第6話:ギャルは感激する

◇◇◇


 普段フィギュアの写真を撮ってるから、カッコいいポージングのイメージが頭の中にある。それを仁志名に指示して撮影を進める。

 さらには髪の毛の流れや衣裳の裾の形なんかにも気を使いながら写真を撮った。


 最初は生きてる人間を撮ることに戸惑いもあった。しかし慣れてくると、普段のフィギュア撮影で培った技術がかなり役に立った。

 そのおかげで、まあまあ納得のいく写真が何枚か撮れた。




 結構な枚数を撮り終えて、二人で写真を確認することにした。


 カメラ操作のアプリをインストールしてあるタブレットをバッグから取り出す。

 カメラで撮った写真はクラウドサーバー上に転送してあるから、タブレットで見ることができる。

 片手でタブレットを持ち、仁志名のコス写真を1枚画面に表示させた。


「ほぇーっ! すっげ! これやばたん!」

「おわっ!」


 俺の手元を覗き込む仁志名の顔が、にゅいっと視界の端に現れたからびっくりした。


 ──顔近すぎだっ!


 普段は、女の子とこんな近くに顔を寄せることなんかない。

 驚くやら恥ずかしいやらで、心臓の鼓動が急激に高まり、顔が熱くなる。


「日賀っぴの写真、やっぱちょーすごい! 今までのと全然違うし!」


 近い距離で俺の方を向くのはやめてくれ。


 長いまつ毛のキラキラした瞳。

 淡いピンク色の艶々した唇。

 しかも服装は喰衣だぞ。

 こんな生物を間近に見たら俺死ぬ。


「そ、そっか。ありがとう」


 死んでしまうと困るので、俺は後ずさりして距離を取りながら、タブレットを手渡した。


「ほら、他の写真も自由に見ていいぞ」

「うわ、マジ? 見る見る~! おおーっ、これすげエモっ! やばやば!」


 仁志名の目はタブレットに釘づけになっている。

 指先で次から次へと写真をめくり、食い入るように見る。


 背景をぼかして遠近を強調した写真。

 ピントはバッチリ仁志名の顔に合っている。

 こうやって改めて静止画像で見ると、やはり整った綺麗な顏だな。


「うわ、これもいいじゃん! ホントにあたし? ヤバいて!」


 次に凝視してるのは、今日一番ポーズが決まったやつだな。


「日賀っぴ……ふごいよこれ。あたしカッコ良すぎ……」


 興奮しすぎだ仁志名。言葉が鼻から抜けとるぞ。

 でも、めちゃくちゃ喜んでくれてるのは伝わってくる。

 とにかく仁志名に頼まれた俺のミッションはこれで果たしたと、ホッとした。


◇◇◇


 撮影を終え、仁志名はまた体育館の更衣室で着替えを済ませた。

 体育館から出てきた私服の彼女は、まるでファッションモデルのように美しかった。


 黒のショートパンツから伸びる細くて綺麗な脚。

 Tシャツの上に羽織った真っ白なハーフコートと、小顔の上に乗る黒いベレー帽。


 それによく見ると、仁志名の茶髪ってピンクがかっている。

 ピンクアッシュと言う色らしい。

 ファッションはよくわからないけど、とにかくお洒落な感じがした。

 そして、そんじょそこらのファッションモデルよりも美人だ。


「お待たせっ! じゃ、行こっか」

「え? どこに?」


 仁志名はお礼にお茶を奢ると言った。

 俺はそんなの気にすんなと答えたけど、どうしてもお礼をしたいと言って聞かない。

 だから仕方なく、運動公園内にあるスタバに入った。


 いや、無理矢理連れて行かれたと言った方が正解か。


 俺は普段、カフェなんて行かない。

 特にスタバのような小洒落た空間は、リア充証明書を提示しないと入れてもらえないのだと信じてる。


「ほら早く! 遠慮しなくていいからっ!」

「おわっ!」


 俺が入り口でぐずぐずしていると、見かねた仁志名が手首をぐいと握って引っ張った。

 俺は遠慮してるんじゃない。気後れしてるんだ。


 美少女と二人でお洒落なカフェだぞ?

 気後れするなって方が無理だ。

 だけどあわあわしてるうちに店内に引っ張り込まれた。


 カウンターで何を注文したらいいかわからずに棒立ちでおどおどしてたら、仁志名が「これ、ちょー美味しいよ」とオススメを教えてくれた。


 なんとかペチーノって言う甘い飲み物。

 これ以上迷うのも迷惑をかけるから、素直に彼女のおススメに従うことにした。


 席に着いてストローでひと口飲む。

 確かに幸せな甘さが全身にじわりと広がる。


「旨い!」

「でしょでしょ!」


 テーブル席の向かいに座った仁志名は嬉しそうな笑顔を向ける。

 こういう店に慣れなくておどおどしていた俺をバカにすることもなく、こうやって接してくれるなんて。

 やっぱり仁志名って優しいな。


「あのさ仁志名……」

「ん?」


 ずっと疑問に思っていたことがある。

 でもコミュ障の俺には、こんな陽キャ女子にストレートには訊けなかった。


 だけど今日の撮影で結構な時間を共に過ごして、少しは慣れてきた。

 だから今なら訊ける気がする。


「なんでコスプレをしようと思ったんだ?」

「あはは、そうだねー あたしアニメが大好きでさ。それに可愛い女の子が大好きなんだ。やっぱ可愛い女の子のキャラを見たら、フツーおんなじカッコしたくなるじゃん?」


 いや、普通はそうならんでしょ。


「で、おんなじコスプレするなら、完璧にそのキャラに成り切りたいっ、って思ったんだ!」

「そっか。アニメが大好きなんだな」

「うん、だよだよ」

「ギャルなのに?」

「ギャル言うな」

「あ、ごめん……」


 怒らせたかと思って一瞬ビビったけど、顔はニンマリ笑ってる。


「あたしは自分が好きなファッションをしてるだけだもん。ギャルなのにとか、そーいう枠にはめて欲しくないし」


 仁志名なりのポリシーがあるんだな。

 ギャルだからとか決めつけて悪かった。

 こういう自分をしっかり持ってるとこ、俺とは大違いだ。カッコいい。


「そっか。ごめん」

「うん、いいよ。アニメも昔から好きだから好き。可愛いから好き。カッコいいから好き。面白いから好き。とにかくしゅき! 好きなもんに特に理由なんかいらないっしょ」


 なんと言うかまあ、清々しすぎるくらい清々しい。

 好きだから好きっていう真っ直ぐな気持ち。なんかいいな。


 心の底からそう感じた。

 だから自然と、心の底から湧き出るような、しみじとした口調になる。


「そっか。仁志名ってすごいな」

「あうわっ……べ、別にすごくなんかないし」


 あうわってなんだよ。照れてるのか?

 真っ赤な顔して視線がふわふわ泳いでる。


 いつも自信満々でマイペースだから、こんなキョドった姿を見せるなんて意外だ。

 案外可愛いところがあるんだ。


「すごいって言ったら、日賀っぴの方がすごいじゃん」

「え? 俺なんか、全然すごくないだろ」

「チッチッチ」


 なんで人差し指を立てて横に揺らしてるの?

 君はアメリカ人か?


arataあらたは人気カメラマンじゃん!」

「いやそれほどでも……」

「けんそーしなくていいって!」


 謙遜だな。喧騒だとうるさいやつになってしまう。


「今日写真撮ってもらって思ったよ。やっぱarata、パないってー!」

「そ、そっか? あ……ありがとう」


 俺のフィギュア写真を面と向かって、こんなに褒めてもらうなんて今までない。

 だから背筋がむず痒くて仕方ない。


「日賀っぴはなんでフィギュア写真撮ろうと思ったん?」

「それは……仁志名とおんなじで、アニメヒロインが大好きだからだな。手に触れられる形で側に置きたくて、フィギュアを買い始めた」

「ふむふむ」


 腕を組んで、こくこくと頷く仁志名。

 組んだ腕の上に乗っかっている大きな胸が気になってしょうがない。

 うん、柔らかそうだ。


「写真は……父親がプロカメラマンでさ。このカメラをお古でもらって撮り始めたらハマったって感じかな」

「おおーっ、父がプロカメラマン! ヤバ。かっけぇ!」

「いや、それほどでも……」

「日賀っぴもDALダル喰衣くらいちゃんが推しなんだよね?」

「ああ。正義感溢れるメインヒロインが一般には一番人気なのだが、悪に取り込まれた哀しきサブヒロインってのがいいんだよ」


 ……って、あれっ?

 これ、この前もおんなじこと語ったな。

 まあいい。つまりそれだけ影峰喰衣が素晴らしいということだ。


「うんうん、わかるぅ~」

「だろ?」

「て言うかDALダルってアニメはさ、喰衣ちゃんの魅力だけじゃなくてね──」

「おお、わかるぞ! あれはつまり──」


 俺たちは同じ推し作品のファンとして、心ゆくまで語り合った。

 そして他のアニメ作品のこともめっちゃ語り尽くした。

 さらには俺のフィギュア愛、仁志名のコスプレ愛をお互いに熱弁した。


 少しは慣れたとは言え、今まではカーストトップの女子相手に、やっぱり気軽に話しにくい部分はあった。

 だけどこんなにオタトークで盛り上がると、親しみも湧いてくる。

 おかげで仁志名とは、かなり話しやすくなった。


 気がつけば──何時間も経っていた。

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