第8話:ギャルは落ち込む

◇◇◇


 翌日登校したら、隣の席で仁志名は机に突っ伏していた。

 ぐったりした様子だ。どうしたんだろう。


「あ、おはよ、日賀っぴ」


 通学鞄を下ろす俺に顔だけ向けて、力ない言葉が飛んできた。


「昨日夜遅くまで、コスの直しをしてたんだけどさぁ」


 なるほど。それで疲れてるのか。

 机の上に伸ばした両腕の先、指先に何枚か絆創膏が貼ってある。苦手な作業を頑張ったんだな。


「ちょいミスっちった」

「そっか……。慣れないから仕方ないよ」

「……だね」


 仁志名はガバッと上半身を上げて、スマホの蝶のアクセサリを見つめる。


「そうだ仕方ない! がんばるっ!」


 言って、いつものようにニカリと笑う仁志名。

 まあ元気そうで良かった。




 その後も一日、仁志名は元気そうにはしていた。

 休み時間にはいつものように陽キャ仲間に囲まれて、楽しそうにお喋りしていたし、彼女が変なことを言って、仲間達に突っ込まれては「あははー」なんて笑い飛ばしていた。


 同じ教室にいるのだけど、そんな仁志名を遠目で眺めていると、やっぱり別世界の人なんだなぁと改めて感じる。


 授業中には隣の席からちょくちょく話しかけてきたし、これはこれで平常運転だ。

 だけどなんとなくだけど、いつもの彼女からしたら、ふと元気がないように見える瞬間があった。

 ホントなんとなくそう感じるだけで、俺の思い過ごしかもしれないんだけど。


◇◇◇


 下校時、一人で駅に向かって歩いていたら、後ろから仁志名に「やっほー!」と声をかけられた。前回のように俺の横に並んで歩く。


 心配していたけど、元気そうでよかった。

 コスの直しをちょいミスったって言ってたから、本来なら色々と気遣う言葉をかけてあげるべきなんだろう。

 だけど陽気なギャルをコミュ障な俺が励ますなんてハードルが高い。


 どういう言葉をかけたらいいか迷ってるうちに、仁志名がポツリと呟く。


「はぁ~っ……コス、どうしようかなぁ」

「あ、もう一度やり直す感じかな? 大変そうだけど……」


 頑張れ。

 そう言おうと思ったが、急に仁志名の表情が歪むのが目に入って、言葉を飲み込む。


「あのさ日賀っぴ。大変って言うか、もう不可能って言うか、取り返しがつかないって感じ?」


 ──え? ちょっとしたミス……だよな?


 仁志名は背負っていた通学鞄を身体の前に持ち替えて、がさごそと中を探り始めた。そして取り出した影峰喰衣のコスを俺に渡す。


 受け取ったコスを広げてみたら──


 なんだこれ!?

 ちょっとしたミスどころじゃない。


 胸の部分を大きくしたり、腰を詰めようとしたんだろう。

 だけど裁縫の作業が下手過ぎて、皺々しわしわでヨレヨレになってる。これは酷い。


「こんなん、なっちゃった。もうダメだぁ……ぴえん」


 うわ、ちょい待て。

 マジで今にも泣き出しそうな顔。


 俺には裁縫なんてまったくわからない。

 手直ししてやることも、アドバイスすらもできない。


 ──ど、どうしたらいいんだよ?


「あああ、あのさ仁志名。とにかく落ち着け!」

「マジあかん。凹みすぎて死んだ」

「ど、どうしたら生き返る?」


 我ながら間抜けなセリフを吐いてしまった。俺はアホか。

 だけどあまりに落ち込む仁志名を目にして、なんとか励ましたいと思ったのは事実だ。


「んんん……パフェ食べたい」

「パ、パフェっ!?」

「うん。駅前のカフェで、期間限定のセールやってんだよ」


 うるうるした目で見つめないでくれ。

 そんな目で見られたら、答えは一択しかなくなる。


「そ、そっかわかった! 行こう! パフェ行こ!」


◇◇◇


 今、向かい合った席の目の前で、ニッコニコ顔の仁志名が特大サイズのパフェをばくばくと食っている。

 フルーツ山盛りの豪勢なヤツだ。


「ん~っ、さいこーっ!」


 さっきまでの落ち込んだ様子はどこに消え去った?

 驚愕の瞬間消失マジックを見せられたような気分だ。


「日賀っぴ、ごちそうさま~!」


 律儀に両手を合わせて、お礼を言われた。

 見た目の派手さとは裏腹に丁寧なヤツだな。


 別に仁志名が要求したわけじゃないけど、話の流れで俺がパフェを奢ることにした。

 仁志名はかなり遠慮したけど、あんなに落ち込んだ姿を見てしまったら少しでも慰めたい。


 だからどうしても奢りたくなった。

 人に奢るなんてコミュ障な俺らしくないぞ、まったくもう。


「ああ、美味しかったぁ」

「そっか。よかった」

「ただでさえ美味しいパフェに日賀っぴの思いやりも入ってるんだよっ!? 美味しくないはずはないっしょーっ!」


 満面の笑みでそんなことを言う。

 財布には痛かったけど、奢ってよかったって気になるじゃないか。


 まったくもう。

 仁志名って……いいヤツだな。


 それにしてもあんなにヘビーなサイズのパフェをペロリと平らげるなんて、こいつの胃はどうなってるんだよ。

 食いしん坊さんかよ。

 なのにスタイルも抜群にいいのが不思議だ。


「あ、そうだ仁志名。こんなの見つけた」


 スマホの画面を見せる。

 彼女がパフェを食ってる間に、コーヒーをすすりながらスマホでググって見つけたショップのサイトだ。


「コスプレ用品専門店『コスする』……?」

「うん。そのお店、コスプレ初心者を応援します! って書いてあるだろ?」

「ホントだ。自作衣裳を作るための用品とか売ってるし、アドバイスもしてくれるって? マジ? この店神じゃん!」

「だろ?」

「うん! 明日ガッコ休みだから行く!」


 さすがの行動力だ。

 こんなに嬉しそうな顔をしてるし、調べた甲斐があった。


「じゃ、待ち合わせ何時にする? お店の最寄り駅で待ち合わせでいい?」

「え? ……俺も行くの?」


 この店の場所は、隣県の大都市にある有名なオタク街だ。

 俺たちが住む街からは、電車でわずか30分くらいで行ける。

 そして俺は明日の土曜日は何も予定はない。


 ──って言うか、休みの日に予定が入ってることなんてほぼない。

 つまり一緒に行くことは可能だ。


 だけど、だからと言って、学校一の美人と二人きりで街中にお出かけする?

 オタクでコミュ障の俺が?


 なに着て行ったらいいかわからんじゃないか!


 ──いやいや、そんな問題じゃなくて……。


「お願い、一緒に行ってよ! 日賀っぴは色々とアイデア出してくれるし、頼りになる」


 いや、そう言われましても……


「それにせっかくそういうお店に行くんだから、アニメの話ができる人と一緒の方が、ぜーったい楽しいじゃん!」


 そう言えば仁志名は、オタク話を語り合える友達が欲しいって、ずっと思ってたんだったな。

 しかもこの店があるのは、オタクの街のど真ん中だ。

 確かにオタク仲間と行くのは楽しいかも。


 そんなにキラキラと期待に満ちた目で見つめないでくれ。

 断りにくくて仕方ない。


「わかったよ。行くよ」

「マジ? やっぴーっ! ありがとー!」


 全身を揺らして喜びを表す仁志名。

 うわ、制服を押し上げる豊かな双丘が、ふわんふわんと揺れている。

 そのエロい景色のせいで俺の感情が揺れている。


 いや、なに言ってんだ俺は。恥ずっ。


 それにしても──まさか俺と一緒に出かけることを女子に喜ばれる日がやって来るだなんて。

 俺の人生の中でまったく予想だにしなかった。


「あれっ? 日賀っぴ顔が赤いよ。熱ある? 大丈夫?」


 俺の体調を気遣ってくれてる。ホント仁志名っていいヤツだ。

 そんな気持ちを裏切るようで申し訳ないのだが。


 顔が赤いのはキミのおっぱいのせいだなんて、口が裂けても言えない。

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