第9話 おっさん――俺行くよ!

 最終起動テスト開始。

<グラニ>に乗り込んだイクトは操縦席が思った以上に狭いとひとりごちる。

 車両だけに基本操作はハンドルにアクセル、ブレーキと一般車両と大差ない。

 追加要素として正面や側面にコンソールパネルがあること。

 これは車体に付与されたオプション機能を使用するためのものでありカーナビに近い。

 近いも使用するにはタッチパネルではなく、各所にあるスイッチで起動させる。

 ただこのスイッチ、レバー形式のトグルスイッチや椅子の脚の形をしたロッカスイッチ、定番の押しボタンスイッチと見事に規格がバラけている。

 主任曰く、統一による混乱の回避策とのこと。

 一般車両の相違点は中から外を覗く肉視窓がない。

 サイドミラーどころかバックミラーすらない。

 車両各所に設置された外部カメラを介して情報を取得するからだ。

 ヘルメットを介してバイザー裏に映像データとして送信する。

 カメラを切り替えることで情報は三六〇°全方位を俯瞰する形で視認できた。

 長時間の戦闘に考慮してシートの座り心地は最高なのだが、居住性は最悪である。

 無理をすれば小柄な人間一人ぐらい膝に座らせられる。

「よし、外部カメラとの接続完了。確認してくれ」

 その操縦席にてイクトは白亜のアーマーを着込んでいた。

 黒のレーザースーツの上に頭の先から足先まで覆われたフルプレート。

 左胸からわき腹、二の腕や太股の部位アーマーに赤く燃えるようなラインが走る。

 フルフェイスヘルメットの額にある三つ叉状に分かれた鋭利な角は通信アンテナだ。

 特殊金属で精錬されたアーマーの名はソリッドスーツ。

 メテオアタッカーを操縦する際、着用を義務づけられた操縦強化服である。

 運用時に発生する加速Gや外部衝撃から操縦者を守り、宇宙や深海での外活動を可能とすればFOGとの単独戦闘を兼ね備えた鎧であった。

『OK、接続を確認した』

 ヘルメットのバイザー裏に主任たちの姿が投影される。

 本来なら室内全体の映像をバイザー裏に投影するのだが、テスト起動のため限定的に車両前面の映像まで抑えていた。

『次に中差しだったイグニションライフルを奧まで差し込んでくれ』

 イクトは言われるがまま左面、ギアハンドルの位置に当たる箇所にはスリットがありライフル銃が途中まで差し込まれている。

 一つ目綿飴を何度も消滅させたライフル銃は、武器でもあり<グラニ>の起動キーを兼ねていた。

 奧まで差し込んだと同時、車両全体から起動を示す微振動が発せられた。

『ALドライブ起動を確認しました。各部へのエネルギー伝達良好を確認』

 メカニックの音声がイクトのヘルメットを介して脳に届く。

 後一歩で完全起動に至ることから誰もが高い志気を持って作業に勤しんでいる。

「そういやこれなんのエネルギーで動いているんだ?」

 操縦席で一人イクトは首を傾げた。

 地球を凌駕する技術なのは確かだが、エネルギー源はガソリンでもなければ電気でも、ましてや原子力でもない。

 マニュアルは一通り目を通しているが、分かったのは動力部の名がALドライブであるも、エネルギー源はトップシークレットとなっていた。

 確かなのはエネルギーを半永久的に生成する機関なことだけ。

 中身を知らなければ整備に困るのだが、そのためのバディポット<ラン>がいた。

「まあよろしく頼むぜ、相棒」

 イクトは向かい合った丸い相棒の表面をなでる。

 乗用車でいうクラクションの位置に半円状の窪みがあり、その専用ポッドに<ラン>が丸い身体の下半分を収納させている。

『うん、こちらこそよろしくね、イクト』

 一対の目をピカピカ点滅させながら<ラン>は快活に答えた。

 システムの効率化により基本的に簡易的な受け答えしかしないそうだが、主任の話によればコミュニケーションと経験を重ねれば人間と遜色のない会話も行えるようになるとのこと。

 現状でも十二分に会話が行えていることから自己学習処理能力は高い。

「んむ~」

 感心すべき性能だが、イクトのフルフェイスヘルメット内での表情は唇を噛みしめてどこか苦い。

「この口調といい、音声ニュアンスと言い、誰かを彷彿させるな」

 脳裏にお調子者で自信過剰な人物の姿が浮かんでは消えた。

「お前さ、誰に作られ……」

 開発者は誰か、イクトが疑問を口に出しかけた時、<ラン>からアラートが鳴り響き、一対の目が激しい明滅を繰り返した。

『FOG急速接近! FOGが急速に近づいているよ! 自動迎撃! ぶっ潰す!』

 人間の誰もが驚愕に縛られるよりも先、<ラン>を介して<グラニ>が動く。

 車両左側面の一部が開き、中より小型の機関銃がせり上がった。

 銃口がドライバーの操作なしに勝手に動き、左壁面をロックオンする。

「お、おい、待て!」

 車両周囲には作業中のスタッフたちがいる。

 イクトは咄嗟に止めようとするが間に合わず、目映い閃光が視界を覆い尽くした。着弾の衝撃で粉塵が舞い上がり、視界を白く染める。

『対象の回避行動を確認したよ。生存を確認。次いで――』

「バカやめろ!」

 人がいようと周囲を省みない過剰な反応の<ラン>にイクトは拳を叩きつけていた。

 それはまるで飛び出してきた子供にクラクションを鳴らす動作に近い。

『あいたっ!』

<ラン>の球体ボディを殴りつけ、次なる行動を実力行使で阻止する。

 機械のくせに痛覚があると感心するのは後回しだ。

「おっさんたちは無事か!」

 すぐさまイクトは主任たちとの通信を開く。バイザーの左側面が四角く切り取られ、白煙渦巻く室内と主任の顔が映し出された。

『な、なんとか無事だ! だが、この状況はよろしくないぞ』

「FOGを倒せば復活するのはループ最初じゃなかったのか!」

『そのはずだ。なのにここに来て復活するなど、考えられるのは一つしかない』

 主任は慌ただしい口調ながら身振り手振りで部下たちに退避を促している。

 左壁面は先の銃撃で蜂の巣となり、晴れていく煙の中より一匹のFOGが現れる。

 その姿は一つ目綿飴でも人間を取り込んだ姿でもない。

 鋼色に輝く金属スライムだった。

『この亜空間は記憶と経験だけはリセットされない。それはFOGとて例外ではないはずだ。つまりは……』

「こっちが組立の効率化に成功したように、敵もまた経験により成長し早い再生速度を会得したってことか!」

 人間を取り込むのを後回しとし、自らの再生を優先させた。

 この瞬間、イクトはFOGがただの獣ではないと痛感する。

 高い学習能力があり、大か小かと物事の優先順位を自己判断できるのだと。

『見た感じ、あのFOGは金属を取り込んでいるようだ。おおっと!』

 金属スライムが動く。

 天井まで飛び上がれば獲物に飛びかかるタコの八本足のように全身を大きく展開させた金属皮膜で<グラニ>を包み込んできた。

 車体から軋む不吉な音がする。各所に接続されていたケーブルが包み込む金属皮膜により引きちぎられ青白いスパークを走らせる。

 アラートが忙しなく響く。

「こ、こいつ、触れたら消失してたんじゃないのか!」

『解析完了したよ! 恐らく取り込んだ金属を緩衝材にして自身への負荷を抑えているんだ!』

 素手で触れれば凍傷になるから手袋をしてドライアイスに触れるようなものだ。

 瞬時に解析する<ラン>に舌を巻きたいが、車体の軋みは秒単位で増え、上半分が包まれてしまった。

 戦車だからこそ搭乗口は上部に備えられている。

 イクトの脱出手段は塞がれてしまった。

『コンデンサー残量確認。使用OK、緊急起動するよ!』

 またしても<ラン>が勝手に動く。

 目の前のコンソールが点滅を繰り返す。

 外部から主任の慌ただしい声がする。

『総員撤退だ! 電磁皮膜装甲が起動するぞ!』

 バチバチとした過電流音が外部より響く。

 まるで稲光蠢く雷雲が間近に迫ったように目映い雷光が訪れる。

 車体上部より激しい雷音が走れば、軋み音は消え失せた。

「こ、今度は何をしやがった<ラン>!」

電磁皮膜electromagnetic film装甲、EFアーマーだ! マニュアルにあっただろうが!』

 主任から通信機越しにお叱りを受けたイクトは気まずい顔で思い出す。

 装甲に電磁場を皮膜状に展開することで装甲強度を飛躍的に上昇させる特殊装甲。

 重装甲化すれば重量増加による機動性低下のデメリットがある。

 戦場で鈍足は格好のターゲット。

 電磁皮膜装甲は機動力と防御力の両立を可能とした。

 ただ装甲値の飛躍的な底上げは福次効果でしかなく、EFアーマーの本来の開発用途はFOGの浸食を完全遮断する装甲であった。

 結果として高い防弾性能を会得するが強固であって無敵ではない。

 高い性能の代償としてエネルギー消費率は高く、コンデンサーからの供給が尽きればFOGから浸食されにくい装甲へと落ちる。

『ターゲットの剥離を確認! 正面に移動したから火器管制システムロック解除! 主砲展開! こいつ、ぶっ飛ばすよ!』

「だーかーらーやめろ、バカ!」

 ドライバーが素人なのを良いことに<ラン>は勝手に起動させている。

 バイザー裏に<グラニ>の主砲が起動したのが表示されるなりイクトに怖気が走る。

 車体より象の鼻のように伸びるメイン兵装の名は<バルムンク>。

 ターゲットの距離により砲身が伸縮するギミック機能があり、実体弾ではなく粒子ビームを撃ち出す仕様だ。

『発射するよ! チャージ!』

 底からこみ上げるような音が<グラニ>全体に響く。

 砲身が動き、砲口を蠢く金属スライムに向ける。

 イクトはすぐさま周辺映像を取得。主任を始めとした大人たちは誰もが外に退避している。人員の安全避難は完了しているが、攻撃にこの施設が耐えきれるか疑問だ。

「手持ちのライフル一つでも壁ぶっ壊す威力だぞ! それよりでかい戦車砲ぶっ放されたら施設そのものが消えちまう!」

 どうにか発射と阻止しようとハンドルを切り、ブレーキを踏み、コンソールに触れるも発射は止まらない。

『イクトくん、こっちは気にするな!』

 この時、主任から通信が走る。

『今、亜空間と現実世界のゲートが開くのを確認した! メビウス監獄が組み立て完了と受け取ったらしい!』

 金属スライムの背後が揺らぐ。揺らぎ、見覚えのある黒き穴が現れた。

 人が背後を振り返るように金属スライムもまた背後を振り返る。

 この時、顔などないはずが、不敵にほくそ笑んだような戦慄がイクトに走る。

「このままだと!」

 FOGは自らに向けられた主砲を意に介することなく黒き穴に向かう。

 今見逃せばFOGに脱出を許すだけでなく、下手すると仲間を連れてメビウス監獄内の人間を喰らうため舞い戻る可能性もある。

 学習能力を踏まえれば起こりえる可能性だ。

『こちらに構うな! 幸いにも負傷者も取り込まれた人間もいない! 行くんだ! <グラニ>を組み立て完成させる我々の目的は達成した! ならば、次は君が君の目的を達成する番だ!』

「お、おっさん!」

 考えろ。考えろとイクトは何度も脳内で反芻する。

 考えを止めればただの物言わぬ動物となる。

「おっさん――俺行くよ!」

『ああ、行ってこい!』

 唇を噛みしめ、苦渋の決断をイクトは選ぶ。

 後部カメラを介して退避したスタッフたちの姿が映る。

 誰もが不安な顔をしているが、背中を押すように唇が動く。

 行けと、行って来いと、さっさと行けと。

『<ラン>が<グラニ>を操縦しているのは操縦権がドライバーに移行されていないからだ。左コンソール上部のパネル、赤のスイッチで切り替えろ!』

 周囲を省みず操作する理由に合点が行った。

 バディポットだからこそ時に自ら車両を操作する。

 万が一ドライバーの不在及び操縦不可の状態に陥った場合の措置であった。

『ああああ、ボクからドライバーへの操縦権の移行を確認! なんてことするのさ!』

「黙れ! そして聞け!」

 機械のくせに人間臭い文句が<ラン>から返ってきたが今は聞かぬ。

 操縦権は移行させた。だが主砲のチャージは止まらず、止められない。かといって発射せねば貯まりに貯まったエネルギーが臨界に達し暴発する。

「俺の名は天竹イクト! メテオアタッカー<グラニ>のドライバーであり<ラン>のマスターだ! 記録しろ!」

『りょ~かい、マスターイクト』

 渋々と言った間を経て<ラン>から音声が返ってくる。

 本当に人間臭い。このAIの開発者はどんな頭をしているか、かち割って覗いてみたい気分だ。

『それでマスターイクト、このFOGはどうするの? このままだと現実世界に逃げられちゃうよ?』

「それをどうするか考え補助するのがお前の、サポートAIの仕事だろうが!」

 殲滅最優先が結論などなんて結果至上主義の塊か。

『なんだよ、人の効率よい行動を妨害しておいて、いざとなったら思考処理を放棄してボクに押しつけるなんて身勝手なマスターだな』

 人でない球体がない口で流暢にいうか、イクトは悪態つく。

 だからイクトは考える。

 主砲をぶっ放すべきタイミングは。

 施設を破壊せずFOGだけを倒すには。

「そうだ!」

 閃いたイクトはハンドルから手を離すなり、左右のコンソールに指を走らせた。

 操作はある程度簡略化されているため、配置さえ覚えていればスイッチ一つでオプションを起動できる。

<グラニ>の両側面がせり上がり、サブアームが展開する。

 がれき除去や車内からの精密作業を行うためのアームだ。

 バディポットと上手く連携すれば爆弾解体を可能とした。

「電磁皮膜装甲の展開をアームにまで延長しろ! 次いで<ラン>、こいつを掴んで外に引きずり出すぞ!」

『え、ちょ、ちょっと待って!』

「待・た・な・い!」

 語気を強めて言うなりイクトはアクセルを全力で踏み込んだ。

 六輪のタイヤが雄叫びをあげては全力で金属スライムに急迫する。

 接触する寸前、一対のアームが金属スライムを掴みあげ、車体に乗せる形で黒き穴に突撃していた。


「おっさんたち、後で絶対に迎えに来るから、信じなくても信じて待っていてくれよ!」

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