方ない。俺の親は、こういう時には甘やかせてくれない。

 1年前もそうだった。このフィギュアをどうしても買いたくてお金を貸してと頼んでも、頑として聞き入れてもらえなかった。今回も諦めるしかない。


「ひぇっっっ……ご、ごまんえんっ!? フィギュアって高いんだねぇ……」

「ああ。これは超希少品だからな」

「そっか。ビビった」

「でもフィギュアって、1万円オーバーのも多いんだよ。まあ俺がよく買うのは数千円のモノだけどな」


 仁志名は陳列ケース内の値札を見回して、「なるほろ」と呟いた。

 びっくりし過ぎて鼻から言葉が抜けているのが可愛い。


「じゃあ行こう」


 後ろ髪引かれながらも気持ちを切り替えて、今日の本来の目的地であるコスプレ用品ショップへと向かった。

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