第22話

 ギルドハウスの一階はからっ風が吹き込んで、閑散としていた。

 階段を登り、三階へ向かう階段の前で足が止まる。


 ギルドマスターの階層に上がるのは初めてだ。

 階段の先に、『ギルドマスター執務室』の銘板めいばんがかけてあった。文字が金属板に彫り込まれ、重厚感があり、畏敬いけいの念にとらわれる。


 ――いま、そんなことにひるんでいる場合じゃない。


 俺は妙に空気が熱くなるのを感じながら階段を登った。と、ふいに、一階から地鳴りのような足音が聞こえる。

 それはガイドルの足音に思えたが、少し歩き方が変わっていた。

 重く、一歩一歩を強く踏み込んでいて、テリトリーに侵入されたベヒーモスを髣髴ほうふつとさせた。


 二階の廊下でその巨躯きょくはすぐに見つかった。


「ハーズじゃねぇか⁉ どうしてここに来たんだ?」


「少し王宮内の話をギルドマスターにうかがいたくて」


 ガイドルの顔が湿ったように生気づいていて、いつもの様子と違っていた。

 しかし俺は急いでいたので構わず続けた。


「王宮内でモンスターが現れたと聞いたのですが、何かご存じですか?」


 ガイドルは下顎したあごをずらして、ギリリと歯ぎしりさせると獣のような顔になる。


「あいつら……! 全然、この俺に情報を渡さねぇ……! ふざけるなぁああ!!」


 片足を足の裏が見えるまで高く上げて、床に叩きつけた。


 ドン!!


 ギルドハウスが揺れたかと思うと、ガイドルの足首が床に埋まり、引き抜くと一階の床が見えた。


 ガイドルは王宮のやつらに、業を煮やしているようだった。

 目を丸くして突っ立っていると、ガイドルがふと我に返った。


「おぉ……すまん、すまん。ついカッとなってしまったな」


 ガイドルを逆上させるとどうなるか、俺は心に深く刻み込んだ。


 ガイドルは照れ笑いをしながら、粉砕した足元の木片を穴に集めている。まるでおもちゃを壊した子供みたいだ。


「……何にも情報が下りてこんのだよ。あれだけ、うちのメンバーを総動員させておきながら、さっき王宮に行ったら門は閉まっていて、衛兵から門前払いを受けた」


 思い出しながら、また沸々ふつふつと怒りが込み上げてきているようだった。


「わ、分かりました。その件について、どうしても私のほうで調査したくてですね……。しばらくは、ギルドを離れるかもしれません」


 ガイドルは鋭い目で俺を見下ろした。俺の眼の動きを読み取り、何かを探っているようにも感じた。


「正直なところ、お前がいないと今後の作戦において、痛手になることは間違いない。……本日の掃討数の半分は、お前の狙撃によるものだ。

 しかし、これらは根本的な解決ではないと思っている」


「私の調査が、根本的な解決に繋がるかは分かりません。これは多分に、私的な調査になりますので……」俺は正直に話した。


「……」


 ガイドルはじっと俺を見たまま沈黙した。

 妙なことに、息苦しさも、緊張感もなかった。ウエストリバーギルドの最高権威を前にしても、体は微動だにしなかった。


 ただあるのは、真実を知りたいという強い意思だった。


「一匹狼になりたいんだな、分かった。ただし、ギルドはお前の自由行動の支援はせんぞ」


「……もちろんです」


「ひとつだけいいか。俺も指をくわえて、事態が解決することを待つわけじゃない。これからギルド協議会を開いて、近辺のギルドと連携するつもりだ。

 実際に動き始めたら、お前を呼び戻す。その前までにやりたいことをやれ」


「期限は……」


「今日を含めて三日目まで、ぐらいだろう」


「分かりました」


 俺はガイドルとすれ違って、一階に降りようとする。


「ハーズ、あまり無理をするんじゃねぇぞ」


 冷たく落ち着いた声だった。ガイドルは部下に対する愛情表現が乏しい。その分、心底気遣っているのが分かった。


 俺は振り向かず、手を上げて去った。


***


 相変わらずの曇天で、気温は朝から上がらず、重苦しい空気が街を押しつぶしていた。


 大鐘楼だいしょうろうから見たとき、魔物が多かった地区を重点的に調べてみることにした。

 といっても、魔物は広範囲にまばらなので、勘でしかない。


 目的の場所は、馬小屋や豚などの家畜を飼っている人気ひとけのないところだった。

 繁華街から離れた街の北部に位置しており、高い建物がないため単に狙撃ポイントから魔物が見えやすく、比較的多く見えただけかもしれない。


 ウエストリバーを南北横断する地下水路が、ここでは地面に顔を出しており、家畜の飲み水に利用されている様だった。

 人ひとり入れる水路で、石垣をよく見ると、まだ乾いていない泥の足跡が複数ついていた。ここから魔物が現れた可能性は高い。


 ただ、まんべんなく魔物が街に現れる理由にはならなかった。魔物にそうする意思がない限り、水路を中心とした群れになるはずだ。魔物は家畜といった動物と同じで知性はない。

 あるいは犬のように調教することもできるかもしれないが、多種多様で大量の魔物を訓練することは不可能に近い。


 俺は水路に降りて、上流に向かうと、街道下に差し掛った。

 身を屈めて入れるようなトンネルになっていて、深い暗闇が続いている。

 水路は網の目状に街の地下を走っているので、むやみに潜行せんこうしても効率的でない。地図が欲しかった。


 水路から上がると、いつの間にか日が傾いていた。厚い雲のせいで時間感覚がマヒしている。

 俺はいったん自分の調査を打ち切って、エレナの家に急いで向かった。

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