失踪

第3話

 エレナはこもってから二日ぶりの夕食にありつくため、ギルドハウスを出て行った。


 燃えるような西日が窓から入り込み、家具が血を被ったようになる。凄惨せいさんな風景に見えて、今日は厄日やくびだと改めて思った。


 不穏な音が廊下から聞こえると、扉が控えめにノックされた。

 エレナ嬢はまだ飯から帰ってきていないので、俺はゆっくりとイスから腰を上げ、保安室の入口を少し開ける。


「あの、ここがギルド保安官の部屋ですか?」


 若々しい細い声が、少し開いた隙間から聞こえた。


「……ええ、何か御用ですか」


 俺はゆっくりと扉を開けた。たまに阿保な冒険者たちが、関係者以外立ち入り禁止の看板を無視して、この扉をノックすることがある。

 そういうやつらは、大抵が保安官の俺を逆恨みして、痛い目に合わせてやろうと考えている。結果的に、全く逆のことが起きるのだが、奴らは歴史から学んでくれない。


 この女性も初めて会う人間だった。

 廊下を歩く音。ノックの仕方。どれをとっても俺の顔見知りではなかった。


「ギルドの依頼の件で、調査をしていただきたくて……。一階の事務の方に話したら、保安官に話した方が早いって言われまして」


「分かりました。どうぞ、入ってください」


 女性は白に青の刺繍があるワンピースで、袖口には複雑な文様を重ねたフリルが付いている。

 羽の付いた帽子を脱ぐと、客用のソファーにおいて腰かけた。

 目だけがやけにきらびやかに主張しており、化粧はそれほど濃くないが、白い肌が夕日の赤を反射するほどハリがあった。

 年齢は二十代後半から三十代前半だろう。背丈は5フィートほどで、エレナ嬢よりも低く、女性の平均ほどだ。


「ギルド保安官のハーズ・ボトリックです」と俺はテーブルを挟んで向かいの椅子に座る。

「私はリリー・バンドックと申します。あの、弟がずっと行方不明で、きっと何かのトラブルに巻き込まれたんだと思うんです」


 俺はエレナにしたように、手を広げてリリーと言う名の女性を落ち着かせた。


「まあ、ちょっと待ってくださいバンドックさん」


 後ろにあるセカンドテーブルのポットを持ち上げて、来客用のカップに紅茶を注ぐ。リリーは落ち着きがなく、終始そわそわしていた。


 本当に弟を見つけてほしそうで、嘘を言っているようには思えない。


 置いた紅茶には目もくれず、俺をうるんだ瞳でじっと責めるように見つめた。


「それで、その弟さんはギルドとどういった関係があるのでしょうか」


「弟はフィンという名前でして、ギルドメンバーをやっています」


「ギルドメンバー……ですか」


 うーん。一階の事務員が仕事を放棄したな……。それか、リリーという女性の魅力に心奪われたか。


 顔のきものを落とすように、手で撫でて渋い顔を作った。


「残念ですが、ギルドメンバーの職務中に起きた問題の解決は、別にギルドへ依頼されるか、保険に入っていればそちらを利用された方がよいかと」


 ギルドメンバーになるためには、先ず職務中の怪我や死亡において自分の責任とする誓約書にサインしなければならない。リリーの弟フィンもそういったことは承知していたはずだ。

 そしてギルド保安官の仕事は、ダンジョン奥深くで息絶えたギルドメンバーの骨を拾うことではない。


「もちろん、ギルドへ依頼を申請しました。でも、どうしても気になることがありまして……。あの……ここだけの話なんですが、フィンの加入していたパーティーの誰かに騙されて、閉じ込められているんじゃないかと思いまして……」


「どうしてそう思ったんですか?」


「フィンが加入していたパーティー、『レジット』の仲間がカリトメノス通りの酒場にいたのを見つけて」


「ほう」


「フィンは帰ってきていないのに、どうして一緒に依頼を受けた仲間の一人だけがいるのか、不思議に思ったんです。それで、そのことを問い詰めたら、一目散に逃げて行ったんです」


「なるほど……」


 ギルドメンバー同士のいざこざがあった可能性が高いということか。

 パーティー内の傷害や殺人は、ギルドの治安を乱し、ギルドメンバーとしての人道を大きく外れる行為だ。


 ……さっきは仕事していないなんて、言ってすみませんでした。事務員の人。

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