06 田舎の香りは干し草と日向の香り

 ブラックな局長職の話を聞いていたら、いつの間にか目的の星の近くに着いていた。


 黄色一色の星という感じだ。



「到着したよ。サポートありがとうね」


「どういたしまして。いつでも連絡してくださいね」



 ルイとの通信を切って、徐々に星へ近づいて行く。



「100万kmはあったよな。速いなー……」


「最初は宙を蹴ってジャンプしている感じだったんだけど、やらなくても飛べる感じがしたからそれで飛んでたよ」


「そうなのか? もしかして、途中でスピードが上がったのってそれ?」



 星の目の前に着いたので星を見下ろした。


 移動している時、背中に翼があるような錯覚を感じたが、今は感じない。



「多分そうなのかな? わからない……。それより、早く入ろう」



 私は夢の星を見下ろしながら首を傾げる。



「これってどうしたら入れるの?」


「そのまま降りちゃえばいいよ」



 ゲンはポケットからまた顔を出し、そしてまた引っ込んだ。



「大気圏で燃える事は無いの?」


「いや、そんな事は無いぞ。夢の星は基本的に大気はない。夢だからな」


「なるほど……」



 それを聞き、早速夢の星へ降下を始めた。熱い感じはしないが、重力に引っ張られる感じはする。


 重力のある星と無い星があるって言ってたっけ。この星はあるんだね。


 どんどん星へと降りて行く。意外と小さめな星のようで、丘が一箇所あり、それ以外は一面黄色の畑がずっと続いている。その中に一軒のログハウスがぽつんと建っていた。



「これまた小さめな星だな。夢の主は高齢の方かな」



 ゲンはポケットから顔を出し、辺りを見渡している。そして、興味深いことをつぶやいている。



「年齢によって星の大きさって決まるの?」


「そうだな。生まれた直後はとても大きいけど、どんどん歳を重ねていくと小さくなっていく。看取りや迎えに行く時はそれも目安にしているぜ」


「そうなんだね……」



 そう言いながら畑と畑の間の道に着地をした。目の前にログハウスがある。



「あの中にいるのかな?」


「さぁ、どうだろう?」



 ログハウスの入り口に近づき中の気配を探る。


 ゲンもポケットから出て、窓の中などを見ている。


 人の気配は無いね。試しにノックをしてみたけど、反応はないみたい。



「いないみたい。探してみようか」


「そうだな」



 私は一旦ログハウスから離れる。



「靴脱いだら飛べるから、飛んで確認するのもいいぞ」



 それを聞き、私は靴からかかとだけ出し浮くイメージをしてみる。すると、



「あ、浮いた! そういえば、靴を履いたら飛べないの?」



 私はそう言って靴を履き、飛ぼうとイメージをした。



「ああ、飛べないはずだ。この星が無重力だったら飛べるが……。え? なんで飛んでるんだ?」



 なぜか飛ぶことができた。たしか、この靴を履くことで、浮いてしまう身体を地面にくっつけて歩けるようになるという物だったはずだが、なぜだろう。



「浮いているというより、飛んでる感じがする。あと、また背中に翼がある感じがするけど、なんだろ?」


「何も見えないんだけどな。気のせいじゃないか? あと、浮いているのも靴の故障かもしれんし、帰ってから他のと交換してもらおうぜ」



 と言って、ゲンはフヨフヨと浮き上がり、辺りを見渡し始めた。


 私は靴を履いたまま、空を飛んで辺りを見渡す。


 すぐ近くの畑を見渡せる丘の上に、1人の高齢の女性が横たわっていた。



「あ! あれ!」


「む、まずいか? 行くぞ」



 私とゲンは、老婆からちょい離れた所に急降下し、駆け寄った。



「大丈夫ですか! おばあさん」


「おやまあ、お客さんですか。これまた可愛らしい天使さんがいらっしゃいましたね」


 横たわっている老婆に話しかけた。老婆には私が天使に見えるようだ。



「倒れていたようですが、大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫よ。若い時にこういう丘で寝転がっていたことを思い出してね。つい、やりたくなったの」



 老婆はまたゴロンと寝転がった。



「紛らわしいな……。まあ、何事もなくてよかったぜ。ほれ、ムウ。手紙を渡しな」


「あ、そうだったね。はいこれ、おばあさんにお手紙です」



 私は老婆に手紙を渡そうとした。それを聞いた老婆はまた起き上がり、その手紙を見た。



「おやおや、どこからかねぇ」



 老婆は手紙を受け取る。私は、手紙の入ったカバンに手を突っ込む。



「うん? 何しているんだ?」


「うん、なんでだろう? まだ何かがある気がするんだよね」



 と言って、ちょっと待つと



「あ、片手じゃ持ちづらい……よいしょ」



 カバンの中から両手で小包を取り出した。



「うお! 珍しい物が出てきたな。それ、手紙の束で、差出人と宛先の人の名字が一緒だ。家族からだろうな」



 その小包を渡そうとしたが、ここだと置く場所がないことに気づいた。



「おばあさん、お家に戻ってからこれをお渡ししたいです」


「ええ、そうねぇ。私には重そうだねぇ」



 と言い、老婆はゆっくりとログハウスへと歩き出した。



「なんでわかったんだ?」



 ゲンが私の側に寄ってきて聞いてきた。



「うーん……なんとなくね」


「ふーん……」



 畑で植えられているのはどうやら小麦のようで、ざわざわと風で揺れている。


 干し草と日向の香りが懐かしい感じがする。ざわざわという音を聞いていると、故郷の風景を思い出せそうな気がする。私の生前の故郷ってこんな感じだったのかな? それとも、こんな場所に行ってみたいと思っていたのかな?



「風があるけど、大気は無いんじゃないの?」


「まあ夢だしな」


「……むう」



 全て夢で片付けられそうな気がしてきた。


 私は雰囲気を満喫しながら、ログハウスへと進んだ。



---



 ログハウス。



 老婆が着いてからだからか、さっきはついていなかった外灯がチラチラとついている。

 中の方にも灯っている。



「どうぞ、あがってちょうだい」



 老婆はログハウスの扉を開いた。


 中はシンプルな作りをしていて、テーブルと台所があり、奥に扉が1つあった。


 私は小包をテーブルの上に置いた。



「わざわざここまでありがとうね。飲み物用意するから少し待っててね」



 老婆はそう言って台所でお湯を沸かし始めた。



「うん? なんだろ……」



 と、ゲンは呟き、窓の近くに行ったので私も近づき外を見てみる。



「おいおい、ちょっと暗くなってきているぞ」


「暗くなったら何があるの?」



 ゲンは腕を組み、うーむと唸って私の質問を聞いていない。



「お茶の用意ができましたよ」



 老婆がテーブルに湯呑みを置いてくれている。



「ありがとうございます。早速いただきます」



 私たちはテーブルの方へ行き、イスへと座る。そして、用意してもらったお茶を飲んだ。


 夢の星の中だが、お茶の味を普通に楽しむことができた。



「夢の星の中でも味がするんだね」



 こっそりとゲンに話す。



「ああ。俺たちはここに存在する者だからな」



 ゲンは私の腰ポケットに入った。



「早速小包とお手紙を開けようかね。まずは小包の方を……上手く開けられそうにないねぇ。天使さん、代わりに開けてくださいます?」



 老婆は小包を開けられなかったようだ。


 天使と呼ばれた私は、包装を綺麗に開けてあげた。



「はい、どうぞ」


「ありがとうねぇ。中身は何かしら……。あらあら、ふふふ、孫たちとひ孫たちからのお手紙だねぇ。あら、あの子たちからのも入ってる」



 老婆は小包の中に入っていた手紙を、楽しそうに1つずつ読んでいる。


 それを見ながら、何かイメージが断片的に流れ込んでくる。


 それは、大人数人と子ども達が何かを書いている姿と、場面が切り替わって、初老の男の人と女の人が数人机に向かって手紙を書いている姿だった。


 私もお裾分けを貰っているような感覚を感じ、笑顔が出た。


 全て読み終えたようで、大変満足そうにニコニコしている。



「あとはこのお手紙だけだねぇ。あら、これは亡くなったはずの夫からの手紙だわ! ……そうなのね。頑張っているようね」



 老婆は涙をぽろりと落とした。


 その瞬間、手紙から1枚と小包から2枚の切手が剥がれて私の手元に飛んできた。


 私はそれらを掴んで取った。


 3枚とも田舎の風景が描かれた切手だ。



「ありがとね、天使さん。こんなサプライズ初めてだよ」



 老婆は私の手を握り微笑んでいる。その目尻には涙の粒が残っていた。



「いえ、お手紙届けられてよかったです」


「……そろそろ休むとするかねぇ。天使さん、ありがとうね」



 と言い、老婆はイスに座った。


 私もイスを近づけて隣に座る。そして、手を握ってあげた。


 夢だからなのかわからないが、体温は感じられない。


 しばらくすると、老婆の力が抜けるのを感じた。


 私は咄嗟に老婆を支えた。


 ポケットから出てきたゲンが、奥の扉を開ける。


 そこにはベッドがあった。


 そのベッドまで老婆を運び、寝かせてあげる。



「とても軽い……」


「ああ……。おそらく現世では寝たきり状態だったんだろうな……」



 私は扉の方まで行き、帽子を外して軽く一礼し、外へと出た。



---



 外に出ると、さっきのおだやかな風とは違って、強い風が吹き荒れていた。


 そして、夕焼け空だったのが、夜になったのかと思うほど暗くなっていた。



「この暗くなっているのは、夢の主が起きたんじゃなかったのですか?」


「いや、星の内部が暗くなる現象は死期が近い証拠だ」



 ゲンはまた私の腰ポケットに入り込んだ。



「じゃあ、さっきのって……」


「ああ、そうだな。新人で、最初の配達で看取りになるのは初めてのことだ」



 畑と畑の間で立ち話をしていると、突然のすごい音と共に空が割れた。



「とうとう割れたか」


「あれは?」


「奈落だ。夢の主が亡くなったら星が無くなる。その時に現れるものだ。近づいたら魂の形が保てなくなって霧散するらしいぞ」



 ゲンは恐ろしいとぶるぶる震えてる。



「それじゃ、崩壊する前に脱出するね」


「気をつけろよー」



 それを聞いて、奈落の無い空の方へ飛び立った。



 田舎の星上空。



 私たちは脱出した星を見下ろしている。


 星はみるみるうちに小さくなっていき、終いには跡形もなく消えてしまった。



「あ、消えちゃった……」


「ああ、そうだな……」



 私が寂しそうな顔をしていたのか、ゲンがポケットから出てきて、肩の上に立った。



「この後、あのおばあちゃんはどうなるの?」


「月の女神が迎えに行くぜ。その後は同じ局員として働くことになる。まあ、旦那さんもまだ局員としてのんびりと仕事をしているみたいだし、確率はかなり低いが偶然会えるかもしれないな」



 私は、流れた涙を袖で拭く。


 ゲンはまた腰のポケットの中へと入った。



「もし私達がここにいなかった場合、夢の星の崩壊に気づかなかったらどうなるの?」


「この夢の星は主が亡くなるまで同じ場所に存在するから把握している。消えたらその人をちゃんと迎えに行くぜ。ちなみに、それが現世で言われている死神もしくは天使の元だな。まあ、本当は女神なんだがな」


「女神が死神に間違われてるんだね……」



 それを聞いてゲンは笑いを堪えている。



「さて……。ムウ大丈夫か? 今日はもう休むか?」


「いえ大丈夫よ。そのまま次に行くね」



 まだ目が覚めない感じがするので、そのまま次に行くことにした。


 私はカバンの中に手を入れて、じっと待った。


 しばらくして、1通の手紙が私の手に入ってきた。その手紙をカバンの外に出して確認してみる。



「泡かな?」


「ああ。泡だな」



 切手にたくさんの泡が描かれていた。どうやら次の夢の星は泡だらけのようだ。お風呂が泡だらけなのか、本当に泡しかないのかはわからない。


 次に座標も確認をした。


 ゲンにじーっと見られている。テストを受けている気分になってきた。



「……この座標、ここからだと近いよ」



 私は、ゲンが見やすい位置に手紙を持つ。



「ああ、たしかに近いな。お隣さんかもしれんな」



 それを聞いて私は、その星のありそうな方角に飛び始めた。

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