第21話

 大聖堂とギルドハウスのほぼ中間にエレナの借家はあった。

 街道に面した綺麗なレンガの家で、窓も大きく玄関口が南側なので明るい雰囲気だ。

 資料室にほぼ一日こもることもあるエレナの印象とかけ離れていた。


 ドアをノックして、しばらく待ってみるが何の反応もない。

 エレナとハネンはギルドハウス封鎖と戒厳かいげん令により、自宅待機となったはずだった。

 もう一度ノックをすると、内側から何かが割れる音と、悲鳴のような声が微かに聞こえた。


 ――まさかモンスターか? ドアを蹴り破るか?


 そう思っていると、ドア口から施錠の外れる音がした。


「誰ですか? 今忙しいんで……あ」


 相変わらず髪の形が寝癖で崩れて、青白い不健康そうなエレナが顔を出した。


「すまんな。どうしても調べてほしいことがあって」


 エレナは俺の顔を認めると、目を見開いてドアの隙間を広げた。


「あ、ああーっ。ハーズさんちょうどいいところに! 入ってください!」


 中に入ると、エレナの寝巻姿が気になった。

 シャツのボタンが上二つまで外れていて、小ぶりな胸の先端が今にも見えそうだ。上下とも薄い綿素材の生地で、体のラインが透けて見える。


「その服はいったいなんだ⁉ もう昼間になるんだぞ?」


「いやぁ、着替えるのも面倒で。それより、こっちに来てください」


 女性としての品位のなさは今に始まったことではないが、さすがに目のやりばに困る。

 連れられて別の部屋に入ると、そこには白衣を着たハネンの姿があった。

 ――いや、白衣を着たというよりも、着られているような状況で、裾が板床について、左手の袖はだらんと下を向いている。右手の袖は何重にも折り込まれているせいで、まるで太い腕輪をしているように見えた。


「キャア! ハーズさんじゃないですか⁉」


 ハネンはローズレッドの髪を手ぐしで整えると、左腕の白衣で顔を半分隠した。


「ハネン? ここで一体何をしているんだ?」


「何をしているって、そりゃないですよハーズさん」エレナは片眉を上げると、指を立てて横に振る。「『ウーラノスの眼』を直せっていったのは、ハーズさんじゃありませんか?」


「しかし、ギルドハウスも封鎖されたから、しばらくは無理だと思っていたんだが」


「このエレナの執念をナメてもらっちゃこまりますねぇ……」


 小悪党のように背を丸めて、せっかくの美形を歪める。背を屈めたせいで襟元えりもとから胸が丸見えだ。

 余計なことをせずに酒場で座っているだけで、男が寄ってきそうな顔なのに、恋愛には全く興味がないのだからしょうがない。


 ハネンは箱の上に立って、高めのテーブルに置いてある『ウーラノスの眼』を触っていたようだ。様々な道具と針金のような金属に繋がれた『ウーラノスの眼』は、矢じりの傷も無くなっていて、今にも動きそうだった。

 金属の線をたどっていくと、テーブルの中央には青緑の魔石が怪しく輝いている。


「お、おい! これは大坑道の魔石じゃないか⁉ ギルドに預けたはずだろ?」


「まあまあ……。ギルドに預けても宝の持ち腐れですよ。ハーズさん」


 エレナはとぼけて、軽く受け流す。

 ハネンは目を丸くして驚いた。


「え、ギルドに許可をもらったんじゃないんですか……? エレナ先輩?」


「まあまあ。私たちも一時的にギルドから助手としても任を解かれているわけだし、申請はしているんだけどね、承認されていないというか。まあ、タイミングの問題かしらねぇ……」


 犯罪者になるのではないかと、ハネンは木箱のうえで小さい体を震わせていた。

 俺は長いため息をつく。


 魔石が魔物を引き付ける点が少し心配になる。ほとんどの魔物は駆逐したので、今日明日で魔物がエレナの家を襲うことはないだろう。

 魔物が一から生み出される心配はほぼない。いくら魔石が魔力の源といっても、安定した環境で長い年月を要する。


 根本の問題は、街の魔物がどこから発生しているのかだ。


「しょうがないな……。まあ、俺のマジックアイテムの修繕のために必要だということであれば、しばらくは目をつぶるよ」


 二人とも俺のために頑張ってくれているのだ。そう思うと、少し救われた気持ちになった。


「いえ、もう完成していて、あとは微調整だけです」ハネンはドワーフの魂が乗り移ったのか、飄々ひょうひょうとして急に専門家のように見えた。「ハーズさん、復活した『ウーラノスの眼』、はめてみてください」


 ハネンから受け取ると、以前のより生き生きというか……生々しくなった義眼を装着する。

 急に部屋の中が明るくなり、慣れ親しんだ感覚が戻ってきた。

 思わず笑みがこぼれる。


「いいね……前より快適に感じる……」


 にやりとエレナが引きつった笑顔を作り、背を丸めて、また胡散うさん臭い故買こばい商のような姿勢になる。


「ふふふふ。魔力を充填したおかげで、前より強力になりましたよ……。魔力の残量から換算するに、以前より二倍増しになっております」


「本当に助かる……二人とも、ありがとう」


「ハーズさん普段無口だから、そう言ってもらえるとすごくうれしいです! その分だと、調整は不要ですね」ハネンは照れくさそうに頭をかいた。


「ところで」俺は顔の表情を引き締めた。「エレナ、至急調べてほしいことがある。今朝、王国衛兵長のタノスから聞いたんだが、王宮に魔物が出現して王族が殺されたらしい」


 エレナは俺の声色が変わったことに気付いて、目を合わせた。


「マイロンが、魔物に殺された……とタノスが言っていた」


「……まさか! ありえないでしょ」


「俺もそう思う。ただ、タノスが嘘をつく理由もない。俺はギルドマスターに直接聞いてみるが、エレナは他の情報筋を当たってくれないか?」


「り、了解しました……!」


 俺は研究室のような部屋を出ようとドアノブに手をかけた。


「待って! ハーズさん」エレナが珍しく愛らしい可憐な顔になる。「どんな結果であれ、ハーズさんにはどうしようもないことだってあるんですから、それを忘れないでください」


「……分かった」


 俺はギルドハウスに向かった。

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