来訪者

第14話

 東風が吹き終わる頃、朝は少しずつ寒くなっていった。

 日の出が遅れるにつれ、ギルドメンバーたちの始まりも遅くなる。

 暁霧ぎょうむと一緒にギルドハウスに入ると、依頼受付所はがらんとしていた。

 小僧が一人、入口で新聞の準備をしている。ギルドメンバー向けに新聞を売りさばくつもりなのだろう。まれに来るラッキーボーイだったので、俺は一部を受け取り代金の銀貨五枚を手渡した。


 保安室に入ると紅茶を淹れ、奥のデスクで久々に新聞を読む。

 以前に読んだ時とほぼ同じ内容で、豪華な暮らしをする王族への非難がつらつらと書かれていた。

 ぱっと見て、真新しいことと言えば、宗教の勧誘と、新規オープンした生活雑貨店の広告ぐらいだった。どちらも版元はんもとに金を出して載せてもらっているに違いない。


 唯一、おもしろいのは、あることないことが書かれているコラムだけだ。

 都市伝説のような、おとぎ話のような、古い言い伝えが虚実を交えて短編になっている。今回は街に突如として出没するモンスターの話だった。

 それを読み終えると、銀貨五枚分の価値はあったなと、朝のひとときを満喫した。


 二階の窓からギルドハウスの裏道を眺める。

 ぼちぼちと野郎どもが一階の受付にクエストを求めて集まりつつある。今日も忙しくなりそうだ。

 寝ぼけまなこに、まだ酒が抜け切れていない赤ら顔もいる。ギルドへの加入を以て、ギルドのルールに縛られたことを理解していない、冒険家気取りの奴らばかりだ。


 先日、ギルドメンバーを狩っていたローグの身柄をギルドマスターに引き渡した。

 いまごろみっちり尋問じんもんを受けているはずだ。今までの悪事と、守衛隊長の消息について洗いざらい吐くだろう。

 大衆新聞の信ぴょう性は低いが、未だに王国衛兵団の悪評が流れてこないということは、上手く隠蔽いんぺいしたに違いなかった。

 

 こいつらを罰することも仕事だが、守ることも仕事だ。

 そう思うと、なんだか子供みたいで、暑苦しい顔も可愛らしく見えてくるってもんだ。

 ――と、本当に背の小さい子供が、朝っぱらからギルドハウス目掛けて走ってくる。

 混雑し始めた野郎どもの脇下をかい潜ると、埋もれて見えなくなった。


 ――うん? 新聞売りのツレか?


 しばらくすると、軽快に階段を上がる音が聞こえた。

 エレナにしては軽すぎる音だった。

 保安室の扉が、キツツキのように短く連打された。


「……何の用だ」


 俺は扉を少しだけ開けると、その隙間からするりと小さな顔が飛び出た。

 ドワーフのハネンだった。


「お久しぶりです」ハネンは目の覚めるような笑顔を振りまいた。


「……」


「ちょっと入ってもいいですか?」ハネンは押し通って、俺は部屋に引っ込んだ。


「うわぁ、これが保安官の部屋なんですね……! となりの部屋は何ですか?」


 資料室兼エレナ嬢のドアを開けようとするが、幸い鍵が閉まっていて、エレナは外出しているようだった。

 ハネンは保安室を美術館のように見て回ると、来局用のソファーにちょこんと座った。床に足がつかず、ぷらぷらと小さな靴が揺れる。


「……それで、一体何の用だ」


「そうですね、まず私に謝ってほしくて」


「謝る……?」


 無邪気だった子供が、背筋をピンと伸ばしてひざに手をそろえ、鋭い目つきでこちらを見ている。いつの間にかドワーフの長老に似た、威風いふうさえも漂わせる雰囲気をかもしていた。


「ギルドメンバーだとか、私に色々と嘘をついていたじゃないですか」


「あのね、お嬢ちゃん。これには深いわけが……」俺は項垂うなだれるように向かいの椅子に座ると、トンとハネンはテーブルをつかんだ。


「その『お嬢ちゃん』というのは、やめてください。あの時みたいに、『ハネン』って呼んでください」


「……分かった、ハネン」俺はハネンの出すピリリとした緊張感を、従順な保安官の性質たちが妙に居心地よく感じてしまって、受け入れてしまう。


「深いわけについては、祖父にそれとなく聞かされました。発端がどうであれ、あなたは命の恩人ですし、村の功労者ですから、身分を偽っていたことについては大目に見ます……」


 ペリープシは俺がギルドメンバーでないことを見抜いていたのか。

 ハネンの話とあわせて、俺が保安官であることを特定したのだろう。


 するとハネンは突然、声を詰まらせ、視線を泳がせる。


「でも……。どうして、会いに来てくれなかったんですか……?」ハネンは背中を折って、顔を伏せた。「私、待っていたんですよ……」


 俺は静かに息を吐くと、今日一の難題に何の攻略の糸口も見えず、頭を抱えた。

 小さな肩を震わせるハネンを見ていると、純粋な子供の気持ちをもてあそんだ気分になり、良心にさいなまれる。


 ――嘘の自分を演じて、感情を捨てていった俺が悪いというのか。


 ハネンは美人だが、大人のそれと違って、可愛らしさがある。女性の魅力はあるにはあるが、小さい口に大きな目……どうしても愛くるしさが勝ってしまう。

 しかしそのことを今伝えれば、本人をどん底に落とすことになるだろう。


 ぽたぽたと落ちる涙が朝日を反射して光った。


「それは、悪いことをしたな……」俺は素直に謝った。


「悪いと思っているのなら」とハネンはうるんだ目で俺を見上げた。「罪滅つみほろぼしに、私をここで雇ってもらえますか?」


「エッッ!!」


 ちょうどその時、エレナが階段を駆け上がってくる音が聞こえた。

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