第7話:ギャルはLINE交換を求める
何時間も盛り上がったアニメトークがひと段落ついた頃、仁志名は思い出したように言った。
「ねえ日賀っぴ。さっきの写真、もっかい見せてよ」
「ああ、クラウドのURLを送るよ。好きにダウンロードしてくれたらいい」
「あ、そだね。じゃ、LINE交換しよ」
──あ。
URLを送るにはID交換することになる。
つまり、今のは仁志名にLINE交換しようと言ったようなもんだ。
陰キャの男子がカーストトップの女子にLINEで繋がることを求めてもいいものなのか?
いや、それってもしかして犯罪行為では?
「ほら日賀っぴ! はよはよ!」
俺がアホな思考をしている間に、早速仁志名はQRコードを表示させたスマホを俺に向けてきた。
「あ、ああ。わかった」
俺のクラスでは全員の、いわゆるクラスLINEはない。
そして俺は、クラスの誰ともID交換していない。
つまり俺のスマホに家族以外で初めて繋がったのが、カーストトップの陽キャギャルというわけだ。
なにそれ、意味わからん。
「URL送ったぞ」
「おーっ、来た来たっ!」
仁志名はおもちゃを与えられた子供のような、ワクワクした顔をしている。
だけど画面を熱心に見ているうちに──
「ん~……むむむ……」
顔がさっきまでの快晴から、突如曇りだしたようにどんよりとなる。
「ん? どうした?」
「さっきは綺麗な写真だってだけでテンションあげあげだったから、気がつかなかったけど」
「けど?」
「よく見たら、コスがフィットしてないとこが目立つぅぅぅ!! 装飾もメイクもイマイチだし、完コスにはまだまだだぁ~!」
仁志名が片手で髪をわしゃわしゃしながら、もう片方の手を伸ばしてスマホを俺に差し出した。
受け取って写真を見たら、これは確かに……。
俺も初めて彼女のコスプレを見た時から、仁志名の影峰喰衣に大興奮していた。だから写真を確認した時も、コスプレに目が眩んで気づかなかった。
だけど落ち着いてクリアな写真を観察したら、仁志名の言う通りだ。
衣裳は装飾がちょっとショボいし、胸の大きな仁志名の身体にピタリとは合っていない。
彼女はスタイルが良すぎて、所々衣装が合わないんだ。
メイクもどことなく不自然だ。
ちなみに完コスってのは、完璧にそのキャラに成り切るコスプレのことらしい。
「あたしコスを通販で買ったんだよね。そしたらイマイチ合うサイズがなくて」
それはあなたのスタイルが良すぎるからでは?
「手直しするにも、あたし裁縫とかちょー苦手でさっ! あはは」
そんなにあっけらかんと言われてましても。
「それにメイクも苦手なんだよねぇ」
「え? ……ぎゃ」
ギャルなのに?
……と言いかけて言葉を止めた。
さっき仁志名は、『ギャルとかそういう枠にはめられるのがイヤ』って言っていた。
だから先入観は拭い去ることにする。
「ぎゃってなに? 日賀っぴ、変な悲鳴あげておかしー」
「う……すまん」
「日賀っぴって、やっぱたのしーね うふふっ」
「そっか。ウケたようでなによりだ」
別にウケようと言ったわけじゃないけどな。
とにかくポジティブなやつだ。
「衣装のオーダーもネットで見たんだけどね。こりゃまた目ん玉飛び出るくんらい高かった!」
「そうだろな。何万円もしそうだ。まあ諦めるしかないんじゃないかな。今のでも充分カッコいいよ」
それは間違いなく、本音の気持ちだ。
仁志名が求める完コスのレベルが高すぎるんだよ。
今のままでも充分カッコいいし、イケてる影峰喰衣だ。
だけど俺の言葉を聞いて、仁志名はみるみる悲しそうな顔になって呟いた。
「ヤダ。完コスしたい……」
消え入りそうな声を出したかと思うと、今度は突然大きな声を出した。
「でもでもでも! メイクはなんとかがんばって練習するとしてもさ。衣裳はそう簡単には作れない~ エンドってる!」
両手で頭を抱えて、ぐわんぐわん頭を左右に振ってる。
脳みそがミックスジュースになっちまうぞ。
「そーだ! あたしのおっぱいを小さく肉体改造するか! あ、ダメだぁ~! 喰衣ちゃんは巨乳が特徴なのに、それじゃ完コスにならなぁぁい!」
なにをおかしなことを言っとるんだ。
しかもカフェの中でおっぱいとか巨乳とかデカい声出すなよ。
周りの視線が痛すぎて恥ずかしい。
「落ち着け仁志名……注目されてるぞ」
「あ……うん。ちょいテンパりました」
キョロキョロと周りを見回してから、ペロと舌を出す仁志名。うわ、可愛い。
「ねえ日賀っぴ。なんかいい方法ないかな?」
「うーん……そうだなぁ」
影峰喰衣の衣装は胸や腰はぴったりと身体にフィットしている。
しかも表面には装飾も多く、歪んだりして身体に合っていない違和感がわかりやすい。
それならば、体を覆う部分が少ない衣装を選べばいいのではないか。
なるほどそうだよ。我ながらグッドアイデアだ!
「そうだ仁志名。いいことを思いついた」
俺は自信満々にサムズアップを仁志名に向けた。
「さっすが日賀っぴ! どうすんの?」
「違う衣装を買うのはどうだろ?」
「違う衣装って?」
「できるだけフィット感に問題がない衣装──。それは影峰喰衣の超絶セクシービキニバージョンだあっ!」
フィギュアを知り尽くした俺だからこそ知っている、激レア限定バージョンのコスチューム。
これなら身体を覆う布地はほんのわずかだから、サイズや形が合わない心配は少ない。
身体へのフィット感は気にしなくていいし、細やかな刺繍や装飾もほとんどない衣装だ。
どうだ、完璧なアイデアだろ?
俺を尊敬の眼差しで見ていいんだぞ。
「はぁ?」
「え?」
なんで俺、睨まれてるの?
あの……怖いんですけど?
「日賀っぴのエッチぃぃぃ! そんなカッコ、恥ずすぎて、できんてぇぇぇ!」
仁志名は両手をほっぺに押し当てて叫んだ。
顔が熟れすぎたトマト並みに真っ赤だ。
そこでようやく、自分の発言がとんでもなくセクハラなのだと気づいた。
「ちちち違うっ!! 俺はスケベな気持ちで言ったんじゃないっっ! 真面目に考えて、思いついたことをつい言ったんだよ! し、信じてくれぇぇぇ!」
ああ……これで嫌われたな。
きっとバカでスケベでオタクで変態って思われた。
バカでスケベでオタクはその通りなんだけど、せめて変態って思われたくなかった。
「わかった。日賀っぴがそう言うなら信じる」
──え? マジ? 信じてくれるの?
「だけどセクシービキニはヤダ。他の案でおねしゃす」
「あ、ああ。そうだね」
変態認定されなくてホッとした。
他の案か。どうしたらいい……?
そうだ。困った時は神様仏様スマホ様、と言うじゃないか。
「ちょっと待ってくれ」
俺はスマホで『コスプレ 衣裳 合わない』とキーワード検索をする。
……おっ! 『市販の衣装を自分サイズに手直すとっておきのテクニック』だと?
これだ!
「仁志名。いいのを見つけたぞ」
LINEでURLを送る。
仁志名は自分のスマホでそのサイトを開いて、熱心に読んでいる。
そして、やや不安そうな顔を俺に向けた。
「裁縫苦手なあたしにやれるかな……」
「それは俺にもわからん」
「だよね」
なぜか仁志名は、スマホカバーに付いている蝶のアクセサリを真顔でじっと見つめた。
そして──
「おしっ! やるっきゃない!」
突然やる気に満ちた笑顔でガッツポーズ。
「ありがと! 日賀っぴ様のおかげだ! 俄然やる気出たっ!」
それは俺のおかげと言うより、スマホ様とノウハウサイト様のおかげな。
それにしても、こういう笑顔はやっぱり相当可愛い。
こんな顔を見せられたら、勘違いして惚れちまうヤツも多いんだろう。
男子に人気ナンバーワンなのもうなずける。
もちろん俺はそんな勘違いはしないけど。
でも──衣裳の直し、上手くいくといいな。
そう思わせるに充分な仁志名の笑顔だった。
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