第7話

「フィン……」苦し気な声で映像のフィンに話しかけると、もう一度リリーは袖口そでぐちを引っ張る。「どこにいるんですかっ!」


「彼は、この街を出ていきました。場所は言えません」


「どうして……」リリーは沈痛な面持ちで床にひざをついた。


「なぜ言えないのかは、あなたも気づいているんじゃないでしょうか」


 宙を見つめるリリーは虚ろだった。


「リリーさん、あなたは私にいくつか嘘をついていますね。弟の捜索依頼をギルドに申請したと言っていましたが、助手に確認させたところ、そんな依頼はありませんでした」


 リリーは無反応だったが、俺は構わず続けた。


「どうやら、依頼を出せるほど金銭的な余裕がなかったので、仲間割れと嘘をついて、ギルド保安官の私を利用したといったところでしょうか。

 あなたの誤算は、私がその日のうちにフィンの居場所を突き止めてしまったことです。フィンの仲間に顔が割れているあなたは、私を尾行することで、フィンの居場所を特定するつもりだったんじゃないですか」


「……すみません」小さな口を開けて、たどたどしくリリーは応えた。


「その『二又のヒドラ』。片方の指輪の持ち主は恋人ではなく、フィンさんですね。フィンさんと話をしましたよ。街はずれの倉庫で『レジット』のメンバーと一緒でした。彼は姉、つまりあなたの束縛そくばくから逃れたがっていました。『二又のヒドラ』を渡されたとき、いよいよその時が来たと思ったそうですよ。

 『二又のヒドラ』は決して安いものではありません。生活を切り詰めてまで、弟を監視するあなたは狂気じみている。まあ、……ここであなたを更生しようとは思いません、弟さんの言う通り、強制的に引き離す方がいい」


 俺は長いため息をつきながら、義眼を左の眼孔がんこうに戻した。


「姉弟のいざこざに保安官を巻き込んじゃいけませんよ。こう見えて、私も多忙なんですから。ただ……、まあ、手紙の橋渡し役ぐらいだったらしますよ。もし弟さんに手紙を届けたいのなら、私が預かります」


「あの……」と立ち上がったリリーは、シャツのボタンが外れていて、二つの乳房が丸見えになっていた。


「エッッ!!」


「本当にごめんなさい、私こういう形でしか謝罪ができなくて……」


 俺はリリーの手を振り払って、外に飛び出した。

 階段を落ちるように下ると、たむろしていたカラスが一斉に飛び去る。


 どういう思考で、いきなり乳房を見せてんだ。異性とキスもしたことがない俺に、どうしろっていうんだよ……。

 もしかすると、俺に取り入って、フィンの居場所を割らせるつもりだったのかもしれない。


 ――フィンの気持ちがなんとなくわかる。

 彼の話では、パーティー内で恋人ができたころから、リリーはヘビのようにフィンの周りをまとわりつくようになったという。


 つまるところ、リリーは精神異常者ってやつなんだろう。ここのところ、そういったやからが街に増えていた。


 でもちょっともったいなかったな……。いまさら、やっぱり触らせてくださいっていうのは、変態の域か……。

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