第6話

 ひげ男は住宅街を抜ける。

 レンガの道は石くれが目立つ農道になっていく。

 農地をコの字に囲うように労働者の家があり、倉庫と住居がだんだん見分けがつかなくなっていった。


 ここまでくると、警吏けいりの巡回路から外れて治安が急速に悪くなるのだ。



 影が町はずれの倉庫に消えると、距離をとっていた分、走って倉庫に近づいた。

 耳を澄ますと、中には動物の息遣いきづかいと、男女の話し声が聞こえる。


 ――なるほど、そういうことか。

 

 俺は倉庫正面のかんぬきを外し、大きな扉を堂々と開けた。


 中はランプが灯り、男女と髭男がびっくりした様子でこちらを見ていた。


 ――やれやれ、とんだ依頼主だ。今日はやっぱり厄日やくびだね。


***


 早朝、俺は保安室に寄った後、リリーが昨日書き残した連絡先の住所を訪れた。

 場所はギルドハウスとカリトメノス通りのちょうど中間にあった。


 彼女の住居は一階が生活雑貨店で、二階の一室にあった。

 朝ということもあり、通りは随分うらぶれていた。カラスが仄暗ほのぐらい通りの残飯にありついて、狂ったように鳴いている。


 きしむ木造の階段を上がり、部屋の扉を叩いた。

 何の反応もなかった。

 ことの顛末てんまつを知っている俺は強気だ。普段なら絶対にしないが、ちょっとした怒りがあった。

 しつこく何度も叩くと、やがて部屋の奥で人の気配を感じた。

 

「はい? なんですか……?」


 戸が小さく開くと、髪が波打って昨日よりも老け込んだリリーがいた。

 しかし大きな目を丸くして、相変わらず美人の片鱗へんりんが見える。

 どうやら、俺がここを訪ねてくることを予期していなかったようだ。


 ――。


 言葉を失ったリリーはそう思ったに違いなかった。


「朝早くにすみません。フィンさんの居場所が分かりましてね。ちょっとお邪魔しますよ」


 開いたドアの隙間に足を入れて、俺は半ば強引に玄関に入った。

 部屋は簡素な作りで、低ランクのギルドメンバーや学生が借りそうな物件だ。


 リリーの服装は、ギルド保安室を訪れた際の気品漂うワンピースドレスと違って、男が着るような白いシャツを一枚しか着ていなかった。


「それで、弟はどこに……」小さな玄関をあがる前に、リリーは俺の袖口をつかんだ。奥の部屋からわずかに朝の光が射しこみ、反射したリリーの瞳は鋭かった。


「いいでしょう。私も早く終わらせたい」


 俺は左目を涙袋から上に押し上げる。

 ぐるりと目が眼孔の中で回転して、押し上げた手のひらに落ちた。

 リリーは小さな叫び声をあげて、袖口の手を離すと口を押えた。


「これはマジックアイテムですよ。私の左目は、風景をそのまま焼き付けて、投影することができるんです」


 巧妙こうみょうに作られた瞳孔どうこうを上にして手のひらに乗せると、空中に映像が浮かび上がる。ぼんやりと映し出された霧のような絵は、ゆっくりとピントが合うと、ある男の顔が写し出された。


 リリーの弟、フィンだった。

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