第5話

 リリーが一階に降りてから、俺は『レジット』のクエストとは別に、あることを調べてほしいとエレナにお願いをした。

 エレナは嫌々言いながらも、資料室に引きこもっていく。


 あの分だと、明日までにはきっちり調べてくれそうだ。



 帰りがてら、ちょうどいい時間なので、カリトメノス通りに向かった。

 我ながら仕事人間だなと思う。

 片づけられるヤマがあると、つい私生活と混同して手をつけてしまう。

 マイロンというお嬢様にみつぐため、日夜ギルド保安官の仕事をしてきた。それがすっかり習慣のようなものになってしまった。


 

 ギルドハウスから郊外に続く宵闇よいやみの街道を歩き、酒場を目指す。

 段々と通行人が増え、屋台が目に付くようになった。

 やがて道の半分を屋台が占有し、天井に吊り下げられたランプが目立ち始める。魔法灯とは違った、少し暗めの灯りの下に、衣類や嗜好品しこうひんが怪しげないろどりで、整然と並んでいた。


 カリトメノス通りは表通りから外れた道で、庶民が生活雑貨を買いに集まるバザールのような役割をしていた。料理店はいくつかあるが、酒を提供する店は一つしかなかった。


 酒場に入ると、カウンターに座る。


「久しぶりだね、マスター」


 カウンターの奥にいる赤黒いベストを着た中年の男に声を掛けた。細面のオールバックで、いつも清潔な身なりをしている。

 職業柄、数年ほどバーに通い、マスターとはやっと顔見知りになれた。


「ハーズさん。元気そうだね。ウイスキーでいいかな?」


 うなずくと、手早くソーサーと氷の入ったグラスが置かれた。ウイスキーの注ぐ音が聞こえる。街の喧騒けんそうが聞こえなくなるほど、静寂な時間がゆっくりと流れた。


「ところで、『レジット』っていうパーティーを知らないか?」


「いやぁ、知らないねぇ」


 さすがにそれは無理か。

 一口飲むと、熱い塊が胃壁を伝わって落ちていくのを感じる。


「じゃあ、下地は白で青い刺繍のドレスを着た、美人が来たことはあるか?」


「……ああ、つい数日前かな。珍しく綺麗な女性が来たんで覚えているよ」


「いまここにいる客のなかで、女性が声を掛けた人はいるかい?」


「いるよ。そこの角に座っているお客さんだ」


 俺はちらりと視界の端で確認する。やけに痩せていて、鼻下にひげをたくわえていた。


「ありがとう。助かるよ」


 じっくりとグラスのウイスキーを楽しんだ後、瓶ごともらう。

 しばらくの間手酌をしながら、釣竿に魚がかかるのを待っていた。


 髭男に直接話しかけてもいいのだが――俺は初対面の人に話しかけるのが超苦手だ。

 この稼業についてから、その癖が治ることを期待していたが、治るどころか、より一層ひどくなっていた。

 世界には、出会ってすぐに仲良くなったり、他人と兄弟のように話すことができる奴が存在するらしいが、きっと違う種族なんだと思っている。


 遠くから観察し、分析を重ねてどういった形で話しかけるのがベストか頭に叩き込んだうえで、その場の雰囲気に考慮しながら話す……なんて芸当は、俺にはできなかった。



 髭男はしばらくすると、バーを出て街道に出る。俺は金貨とウイスキーの瓶を交換して、背中を追った。


 話しかけるのは厳しいが、尾行は大得意だった。 

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