第8話 君が今やりたいことは何だ?

「では聞こう。この中で諦めることなくFOGに立ち向かい続けた者はいるか? いつどこに潜んでいるかわからない敵の襲撃に怯えることなく、何度ループしようが見つけてはしとめ続けた者はいるか? いないな。最初はいた。いたが繰り返すことに心が疲弊し抵抗すらしなくなった。だが、彼はそうした。何度ループしようと諦めずFOGをしとめ続けた。彼がいたからこそ我々はループを繰り返す中、<グラニ>を効率的に組み上げる手順を見つけることができた」

 反論は、ない。

 ただ目は口ほどに物を言うとおり、誰もが不満を瞳に宿している。

「いやしかしよ~」

 薦められた身だがイクトの返答と表情は重い。

「俺、原付の免許すら持ってないんだが? 運転するにもアクセルとブレーキの踏み方から学ばないとダメだぞ?」

「それなら安心していい。メテオアタッカーにはドライバーを助けるためのサポートAIが搭載されている」

 男はほくそ笑みながら、とある台座を指さした。

 イクトが初めてこの部屋に入った時、見かけた赤い球体。

 ぐるぐる巻きにされていた黄色いテープが今は取り外され、チカチカと目らしき部位を明滅させている。

「グラニの中核を担うサポートAI、バディポッド<ラン>だ」

「ばでぃ、ぽっど、ら、ん?」

「高次元演算処理システムを搭載している超AIだ。だから君は自転車でも乗る要領でハンドルを握ればいい。大概のことは<ラン>がサポートしてくれる」

 イクトの表情と返事は重い。

 出会って間もない赤の他人にいきなり戦車を一台ぽんと託す神経が理解できていないのだ。

「では聞こう。君が今やりたいことは何だ? 為したいことは?」

 男はイクトの前に立ち、問いかける。

 伸び放題に伸びた髪の毛の隙間から覗く目で強く問う。

「俺がやりたいこと、為したいこと……」

 イクトは無意識のまま息をのみ、ただ自分の手をじっと見つめていた。

 ――答えなんて元から一つしかなかった。

「どうせここから一人で脱出することだろうよ」

 誰かの嫌みがイクトに決意を紡がせる。

「談じてない! 断じて否!」

 答えなど既にある。

 メビウス監獄を脱出するのは発端であって目的ではない。

「リコを――あいつを見つけだす!」

 いるか、いないか確証のない幼なじみを見つけだすなど無謀の極み。

 それは砂漠に落ちた金の針を見つけだす至難だが、いないと誰が決めつけた。

 加えて地球以上に高い技術力のある惑星ノイだ。

 リコを見つけた後で、その天才的頭脳にて地球に帰る装置を作らせれば万事解決する。

「リコ、それが君のいう幼なじみの名前か」

 男の声はどこか柔和であり、穏やかだった。

「おっさん、取引だ」

 決断さえすれば話がまとまるのは早かった。

「俺が外の世界にいるFOGをぶっ潰す。だからその<グラニ>を俺によこせ!」

 貸せではなくよこせの剛胆な発言に誰もが息を呑み、室内に緊張が稲妻の如く走る。

「このガキ、調子に乗り、しゅ、主任!」

 横暴と呼べるイクトの発言に反発が生まれるのは必須。

 現に作業員の一人が不満とレンチを手に殴りかからんと踏み出してきた。

「そのレンチを下げろ。それは組み立てる道具であって殴る道具じゃないだろう」

 男は手を掲げては作業員を制止する。

「君にできるのかな?」

「できるじゃねえ。やるんだよ」

 イクトは男に対して不敵に微笑み返す。

 対して男の口元が微かに動いたように気がするもボサボサの髭でよく分からなかった。

「よし、いいだろう。取引成立だ。彼に<グラニ>を託した件は全て私の独断だ。いいな!」

 皆に聞こえる大きな声で男は告げ、声は反響する。

 それは責任者としての選択。

 独断とすることで部下たちに責任を負わせない。

「では作業を再開しろ。リセットされるまで残り三日。二日で完成させられるはずだ!」

 不平不満の目があろうと誰もが顔を引き締めては作業を再開する。

 それは男の人望あって為せるものか。

 プロジェクトを率いる責任か。

 部外者であるイクトには分からなかった。

「それと、えっと、君、名前は?」

 タブレットを差しだしかけた男はイクトに名を尋ねていた。

 あれこれ忙しく名乗りそびれてはそのまま流れてきたからこそ互いに名前を知らない。

「イクト。天竹イクトだ」

「……そうか。ではイクトくん。<グラニ>のマニュアルデータだ。しっかりと目を通しておくように」

 手渡されるタブレット。

 起動や操作は地球のタブレットと同じ。

 ただ唯一の違いは地球製が平面表示であったのに対して、惑星ノイ製のタブレットは立体的に表示できる点であった。

「重いな」

 イクトが受け取ったタブレットはノートブックのように軽いが、これは託された責任の重さだ。

「それでおっさんの名前は?」

「……ただの主任だよ」

 名乗った一方で相手は名乗らぬとは、調子のいい大人にイクトは不満そうに鼻を鳴らすのであった。


 群為す個が複数の金属を掛け合わせ兵器としている。

 あの兵器は危険だ。

 ただ接触しただけで我々の融和を強制分離させ霧散させる。

 我々の使命を阻害し脅かす忌むべき存在。

 早急に排除すべき脅威であり、我々は他の我々と情報を共有するのが急務。

 だが、この特異空間は一定期間を経て、記録以外が初期化される。

 それどころか外部の我々と情報共有が行えない。

 統合した情報により特異空間からの脱出法があると判明。

 今はまだ融和に動く時ではないと判断。

 このまま待機状態を続行し特異空間からの脱出直前に使命を再開する。

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