第5話:ギャルの写真を撮る
◇◇◇
日曜日。仁志名のコスプレ写真を撮る約束をした日だ。
父のお下がりの一眼レフカメラを入れたカメラバッグを肩にかけて、昼過ぎに家を出た。
父はプロカメラマンで、その影響で俺は子供の頃から写真撮影に親しんできた。
電車に乗り二駅。そこから徒歩で20分ほどの所にある
ここは広大な敷地に運動場や野球場、体育館などが集まった県内最大の運動公園。
緑も多く屋外撮影にはもってこいの場所だ。
頼めば体育館の更衣室を使わせてもらえるので、コスプレ撮影をするにも適している。
仁志名は早めに現地入りして、着替えやメイクをしている。
体育館の前で待ち合わせをした。
彼女が出てくるまで数分、目の前に広がる公園の景色を眺めていた。
雲ひとつない快晴。
だけど日差しは強すぎず、撮影には申し分のない天気。
公園の緑が清々しくて気分がいい。
「あ、日賀っぴ! お待たせぇ~!」
背後からやけに弾んだ声が聞こえて振り返った。
体育館から出てきた仁志名の姿が目に飛び込む。
俺は思わず息を飲んだ。
漆黒と深い紫で彩られたドレス。
こんもりと豊かに盛り上がった形のいいバスト。
腰はキュッと絞られ、下半身は幾重にも重なったミニスカート、黒のガーターニーハイソックス。
そして頭には赤紫のロングヘアのウィッグに、ドレスと同じ深紫のリボン。
妖艶な
「おーい日賀っぴ、電池切れたかー? 動け動けー!」
頭をぽんぽん叩かれて、ハッと我に返った。
妖艶な
なんだ、この見た目とキャラのギャップは。
「思わず見とれちゃったかなぁー?」
「いや別に」
と否定したけど、ホントは見とれてた。
だってめっちゃ美人なんだもん。
「ねえねえ、どうこれ?」
仁志名は楽しそうに微笑んで、スカートの裾を両手の指先で少し持ち上げ、片足を少し曲げるポーズをとった。貴族のご挨拶みたいなポーズ。
──なにこれ、可愛い。
ダークな雰囲気の影峰喰衣コスだけど、仁志名が超美形なのも相まって、すごく可愛く見えた。
「あ……そ、そうだな。びっくりするくらい、いいよ」
「そっか、良かったぁー!」
俺の大好きなキャラ、影峰喰衣が現実世界に現れただけでも嬉しいのに。
それがこんな美人がコスしてる姿となると、もうなんて言ったらいいのか、嬉しすぎて直視できない。
俺は半ば目を逸らしながら言った。
「じゃ、じゃあ早速撮影しようか」
「りょっ!」
片手を斜めに額に当て、無邪気に敬礼する姿がこれまた可愛かった。
◇◇◇
公園の少し奥まったところにある雑木林ゾーン。
木々が空を覆い、所々で木漏れ日が差し込んでいる。
その場所で俺たちは撮影を始めた。
土の地面に置いたカメラバッグから愛機を取り出す。
「うわぁー! それ、いちが……なんとかってやつ!?」
「一眼レフカメラだ」
「すごーい! 実物初めて見た! 触らせて触らせて!」
「ああ、いいよ」
カメラを渡すと仁志名は大切なものを扱うようにしながらも、色んな場所の表面をペタペタと触った。
「はい、ありがとう」
「え? もういいの?」
「うん。色々触るの、よくわかんなくて怖いし」
なるほど。今ので仁志名は機械類が苦手なんだと理解した。
「じゃあ撮影始めるか」
「りょ!」
また敬礼してる。元気だな。
いや、撮影するのが楽しくて仕方ないって感じか。
そして仁志名はトテトテと走って俺から離れた。
ダークな喰衣の衣裳でぎごちなく走る姿って可愛いな。
まずは木々の間での立ち姿を何枚か撮影する。お互いの準備運動みたいなもんだ。
シャキンシャキンというシャッター音が、緑の香り漂う空間に心地よく響く。
それから俺は、好きに決めポーズを取るように指示した。
「わかわかわかった!」
「へ?」
「いや、日賀っぴに使うおっけーもらったギャグだけど? 使っちゃダメだった?」
そう言や、そんな話をしたな。適当に言ってたのかと思ったけど本気だったんだ。
ギャグ使うのなんて自由なのに、こいつ案外律儀だな。真面目かよ。
「別にいいよ。突然言われて驚いただけだ」
「うん、よかったぁ」
言って浮かべた満面の笑みが相当可愛い。
よし、この笑顔切り取っちゃえ。
素早くファインダーを覗き、右手の人差し指に力を込める。シャキンという音が響き、彼女の笑顔がカメラに記録される。
「あ! こら日賀っぴ! 急に撮らないでよぉ! ぷんすかぴん!」
「ごめん」
仁志名は両手を腰に当てて頬を膨らませている。
だけど本気で怒ってるわけじゃない。
なんなんだよ、ぷんすかぴんって。
可愛いけど。
「じゃあポージングを撮ろう。いいかな?」
「おっしゃ、りょっ!」
それからしばらく、仁志名が決めポーズを作りながら撮影した。
だけどいつも撮ってるのは動かないフィギュアだから、なかなかタイミングが合わなくて満足いく写真が撮れない。
うーむ。人間って、撮るのが難しいな……。
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