05 宙の星々は空に帰した人達の世界

 星間郵便局より少し離れた場所。



 私は今、人の邪魔にならない所で、宇宙での動き方を他の局員を見ながら練習をしている。


 泳いでいく人もいれば、走っていく人もいる。


 私は変な動きをして全然前に進める気がしない。そして宇宙空間なので、どこか上なのか下なのかもわからなくなってくる。


 どこを見上げても星空。


 空を見上げてから見える星空とは違い、とても綺麗に見える。


 汚染された大気が、邪魔をして星が見えにくくしているという話も聞いたことがあるが、空気のないこの空間は確かに見えやすい。そして、現世で見える星空とは違い夢の星まであるので、より多くの星が瞬いて見える。


 私は体勢を戻し、また動き方の練習を再開した。



「そんなに難しいか? 走るか泳ぐだけなんだが……」


「うん、なんでだろう? 身体が上手く動いてくれないね」


「生前で走ったり泳いだりしたことがないのかな? それじゃ、この動きを試してみてくれ」



 局長はスイスイと宇宙空間を蹴って移動している。


 宇宙空間を蹴ることができる? ちょっと試してみよう。


 泳ぐのではなく、飛んでみることにした。すると



「あ、動ける! 蹴って勢いをつけて飛んでいくっていう感じかな?」


「そうそう、そんな感じだ。飛ぶことはできるんだな、珍しいこともあるもんだ」



 私は面白くなって、その辺りを飛び回った。


 だいぶ動くのに慣れたので、ゲンの所に戻った。



「もういいのか? もっと練習してもいいんだぞ?」



 戻ってきた私に対して、ゲンはもっと練習しろとおすすめしてくる。



「いや、もう大丈夫。早速手紙の配達行こう」



 ゲンは大丈夫なのか? と聞いてきたので、私はそれにうんと頷く。


 そして手紙を確認するも、何が書かれているのかさっぱりわからなかった。



「まあそうなるよな。まず座標の読み方だが、星間郵便局がx0,y0,z0だ。局の建物が方角の目印となるから…………」



 ゲンは何かを説明しながら建物の下を指している。


 私は話を半分聞きながら星間郵便局を見た。


 あの建物、ひし形みたいな形をしているんだ。


 外側はひし形で中は球体になっており、その球体はゆっくりとくるくる回っていた。


 この距離であの大きさだから、建物も球体もすごく巨大なのだろう。



「………というわけだ。わかったか?」



 私が別の事を考えていたら講義が終わり、質問されていた。



「うーん、さっぱりわからない」



 私はそう言い、首を横に振った。



「まあ、わからんよな。その端末を見ながら動くといいぜ。皆、律儀にx座標を進んだ後にy座標と進まずに、一気に進むぜ」



 数学を教わった気分です……。端末を見ながら進めということはわかりました。


 私は端末をカバンから出し、それの位置情報アプリを開く。



「すごい機能だよね、これ」


「ああ、たしかにすごいよな。そのシステムもそうだが、星間郵便局の全てのシステムは土の男神の手で作られた物ばかりだ」


「土の男神様が作られたのね! 安心したのでとりあえず配達してみる」


「たしか…………」



 ゲンは、システムについてぶつぶつと呟いている。


 私はその間に、配達する手紙を見た。


 切手が最初に見た時よりも陰りが出てきている気がする。


 私は動いていないゲンを拾って抱き、宙を蹴って目標の座標へと移動を始めた。



「うお! なんだいきなり! 放せ! 自分で飛ぶから放せ」


「はい。教えてくれるのはありがたいけど、そろそろ行くね。夢の星が待ってるわ」



 私はゲンを放し、また先に進もうとした。



「え? そののんびりとしたテンションで実はわくわくしてるの!? 待って、行くから置いていくな」



 と言ってゲンは私の服に捕まる。



「抱っこしてあげるのに、何でわざわざ離れて服にしがみついているの……?」


「いや、恥ずかしいだろ抱っこは。せめて頭の上とかに服の端っことかで……」



 ゲンは恥ずかしそうにしている。ぬいぐるみなので表情まではわからない。



「頭は帽子が落ちちゃう……このポケットはダメ?」



 と胸ポケットを指す。



「いや、もっとダメだ。せめて、腰辺りのポケットにしてくれ」


「……はい、腰ポケットです」



 ポケットを広げてあげると、ゲンはそこにスポっと収まった。



「ふいー、これで一安心だぜ。うお、速い速い! もっとスピード落として!」


「速達でーす。急いで夢の星に向かうね」


「急ぎのようですね。サポートいたしますか?」


「はい、お願いねー」



 私はゲンの言葉を無視してルイにサポートをお願いし、初めての夢の星を目指して飛び始めた。



---



 宇宙空間。



 とにかくめちゃくちゃ広い。望遠鏡で見た星空とは違い、色んな星がある。これがさっき言ってた夢の星なのかな?



「あ、そういえば夢の星ってなんですか?」



 私は猛スピードで飛びながらゲンに話しかけた。スピードが出ているのに喋ることができるのは、空気抵抗が無いからかな。



「説明はめんどいからルイよろしくー」



 と言い、ポケットの中に入った。



「了解です。この宇宙空間に、現世の生物には見えない世界があります。それが『夢の星』と呼ばれるもので、現世の生物1個体につき1つの星が存在します」



 端末からルイの説明が聞こえる。



「じゃあ、今私がいる所は?」


「この夢の星のある世界が我々のいる世界です。現世の人が言う死後の世界ですね。夢の星のある世界だと長いので、『夢の世界』と言われていますね。ちなみにこの世界に『星間郵便局』があります」


「うーん、でも生きている時に見えなかったよ?」


「はい。宇宙空間に生者には見えない我々死者がいる世界が存在する、と思えばいいです。亡くなった人はお空のお星さまになったと比喩ひゆされるのは、ある意味当たっていますね」


「お空のお星さまは亡くなった人の世界かー……。ちゅうの星々はくうした人達の世界ってことね」


「難しい言葉を知ってますね」



 ルイは端末の向こうでくすくすと笑っているようだ。


 その夢の星がチラチラと見えるが、どれも暗くて輝いていない。私は更に飛ぶスピードを加速させる。



「なんであの星は光っていないの?」



 私は気になったのでゲンに聞いてみた。ゲンは外を見るためにポケットから顔を出した。



「あの完全に暗い星は起きている人の星だ」


「じゃあ、あの明るく光っている星は?」



 今度は光っている星を指した。



「あれは元気な夢を見ている人の星だな。んで、あのちょっと鈍く光ってる星が、我々郵便局がケアをしている荒れた夢を見ている人の星だ」



 ゲンはその鈍く光っている星を指す。その星を横切りながら、前へ進む。



「ケア? それが星間郵便局の目的? そういえば、星間の由来もわからない……」


「あーその辺りもルイに聞いてくれ。説明がめんどい。よろしくー」



 とゲンは言い、またポケットの中に引っ込んだ。



「了解しました。星間の由来ですか……。この世界の手紙は、夢の星の主が別の星の主に送るもので、その間を結ぶという意味もあるそうですね。あとは、夢とうつつ輪廻りんね、全ての世界の中継地点という意味もあるそうです。あ、誤解しそうなので補足しますが、死者である我々から夢の星の主や死者に送っても問題ありませんよ」



 私もよく活用しますと言いながらくすくすと笑う。



「郵便局の目的は、その手紙の配達です。噂によると、その手紙を受け取った生者は、翌日すっきりした気分になっているそうです。あと配達員は、宛先の人の記憶と似たような未練を持った人が選ばれるそうで、体験することで未練がどんどん晴れていくというシステムのようです」



 要するに、未練も晴れて夢の主の心のケアにもなる、一石二鳥なシステムってことね。



「あ、あと手紙は夢の主に渡してください。主以外に渡そうとしてもすり抜けるそうですよ」



 と言い、聞いた話ですけどねとルイは言った。



「それにしても、初めての配達にしてはやけに遠いな。いつもだとすぐ近くの星に行かされるぜ」


「そうなんだ。たしかに100万kmあるので遠いね。まあ、宇宙規模だと近いと思いますけど」



 ゲンは、説明が終わったタイミングで顔を出した。私は宙を蹴って更に速度を上げる。



「うお! まだ速くなるんか! ……それにしても、宇宙に詳しい?」



 あまりにも速かったからか、ポケットの中に引っ込んでしまうゲン。


 空気はないので飛ばされることは無いと思うが、無意識だろう。



「うん、そうだったみたい。走ったり泳いだりが苦手そうってのと、知っている知識が広く浅くということは、好奇心はあったが体力がなかったのかもね。病弱とかだったのかも? わからないけどねー」



 と喋りながら、私は飛び方にコツを掴んだ感じがしたので、更にスピードを出した。



「記憶が無い原因って、死因にもよるらしいしな。頭に重いダメージがあると、こっちの世界でも記憶が欠けていたり、喪失していたりするみたいだ。その場合は、我々がサポートをしている」


「ってことは、局長って、たくさんの人をサポートしているってことよね。すごく多忙ですね。大丈夫?」



 私は前を見ながらゲンの心配をする。



「大丈夫だぜ。なんでか知らんが24時間働いても疲れる気がしないんだ。本体が何をしているのか、分体の俺にはわからん。あ、ちなみに、魂の選別しているのは人形だ」



 最初に話した時もそんなことを言っていた気がする。人間に見えたので、そのくらい精巧に作られた物なのだろう。



「そろそろx地点到達です」


「わかったわ」



 スピードを緩めてyとzの座標に向き直ってスピードを出した。



「うーん……せめてその魂の選別している人形をどうにかしたいね。自分で判断して扉に入ってくれたらいいんだけどね……」


「それができたら1枠空くから嬉しいな。人間とそれ以外の動物って区別しやすいし……。あ! 看板を立てて人間はこちらって書けば済みそうだな」


「看板読めるのって人間だけだもんね」


「ああ、そうだな。あとは、看板を無視して扉へ向かう人への対処だな……」



 と、ゲンは何か色々とぶつぶつ呟き始めた。



「あ! あれ、目的の星じゃない?」



 私は遠くに見える星を指した。

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