07 泡と鱈と無重力の星
泡の星上空。
「ここだな……」
「そうね……」
私とゲンは、泡の星を見下ろしている。
すごくわかりやすい星で、星一面泡だらけだ。
「とりあえず降下するね」
「ああ」
返事を聞いて、星へと近づく。しかし、重力のようなものを感じない。
「この星、引っ張られる感じがしないね。重力が無いみたい」
「なるほど……。今日の夢は無重力なんだろうな。それにしても泡だらけだな」
「無重力なのに泡だらけ……本当に夢の中だね」
下に行くにつれて、どんどん泡塗れになっていく。
辺り一面大きな泡と小さな泡で埋め尽くされており、すごく視界が悪い。
石鹸のような匂いなどはしないので、本当にただの泡なんだろう。
「わ! 魚!?」
突然、私の横を魚の群れが横切った。なかなかのスピードだ。
泡の中を魚がたくさん泳いでいるから、生物も住める泡みたいね。
無重力ではあるが、空を飛ぶ魚がいるのはとても不思議だ。
「びっくりした。まさか魚が横切るとは思わなかったわ」
「まあ、夢だしなー。何でもありの世界」
ゲンはポケットから顔を出しながら答える。
「ここの主、バスタブを泡だらけにしたい願望でもあったのかな?」
「あー、たしかに願望が夢になることもあるな。余程泡風呂に入りたかったのだろう」
何かに着地した感覚があったので、地面? があったのかもしれない。
息を吹きかけて目の前の泡を飛ばし、地面を確認した。どうやら、すごく柔らかい泡の地面のようだ。足で突いても割れる様子はない。
これなら思いっきり着地しても大丈夫そうね。
地面周辺も泡のせいで視界が悪かったので、一旦飛んで、そして勢いよく着地した。その風圧と衝撃で辺りの泡が吹き飛んだ。
「ははは、強引だな。でもまあ、そのくらいしないと、この泡は晴れないな」
ゲンはポケットから出てきて、私の頭の上に乗った。
「何か見えますか?」
「いや全然。まいったなー……これじゃ主を探すだけで時間がかかりそうだ」
ゲンは頭をかいている。
「泡風呂、私も入りたかったって未練があったのかな? 泡風呂より温泉に入ってみたいという気持ちはあるけど」
「まあ、どっちも未練だろうなー。俺は温泉も泡風呂も知識でしか知らないがな」
「あの売店には無さそうよね」
私は地面になっている泡を触り、それを削って取ってみた。
「何をしているんだ?」
ゲンが横から聞いてきたが、私は答えずに黙々と動いている。そして、ほぼ形が出来上がってきた。
「お、これはバスタブか?」
「はい。それっぽく作ってみたよ」
そして、その辺りにある泡をかき集め、それをバスタブモドキに入れた。
「おお……。これが泡風呂ってやつか?」
「それっぽい物だよ。局長見たことないんだよね?」
「ああ、無いな。寮には小さなバスタブしか無いし、泡風呂なんて作れないもんな」
ゲンは、バスタブモドキの縁に立ち、泡を触っている。
「私は作るだけで満足しちゃった。さて、これで夢の主がこのバスタブモドキに気づいて来てくれるかどうかよね……」
私はバスタブモドキの中の泡で遊びながら、周囲を見る。
生き物の気配はさっき横切った魚のものくらいしか感じられず、人らしきものは感じられない。
「来ないね」
「ああ、来ないな。どっか別の所で泡風呂に入っているんじゃね?」
「探しちゃおう」
「そうだな」
私はそれを聞き、泡風呂に入ってそうな人を探すために飛ぶ。
ゲンは即座に腰ポケットの中に入った。
バスタブモドキを作ってて気づいたことは、ある一定の高さから下は、大きい泡があまり落ちてこないことだ。夢の主も泡だらけで見えない場所より、見える場所を移動しているはずだ。
細かい泡が漂っているが、私は気にせずに前へと飛んだ。
「当てはあるのか?」
「無いよー。だけど、こんな楽しい無重力で泡だらけの夢でのんびりすることは無いと思う。それに、飛んでて距離があるなって感じたから大きめの星じゃないかな」
「ああ……相手は子どもか……」
とゲンは呟いた。
「とりあえず、ひたすら真っ直ぐ飛んでみるね」
私は大きな泡のない高さをひたすら直進した。
しばらくすると、さっき私が作ったバスタブモドキが見えてきた。
「戻ってきたな」
「うーん……ってことは、この直線から見える範囲にはいなかったってことね。次はこっち」
90度向きを変えて、そこからまた真っ直ぐ飛び始めた。
魚の群れが見えたかと思ったら、今度は大きな魚が出てきて、その群れの魚を一部を丸呑みしていった。
「ひえー……あんなデカイ魚には食われたくないな……」
「
「うわ! ムウ、後ろ後ろ! いや、後ろは見るな! 前をひたすら進めー!」
そんなことを言ってたら、いつの間にか後ろから大きな鱈が追いかけてきていた。
「おっけー。少しスピードを上げるから、ポケットの中に入ってて」
大鱈の移動速度はそこまで速くはない感じがしたので、スピードを上げれば追いつけないはずだ。
大鱈を振り切るために、更にスピードを上げた。
ゲンはギリギリでポケットの中に収まった。
速度を速めたからか、大鱈も頑張って追いつこうとしている。そして、口を開き私に一気に詰め、パクと閉じた。
私の下にぶら下がっているカバンを食べられそうになるが、それを引き上げて阻止した。
諦めが悪いのか、まだ追ってくる。
「どうしたんだろ? この辺りはこれ以上スピード上げられないみたい」
「夢の主が近くで『泳いでいる』のかもしれないな。夢の主が『水の中』と認識してしまうとそうなってしまうからな」
「うんうん、抵抗が強くなった気がするね」
話しながら、後方の大鱈の口を開けて一気に詰める攻撃を避ける。
「あ、何か食べ物ある?」
「こんな時に食事でもするのか!?」
ゲンはびっくりして腰ポケットから顔だけ出した。
「少し食べちゃう」
「いやいや、逃げること優先しろよ」
ゲンは何を言っているんだおめーみたいなことを言っている。
「ふふ、冗談よ。いいこと思いついたから、それに使うだけだよ」
「……冗談を言う余裕はあるようだな。おう、たくさん買い込んでいるからあったと思うぜ」
それを聞き、大鱈に注意をしながらカバンの中を手探りで漁ってみる。すると
「鱈に
鮭おにぎりが出てきたので、それをゲンに見せる。
「何でも食べそうだし、いいんじゃね? 夢だし」
うん、やはり夢って言葉で全て片付けられそう。一応可哀想だから鮭の部分だけ食べちゃお。
私は鮭おにぎりの包装を取り、おにぎりを半分にした後、鮭の入った部分だけかじって大鱈に向かって投げつけた。
ちょうど口を開いたタイミングだったようで、おにぎりがその口の中に入っていった。
それをバクンと食べ、満足したのか別の方角へと泳いでいった。
「なんとかなったみたい」
「ふいー……あれに食べられたらどうなるんだか……。夢の主、あれに食べられていないよな?」
ポケットから顔を半分出して外の様子を伺うゲン。
「食べられたら、夢の主はびっくりして起きない? あ……主が起きた場合って私たちどうなるの?」
「ああ、その時は強制的に外に出される。暗い星には入れないからな」
「そうなんだ。ってことは、夢の主はまだ寝ているね」
「そうなるな」
ゆっくり飛びながら会話をしていると、泡がぐちゃぐちゃになった場所にたどり着いた。
周囲を確認すると、魚ではない何かが通った跡があった。
「落ち着いてその場にいないということは、この夢の主はやはり若いね」
「そうだな。この周辺にいる可能性があるが、あいつに食べられるかもしれん。急ぐか」
と言って、ゲンは腰ポケットから物の入ったカバンへと移動した。
その中に入って懐中電灯を取り出して前を照らし始めた。どうやらゲンが泡の乱れた部分にライトを当てているようだ。
私はそのライトの先に向かって飛んだ。
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