第3話:ギャルがなぜか俺のガチファン

 フィギュアなんてオタク趣味とは最も縁遠いはずのギャル。

 それがなんで、フィギュア写真をアップしている『arataあらた』の大ファンなのか。もしかしたら適当に話を合わせてるだけなのでは?


「えっと……なんで?」


「なんでってさ。arataの写真って、街中とか自然の中でさ、マジそこにキャラが居んの?って感じに撮るじゃん。あれ、すっごくかっけー!って思うわけ。まさに神ってるよね?」


 フィギュアを手前に置いて大きく見せ、奥の背景と合わせることで、まるで等身大のキャラのように見せる撮影テクニック。

 手のひらの上に、小さな本物の東京タワーなんかを載せてる人の写真をSNSで見かける、あれとおんなじことだ。


「それに服なんかも上手く質感出るよーに、自分で塗ったりするんでしょ?」


 汚れなんかを塗装して古く見せる、いわゆるエイジング塗装とか、割と好きでよくやる。


「それとね、それとね……んん、もうっ! とにかくマジ生きてるみたいに見えるあの写真、超エモいよね? あたしarataの写真大好きなのだよっ!」


 うわ、これガチなやつだ。俺の写真のことをちゃんとわかってる。

 俺のガチファンだ。

 仁志名って、なんでフィギュア写真にこんなに詳しいんだよ? ギャルだぞ?


「中でも特にね。影峰かげみね喰衣くらいちゃんのフィギュア写真なんて、超サイコー! あたしあのキャラだーいすきなんだっ!」


 うおっ、ここで影峰喰衣の名前を出すか!?


 数多のアニメヒロインの中でも、俺が最高に推してるキャラ。ゲーム原作である『DALダル/精霊の魂〈スピリット〉』というファンタジーアニメのダークヒロイン。

 わかってるじゃないか仁志名。


「そうそう。正義感溢れるメインヒロインが一般には一番人気なのだが、悪に取り込まれた哀しきサブヒロインってのがいいんだよなぁ!」


 ──あ、しまった。

 仁志名の意見があまりにわかりみが深すぎて、つい熱く語ってしまった。


 引かれたかも。

 慌てて仁志名の表情を窺う。


「だよねっ! わかりみすぎるっ!」


 口角を上げて、嬉しそうににんまりと笑ってる。


「いやあの……マジ詳しいな仁志名」


 教室で『ちょーカッコいい写真じゃん』と言ってくれたのは、本気の本気だったんだ。


「でもまさか日賀っぴがarataだったなんてねー びっくりしたよ~」


 ギャルが『arataあらた』を知ってるなんて、俺もびっくりしたよ~


「いや、あの……助けてくれてありがとう」

「いやいや、なに言ってんの? 助けるとかじゃないし。あんなすんばらしい写真をバカにするヤツらって、マジムカつくじゃん? それになに? 二次元の女の子眺めて喜ぶのがキモいって?」


 そういや、確かそんなことも言われたな。


「喰衣ちゃんの良さがわかんないヤツらコロス」

「おいおい、過激すぎるだろ」

「あははー。モチ、じょーだんだってば」

「そっか。安心したよ……」

「でもあの写真の素晴らしさをみんなにわからせたいなーって思ったわけ」

「俺はあいつらがわからなくても別にいいよ。わかる人がわかればいい」

「えーっ、なんで?」


 なんでと言われましても。

 わざわざわからせるのなんてめんどい。


「あたしは自分の大好きなことをバカにされたらムカつく」


 仁志名の目は笑っていない。なんで当事者でもないコイツがそんなに真剣なんだ?


「ガチでやってることは、まじチョーすげぇって言ってもらいたいじゃん!」


 両手を顔の横で握りしめて、何度も首をこくこく縦に振った。綺麗な茶髪がふわふわ揺れている。

 改めて間近で見たら、やっぱこの子相当可愛いな。さすが学校一の美人って噂されるだけある。

 しかもよく見たら、かなり薄めのメイクだ。


 はっきりした顔立ちだしギャルだから、濃いメイクをしてるもんだと今まで思い込んでいた。

 つまりこのくっきりした二重も長いまつ毛も通った鼻筋も。

 ナチュラルでこの美形ってことか。


 そう言えば制服も着崩してはいるけど、だらしない感じはしない。

 どちらかと言えばお洒落で可愛いイメージだ。


「……ん? どしたの?」

「あ、いや。なんでもない」


 やっべ。思わず見とれてた。

 きっと変なやつだって思われた。


「とにかくさ。日賀っぴがarataだってみんなにカミンアウトしよ! あたしがあの写真の素晴らしさをみんなに布教するし!」

「いやいや、そんなことやめてくれ!」


 布教ったって、そんな簡単に理解してもらえるはずがない。

 アニメくらいならともかく、普通の高校生はフィギュアやラノベなんてオタクの趣味だという偏見が強い。

 それにとにかく目立つことはしたくない。俺は平穏な学校生活を送りたいんだ。


「いや、いいよ。仁志名みたいに言ってくれる人がいるだけで俺は満足だ。別にみんなに認めさせたいなんて思わない」

「そっかぁ……じゃあ仕方ないか」


 仁志名は残念そうに、わかりやすくしょぼんとした。


 この子、すっげえ感情が豊かだな。感情を表に出すのが苦手な俺とは正反対だ。

 まあ、だからこその陽キャと陰キャ、カーストトップと底辺の差なんだろうけど。


 それにしても、ギャルの仁志名がガチオタクみたいにフィギュア写真を絶賛するなんて不思議だ。


「あのさ日賀っぴ」

「おわっ!」


 歩いてたら、いきなり後ろからシャツの背中を引っ張られた。

 なんだ!?

 振り向くと仁志名がニカっと笑っていた。


「arataの写真、見せてよっ!」

「あ……うん」


 あそこまで俺の写真を絶賛されたら、そりゃもう見せざるを得ない。

 そう思って自分のスマホを手渡した。


「ふわぅっ! なにこれヤバたん! この喰衣ちゃんめっちゃエモいぃぃ! うわ、こっちのキャラなんか、激きゃわゆい! ねえ、食べていい? 食べていいよね?」

「食うな」


 ほっといたら本当に俺のスマホを舐めそうな勢いだったから、慌ててスマホを奪い返した。なんだこのハイテンション。


 でも仁志名ってマジでアニメヒロインが大好きなんだってことが伝わってくる。

 陽キャでギャルで学校一の美人で、とっつきにくいって決めつけていたけど……なんだか可愛いなこの子。

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