第2話:ギャルが絡んでくる

 俺が通う県立こいくぼ高校は、県内でも中堅の高校。

 通称『恋高こいこう』は名前が可愛いからと選ぶ者も多いような、まあ言ってしまえばふんわりした学校だ。


 成績上位者は難関大学に行く人もいるが、大半は中堅私学に進学する。

 スポーツも一部は県内でも強豪だけど、大半はそこそこの成績。

 好きなことに打ち込んでいる生徒もいれば、特にそういうこともなく、のんべんだらりと過ごす者もいる。


 割と緩い校風で、個性的な生徒が多い。

 だから仁志名みたいなギャルもいれば、俺みたいなオタクもいるって感じ。

 だけど陽キャ連中と隠キャオタクの間には、大きな溝というか、相容れないものがあるのも確かだ。


 その陽キャ連中の中でもひと際大きな存在感を放っているのが仁志名にしな 柚々ゆゆだ。

 誰とでも仲良く喋るコミュニケーションモンスターで、いつも多くの友達に囲まれている。


 美人でキラキラと輝いていて、陽キャクイーンとでも呼んでおこう。

 しかもギャル。

 ぼっちでほとんど話す相手のいない俺とは最も縁遠い生き物。


 なのにその日、仁志名 柚々ゆゆは、午後も隣の席から何度も絡んできた。


 彼女が俺に絡むのは今日が初めてというわけではない。以前から、隣の席からちょくちょく話しかけられていた。

 だけどオタクの俺にとって、美人で陽キャすぎるギャルとまともに話せるわけがない。

 だから『ああ』とか『うん』とか、まあ会話と呼べない会話をしていただけで、全然仲良くなんてしていない。


 なのにこいつは──


「ね、日賀っぴ。さっきのフィギュア写真、もっとたくさん見せてよ」


 だから誰なんだよ日賀っぴ。


「いやです……」


 仁志名には助けてもらったから断わるのは忍びないけど、あれは女子に見せるものじゃない。

 ちょーカッコいいなんて言ってくれたのは、あくまで俺を助けるための方便だろうし。


「いいじゃん~」


 こら。指先で俺の二の腕をうりうりすんのはやめてくれ。くすぐったい。

 ギャルには距離感という概念がないのか。


 こら、顔を近づけるな。柑橘系のいい香りはするわ、キラキラした大きな瞳で見られるとドギマギするわ、開いたシャツの襟元からたわわな胸元が見えるわで、俺の心臓が悲鳴を上げっぱなしなんだよ。


 休み時間にそんなギャル攻撃を受けたり、授業中も隣の席からチラチラとこちらを見たり。

 もちろん俺はそれには気づかないふりをしたが、さすがにもう緊張の限界だ。

 一日の授業が終わってロングホームルームが終わった瞬間、俺は通学カバンを胸に抱えて教室を飛び出した。


 こんな落ち着かない気持ちはもうヤダ。とにかく早く家に帰ろう。

 そして自室のフィギュアコレクションを眺めて、気持ちを落ち着けよう。


 そんなことを考えながら校門を出た。そして駅に向かって通学路を歩く。


「ねえ日賀っぴ! ちょ、待ってよー」


 ──ぎくり。


 背後から聞こえるやたらと明るい声は──


 恐る恐る振り向くと、声の主はやはりギャルだった。茶色い巻き髪を揺らしながら駆けて来る。

 短いスカートが風でめくれそう……。


「仁志名さん……」

「ゆずゆずって呼んでいいよっ、日賀っぴ!」


 いや、呼ばんし。

 いきなりそんなニックネームで呼びかけることができるんなら、高2にもなってぼっちしとらんわ。コミュ障舐めんな。


「何の用ですか?」


 仁志名は俺に追いついて、並んで歩いてる。

 なんでわざわざ追いかけてきたんだ?


 並んで歩いているとお互いの手が時々当たる。

 いやいや、距離感近すぎでしょ!?


「日賀っぴと、ちょい話したかったんだって。って言うか、同級生なのになんで敬語!?」

「いや特に理由は……」


 と言ったがホントは理由は大ありだ。

 彼女は陽気なギャルで学校一の美人でカーストトップ。

 オタクでコミュニケーション苦手な俺が気軽に話せるわけがない。


「じゃあ今から敬語禁止っ! いいよねっ!」


 仁志名は人差しを伸ばして、ピシッと俺の顔を指した。


「いや、なんで……ですか?」

「だってあたしら友達じゃん!」


 ──友達?


 いつから友達になった?

 いやクラスメイトということはその時点で友達か?

 そもそも友達って定義はなに?


 ……いかん。頭が混乱してきた。


「いいよね? はい、タメで喋ってみて!」

「わかわか、わかった……」


 うおっ、早速噛んだ。

 ハードル高すぎだろ、ギャルへのタメ語。


「わかわかわかった?」


 仁志名はきょとんとしてる。

 それから笑いを堪える感じになり、でもそこから徐々に顔が笑いに歪んでいく。


 そして遂に──


「ぷっふぉーっ!」


 とうとう吹き出した。腹を抱えて笑ってる。


 ああ、これ。思いっきりバカにされるやつだ。

 この後きっと、見下した目で見られるんだろうな。


「そのギャグツボった! めっちゃ面白い! 日賀っぴセンスあるね! うふふ、あはは、楽しーっ!」


 なにがそんなに面白いのか俺にはまったくわからん。

 こいつ、笑いの沸点低すぎないか?

 それかギャルの笑いのツボは、俺の想像範囲外にあるのか?


 とにかく仁志名があまりに笑うもんで、俺はしばらく固まっていた。


「ねえ日賀っぴ。そのギャグあたしも使わせてもらっていい?」

「あ、ああ。別にいいよ」


 そんなの勝手に使えばいい。

 って言うか、そもそもギャグじゃないし。

 それはともかく、なんとかタメで話せた。ほっとした。


「らっぴー! サンキュ!」


 ニカリと笑って、なぜか顔の横でピースサインしている。

 やっぱりギャルの距離感はよくわからない。


「ところで話ってなに?」


 教室で話しかけるならともかく、わざわざ下校時に追いかけてきてまで話すことがあるのか。


「あ、そうそう。あのフィギュアの写真、日賀っぴが撮ったの?」

「あ、ああ。そうだよ」

「もしかしてさぁ。SNSでフィギュア写真をアップしてる『arataあらた』って日賀っぴのこと?」

「え……?」


 思わず絶句した。

 確かに俺は、自分で撮ったフィギュア写真をそのアカウント名でSNSにアップしている。


 おかげさまでフィギュア好きの人たちの評判も良く、1万人以上のフォロワーがいる。

 だけどそんなことを、なぜギャルである仁志名が知っているんだ?


 もしかしたら、『やっぱキモい』とか、なにか悪口でも言うつもりなのか。

 でも『違う』って嘘をつく気にはなれない。ディスるならディスれ。


「あ、まあ。そうだよ」

「あーっ、やっぱそうだよねっ? あれ見てarataは日賀っぴだってピッカンきたし。あたしね、arataの大ファンなんだって!」


 なん……ですと?


 俺はまったく意味がわからずフリーズした。

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