第4話:ギャルが俺に写真を見せる

「あのさ日賀っぴ」

「ん?」


 仁志名が手にしたスマホを俺に向けている。


「これ見てよ」


 カバーにキラキラした石みたいなのが付いてるし、ジャラジャラしたチェーンに蝶の形をしたアクセサリーが付いている。キラキラして綺麗だ。


 いかにもギャルが持ちそうな──


「派手なスマホだな」

「だぁーっ!」


 仁志名は片足を上げて派手にのけぞる。

 絵に描いたようなずっこけポーズ。


 うわ、上げた足の奥からパンツが見えそう。

 短いスカートでそんなポーズしちゃダメだぞ。

 ──って言ってあげたいけど、勇気がなくて言えない。


「そ、そうじゃなくて、画面の写真を見てよ! ……って言うか、日賀っぴって、ちょくちょくギャグぶちかますんだねー! 意外っ!」

「そ、そうだろ? 俺はやるときゃやる男だ」


 いやギャグじゃなくて本気で勘違いしたんだけどな。

 さっきの『わかわかわかった』もギャグじゃないし。

 でもそんな内情はおくびにも出さず、仁志名が俺に向けたスマホ画面を覗き込む。


 ──なんだこれっ!?


「コスプレ写真……?」

「うん。だよっ!」


 そこに写るのはコスプレをした女の子の写真。

 DALダルのダークヒロイン、影峰喰衣のコスプレ。

 しかもこの女の子、かなり美人だ。


 写真がぼやけてるけど、それでもわかるぱっちりと大きなアーモンド形の目。

 通った鼻筋。キュートな小顔。これは……


「もしかして仁志名!?」

「うん、そーだよっ!」

「仁志名ってコスプレイヤー……なの?」

「えへへ、まあ最近始めたばっかだけどね」


 ちょっと得意そうに人差し指で鼻の下をこする仕草が、子供みたいで可愛い。


「あたしアニメだーい好きなのっ。特にDALダルの喰衣ちゃんが好きすぎて、コスしてみたいなぁーって思ってさ。やってみた」

「すごいな……」


 やってみたってひと言で済ます行動力がエグい。


「仁志名って、マジでアニメ好きなんだな」

「おおよっ!」


 ニッカリ笑ってサムズアップしてる。

 おおよってなんだよ。時代劇のおっさんキャラかよ。

 可愛いけど。


「だからDALダルの話とかできるの、ちょー楽しいっ! わざわざ日賀っぴ追いかけてきてよかったぁ」

「わざわざ俺なんか追いかけて話さなくても、仁志名には友達多いだろ」

「それがさぁ。あたしの友達はみんな、アニメには興味なくてねぇ……話しても反応薄いんだよねぇ、あはは」


 寂しそうな顔をしてる。

 仁志名の友達ってみんなバリバリのリア充組だからな。

 誰もアニメに興味ないんだな。


 あんなに素晴らしいものの良さを知らないなんて、かわいそうなヤツらだ。


「だからアニメのこととか語り合える友達が欲しいって、ずぅーっと思ってたんだ!」


 なるほど。

 美人で陽キャで人気者で。

 欲しいものはなんだって手に入りそうに見える仁志名でも、そんな思いがあったなんて初めて気づいた。


 なんてことを考えながら、もう一度仁志名のコスプレ写真に視線を落とした。


 しかしよくよく見ると、なんだこれ。

 ピントはボケてるし斜めになってる。背景も簡素な児童公園のようで全然映えない。


 はっきり言ってド下手くそな写真。せっかくの美人コスプレイヤーの魅力が半分も出ていない。


「写真……下手だな」

「うわっ、それ言うなぁぁぁ!」


 怒鳴られた。うわ、やっぱギャル怖ぇぇ……


 つい頭に言葉が浮かんだことが口から漏れてしまった。

 ディスるようなことを言って悪かった。

 謝ろうと思って顔を見たら──仁志名は悲しそうな顔をしてた。


「あ、ごめん」


 俺をかばってくれた仁志名に向かって悪いことをした。


「いやいいよ。事実だし」

「そんなことは……」


 レイヤーはすごく美人なんだし、影峰喰衣のコスもカッコいい。

 だからこそ、しょぼい写真が余計に残念な気がする。


「思わず心の声が漏れたってやつだねーっ。あははー」


 あれ? もう笑ってる。仁志名ってホント明るいな。


「あたしさ。かんっぺきにキャラに成り切ってみたいんだよね。髪型からコスから表情から全部。そして、それを……カッコいい写真に撮りたい」

「おう、そっか……」


 仁志名の真剣な眼差しから、強くそう願ってるのがわかる。コイツ本気なんだな。


「あのさ日賀っぴ」

「……ん? なに?」


 仁志名は真顔で俺をじっと見つめた。

 吸い込まれそうに透き通った大きな双眸。

 鼓動がドクンと跳ねた。


「お願い。あたしの写真……撮ってくれないかな」


 ──え? なんですと?


「ちょっと待ってくれよ。そんなの彼氏にでも撮ってもらったらいいじゃないか」

「あたし、彼氏なんていないし」


 そうなのか?

 これだけ美人だし、陽キャなギャルだし、絶対に彼氏がいるって思い込んでいた。


 そう言えばクラスでも、仁志名の彼氏の話題って聞いたことがないな。


 詳しく事情を聞くと、仁志名はコスプレ写真を普段はスマホで自撮りするか、中学生の妹に、これもスマホカメラで撮ってもらってるらしい。


 なるほど。だからあんなザコな……失礼。

 あんな発展途上な写真なのか。


 色々と工夫はしてみたものの、どうも写真には苦手意識があって、上手く撮れないのが悩みだと仁志名は言った。


 写真を撮ってほしいと、まっすぐな目で俺を見つめる仁志名。

 だが正直、気は乗らない。


 俺は一人で気楽にしているのが好きだ。リア充女子の写真を撮るとか、そんなの俺の柄じゃない。わざわざ出かけなきゃならないのも面倒だ。

 だからそんな期待に満ちた顔をしないでくれ。


 でも……こいつは教室でたった一人、俺をかばってくれたんだよなぁ。

 地味でぱっとしないこんな俺を。


 それを考えると──

 んんん……仕方ない。


「わかった。撮影するよ。ただし今回だけな」

「おおーっ、やったぁ! あざーっす!」


 おい。バンザイして飛び上がるな。

 大きな胸がばるんばるん上下に揺れてるし、めくれ上がったスカートからパンツが……見えなかった。


 んん、残念。

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