第15話

 エレナは保安室に入ると、大きな欠伸あくびをしながらハネンを一瞥いちべつして、隣部屋にこもろうとする。


「ちょ、ちょっと待て、エレナちゃん」


「へ、なんですかハーズさん」


「実はこの子……いや、ハネンさんがうちで働きたいって言ってるんだよ」


「へ?」


 ハネンはぴょんとソファーから跳ねて降りると、深々と頭を下げた。


「初めまして、私ドワーフのハネンと申します。ぜひ、保安官のもとで働かせていただきたくて、クシーオ村からやってきました」


「そういうことで、しばらくエレナが面倒をみてくれないか」


 エレナの顔が一階にいる無骨者ぶこつものの表情とそっくりになった。


「……ちょっと、冗談きついですよ、ハーズさん」


 最近どうもエレナの勤務態度が良くない。上司の俺の指示に逆らうし、受付も自主的に行っていなかった。

 ここでおきゅうをすえてやらねばなるまい。


「なにか断る理由があるのかね」俺は立ち上がってエレナの前で腕を組んだ。


「研究ですよ、日夜、ハーズさんのために研究しているんです。その左目だって、私がメンテナンスをしているから、壊れないんですよ」


「左目……? どうかしたんですか?」ハネンはしげしげと俺の顔を見る。


「ああ、俺の左目は義眼でね、マジックアイテムなんだよ」


 ひょいと左目を取り出すと、ハネンは驚くと同時にためつすがめつ手のひらのマジックアイテムを眺める。


「これ、もしかして……ウーラノスの眼じゃないですか⁉」


「「ウーラノスの眼?」」


「ウーラノスの脳幹、心臓、眼は、いにしえのマジックアイテムですよ。ドワーフの伝承に描かれるほど昔の遺物で、失われた技巧で生み出されたアイテムです」


「「へぇ~」」


 大きな事件で偶然、手に入れたマジックアイテムだったが、確かに、この義眼に比肩するものを今まで見たことがない。


「一から作り出すことは不可能ですが、私、修理ぐらいだったらできますよ」


 さすがドワーフ長老の孫娘。おそらく、人間のエレナより格段上の器用さがあるのだろう。


「ということで、エレナ君。研究はほどほどにして、受付とハネンさんのサポートをよろしく」


「うぬぬぬぬ……」


 エレナは不満そうにのどを鳴らした。

 普段ならここで諦めるエレナではない。しかし、ハネンの知見ちけんに興味を示したようで、何回かうなずいて自分を納得させるとハネンを隣部屋に案内した。


 ハネンにはいずれ、俺の気持ちを伝えるつもりだが、少なくとも今は受け入れてあげたい。

 それにクシーオ村からわざわざやってきたのだ。多少の無理は聞いてあげるつもりだ。


 俺は二階の別室にある保安局に行き、助手の増員を申請した。

 ウエストリバーギルドには、俺のほかに三名保安官がいる。そのなかで、助手が二人もついている保安官はいない。

 増員分は俺の薄給はっきゅうから引かれるのだが、まあ……、まあまあまあ。

 マイロンの時と比べれば、大したことないからいいか。……いいのか?


***


 一階の事務員が扉を叩いたのは、夕暮れ時だった。

 話によると酔ったギルドメンバーが酒場で暴れているらしい。

 俺は薄手のコートをとって、現場の宵闇よいやみ通りに向かった。


 ギルドハウスからそう遠くなく、俺が酒場のスイングドアを通ると、まだ騒乱の真っ最中だった。

 頭に毛一本もない坊主の大男が、酒場の真ん中で男の胸倉むなぐらをつかんでいる。

 相手は、これまた正反対の、さっき海から出てきたような昆布頭の大男だ。

 二人を中心に人の山が築かれ、血の気の多い奴らがはやし立てながら、ビールをあおっていた。


 ――まだ乱闘が続いているのか……? 目立つの嫌だなぁ。でも店に入っちゃったから、ここで帰ったら職務放棄したって思われるだろうなぁ。


 俺がその輪の中に入ると、急に野次やじがなくなっていき人垣が崩れていく。

 ほとんどの客がギルドメンバーだったようだ。ギルドメンバーにとって保安官は目の上のたんこぶみたいなもので、逆らえばギルドから強制退会させられる。


 しかし、大男は熱が冷めていないようで、昆布頭を両腕で持ち上げると壁にぶつけた。

 飾ってあったショーケースが割れて、何かのトロフィーや写真やらがタイルに落ちて飛散する。


 吹っ飛ばしたたこ頭の前に、俺は立ちはだかった。

 大男は顔を真っ赤にしたまま倒れた男へ近づく。「もうやめとけ」と寄り添うように助言すると、鯨の潮吹きのような鼻息をして店を出て行った。


 昆布頭に手をやってガラスの中から立たせると、ふらつく足取りで宵闇通りへ消える。

 酒場は何事もなかったかのようにピアノが音楽を再開し、いつの間にかテーブルやウッドチェアが整頓されていた。


 俺はため息をついて、ギルドハウスに帰ろうとすると、ボーイに声を掛けられた。


「ギルド保安官のハーズさんですね? お引止めして申し訳ありません。オーナーが少しお話したいと。それほどお時間は取らせませんので」


 ボーイは有無を言わさず手早く椅子を引くと、飲み物をたずねた。


「じゃあ、ウイスキーをロックで」


 よほど逃げられては困るのか、ボーイはすぐに酒を運んできた。

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