8.半竜人族の少女、仲間を得る。

「ウォル、よく眠れたかしら。お昼ご飯にしましょ。」

ウォルは優しく肩を叩かれる振動で目を覚ました。ステアが起こしてくれたのだ。

寝ぼけた眼で周囲を見回す。

そこは周囲はとても広い家の中。自分は大きなベッドに横になっていた。

「疲れて寝ちゃったのね。お疲れ様。ここまでくる間にとても頑張ったものね。」

そう言われてウォルは城に入ったところから記憶が無いことを思い出す。おそらくそこから眠ってしまったのだろう。

「少し遅いけど、お昼ご飯にしましょ。」

ステアに連れられて広い階段を降りていく。

「ここは?」

「ここは私の家。正確にいえばシェーズィン・ハインの上階層ね。

 これから中階層にある料理店レストランにいくのよ。」

ウォルは見たこともない大きく美しい家具に見入る。全体が調和するような、考え込まれた造形だ。

外側の壁は全てが透明の大窓になっている。そこからこのシェーズィン・ハインの外殻をなす白っぽい金属が複雑に編まれているのが見えた。

扉を開けて螺旋階段を降りると、急に部屋が壁で区切られている階に出る。そこにホールンさんが待ってくれていた。

「お昼寝をしていたようですが、よく眠れましたか?」

「うん!」

ウォルの元気な返事にホールンさんが頷く。

三人が廊下をまっすぐ進んだ先、そこにはたくさんの食卓ダイニングテーブルと椅子があった。その奥にはバーカウンター見える。

「シェーズィン・ハインの料理店レストランよ。

 さ、このお皿を取って。」

ステアの手から大きなお皿が渡される。落とさないようにそのお皿を抱えて、ステアについて行くと、一際大きなテーブルがある。

そこには、大皿に盛られたさまざまな料理が並んでいた。

「このお皿に、好きなものを自分で取るの。」

ステアがその料理と共に置かれていたトングで自分の皿に盛って見せる。

ウォルはそれを真似て自分が気になった料理を少しづつ盛っていく。

ここは幻想楼で生活している“幻想龍”直属の配下や多翼竜たちの食堂を兼ねていた。

「イリアル様、お久しぶりです。」

「あら、ルーじゃない。研究はうまくいっているの?」

「ええ、やっとなんとかなりまして。久しぶりのまともな食事ですよ。ははは。」

周囲には“幻想龍”に挨拶をしながらも自身の料理を取って座席に着く竜たちがいる。


ウォルは、パンの上にお肉を乗せソースをかけたもの、細長い麺と白と紫色のソースが和えられたもの、小さなカップに入った焦げ目のついたもの、カラフルな野菜のサラダとスープなど…気になったものを自分のお皿に載せた。

ふと横を見ると、ステアはまだ最初のお皿の料理を盛っている。山のように盛られたミートソーススパゲティとミートボール。

『え、ステアこんなに食べれるの?』バランスや量を全く考えないお皿にびっくりしてしまった。

ホールンさんのお皿には白いものと肉や野菜が入った茶色のソース。

白いものはパン代わりのお米、茶色のソースは沢山の香辛料スパイスというもので味をつけた異様に美味しいソースなのだとか。なんでも“世界龍”が元いた東洋で発展した料理とのこと。

そんな三人が向かったのは開放的なテラス席。眼下には遥か下方に半島の形が見えるのがわかった。

ウォルは今まで食べたこともない、飛び上がってしまいそうな美味しい料理を楽しんだ。

まず、パンの上のお肉はとても柔らかい。パンにソースが染みていてしっかりとした味を楽しめる。白と紫のソースがかかった麺は、さっぱりとした口当たりだ。紫のものは玉葱だった。小さなカップはグラタン。中には甲殻類の身がぎっしりと詰まっている。

「ここはエンデアでも有数の美食グルメを提供する料理店レストランですよ。

 ウォルは幻想舎ですから、いつもの食事をここで摂ることになります。

 いいねですねぇ。」

ホールンさんが羨ましそうに言う。

「朝も夜もこのご飯なの?」

「朝はプレート、夜はコースが一人づつに出てくるわ。この形式なのはお昼だけよ。」

お皿に盛った最後のミートボールを口に運びながらステアが答えた。大量にあったステアのお皿はいつの間にかすっかりなくなっている。

「お茶でございます。」

見計らったように給仕ウエーターがお茶を差し出してくれる。

ウォルは温かいお茶でお腹の調子を整える。食後の休憩時間だ。

ホールンさんは徐に眼鏡を取り出して掛け、ロイアで手に入れた本を開いて読み始めた。


意識することもなくバーカウンターの方を眺めていると、ステアが声をかけてくる。

「ウォル、ウォルは将来なりたいものとか、やってみたい仕事とかはあるの?」

「んー、まだあんまりわかんないかも。

 でも、人を助ける仕事がしたい!ステアみたいに!」

なりたいもの、と言われた時、ウォルはステアのことを考えた。

メレイズ王国であの襲撃を受けた時、ステアは王国民の頭上に防御壁を張っていた。ステアの真横にいたウォルでなければ気付くことはできなかっただろう。

それだけ目立たない地味なこと。でも、誰にも気づかれずに多くの人を守る“幻想龍”をウォルはかっこいいと思っていた。

「あら、嬉しいことを言ってくれるじゃない。

 ウォルならたくさんの人を助けることができるわ。私より多くの人を守ることになる。

 ねぇ、ホールン?」

「あ?ああ、そうだね。」

自分に同意を求められるとは思っていなかったのだろう。

ホールンさんが普段からは想像できないほど慌てふためいて分かったのか、分からないのか曖昧な相槌を返す。

ウォルはその様子が面白くて、思わず笑ってしまった。

ステアはそう言ってくれるものの、結局自分の将来は自分が動かなければ変えられない。これからここでたくさんのことを学べるだろう。もしかしたら仲間に、友達に出会えるかもしれない。『一つ一つのことを大事にしよう。そして一つ一つのことを楽しんでいこう。』ウォルはそう心に決めた。


ウォルは知る由もなかったが、“幻想龍”はエンデアで最も優れた占星術師のひとりである。

“幻想龍”がこの天空都市に住んでいることも、その理由の一つ。その術は“世界龍”の未来予知に迫る正確性であり、読み違いは今までに一度もない。

そんな術を持った者は、普段の生活にも無意識でこの術を応用してしまう時がある。何気につぶやいたものであっても、それは高い確率で現実のものとなるのだ。


食事が終わるといよいよ幻想舎の案内だ。

流線形の繭のような形で、内部は細い柱が幾重にも組み合わされてできている。ガラスや薄い板で覆われた幻想楼の中は階層で区切られている。

ウォルからすれば、これでなぜ崩れないのかと不安になる程の複雑な構造だ。

“幻想龍”に連れられて広い階段を降りる。階段を降りた先は広い踊り場と大きな木の扉。

「入るわよー!」

ステアが声をかけて扉を開ける。


扉を開けた向こうにはソファやカーペットがある、談話室のような空間が広がっていた。先ほどのテラスほどの大きさがあるだろうか。かなり広い。

そこには十人ほどの竜や竜人がいた。殆どがウォルより五つほど上の歳に見える。

それでも皆成人には至っていない若い子供たちだ。一人だけウォルと同年代らしい女の子もいる。

全員の視線が“幻想龍”の隣にいる半竜人族の少女に注がれる。

「イリアル様、こんにちは。」

一番近くにいた女子が挨拶をする。皆それに合わせて一斉に頭を下げた。

「こんにちは、みなさん。

 今日は新たな仲間を紹介します。こちらはウォル。

 まだ若いですが、その思考力と古代魔術オールド・ソーサリーにはみなさんが見習うべきものがありますよ。

 それに、私の友達でもあります。今日からここに暮らすことになりますからさまざまなことを教えあってくださいね。」

「はい!」

それぞれが元気よく返事をする。何人かはすぐにウォルの周りに寄ってきた。

「綺麗な鱗!」

「ねえ、どんなことができるの!?」

「ウォル、ちゃん?イリアル様とはどんな関係なの?」

早速質問攻めだ。

初めての経験に戸惑って一歩下がってしまう。

これだけ自分に興味を持ってもらったのは初めてだ。

「ウォル、私はちょっと用があるから出かけてくるわね。

 上の階にホールンがいるからもし何かあったら彼に言うといいわ。

 もしかしたら帰るのが数日後になるかもしれないけど…。まずはこの幻想舎での生活を楽しんで!」

ステアが手を振って階段の方に向かう。

「はーい!ステア、ありがとう!」

大きく返事をして手を振り返した。

ステアを見送った後は周りの子供たちの質問に答える番だ。

ステアに挨拶をした人が、自己紹介を兼ねて質問をしてきた。

「私はアイシャ。一応この中で一番上だから、他の舎で言う監督生みたいなことをしているの。よろしくね!お名前はなんて言うの?」

「あの、ウォルです。えーっと、ウォル・ヴァイケイル・ドラギアです。

 よろしくお願いします。」

「おおー!直系じゃん。」

その奥から顔を出したのは竜人族の双子。

「私たち、双子なの。ここの鱗が上向きの三角なのが私、キコ。」

「下向きの三角が私、リコだよー!」

そう言って二人は全く同じ仕草で耳の下にある三角形の鱗を指差す。

次の瞬間急に後ろから黒髪のウォルと同じくらいの歳の女の子が抱きついてきた。

「私はロノ!“時龍”!よろしくウォルちゃん!」

「瞬間移動!?」

「んー、ちょっとちがうー。私の時間だけを早めたんだよ。

 ていうかそれしかまだできない!」

なぜか誇らしげにそう言うロノ。普通逆なんじゃないかなぁとウォルは思う。

「クエリィルよ。よろしくね。」

次に手を差し出してきたのは腕が翼になっているお姉さん。

「私まだ完全な人形態になれないのよね。ちょっと変な感じだと思うけど、こんなもんだと思ってね。」

「男どもは自分から挨拶しにこないから、私が言うね。」

そう言って座っているお兄さんたちを指差しながらアイシャが名前を呼んでいく。

「シズンにザイン。」

頭を下げたのは赤い服を着る二人。

「ガジアゼード。」

ゆっくりと手を振るのは木のような肌を持つ竜。

「シャレンとアンスタリスって言う二人もいるんだけど、今ここにいないからまた来た時に紹介するね。」


「さ、座って座って!」

ロノに促されて絨毯の上にみんなで輪になって座る。

「ウォルちゃんはどこの舎にいたの?」

「あ…私ね、…」

どう思われるだろうか。そう大きな不安を抱えながら、ウォルは今までの出来事を噛み砕きながら語る。言葉足らずでうまく伝わらなかったらどうしよう…。

…ざっと身の上を話し終わると、その場所に重い空気が漂った。誰もウォルの方を見ようとしないし、何も言わない。

引かれちゃったかな…。話さなきゃよかったかな…。

ウォルが心を閉ざしかけたその時、その静寂をロノが破った。


「ずっとひとりで生きてきたってすごい。ウォルが望んだことじゃないことは分かってる。

 でも、私はそれってかっこいいと思う。」


『かっこいい』。思ってもみなかった言葉がロノから飛び出した。

「私のこと、かわいそうだとか弱いやつだとかって思わないの?」


「思わない。だって生まれる環境なんて自分で決められるわけじゃないじゃん。

 ひとりで生き抜いてきたウォルちゃんってすごいよ。」


自分は半竜人族だから、父親がいないから、みんなと同じ過程を辿っていないから…。

『舎』と言うものを聞いた時、そんな理由から今までと同じように仲間はずれにされるのではないかと思っていた。

だって私は人間とは違う。竜人とも違う。

そんな心配が作っていた心のつかえがロノの言葉で少しづつ溶けていった。

いつのまにかウォルの頬を滴が伝う。

「何泣いてんの、笑っていこ!」

ロノが横から抱きついてくる。

「私たちは仲間よ。誰も仲間はずれにしないし、全てのことをみんなで楽しむの。

 『全てのことを楽しめば、その未来に更に楽しいことが待っている。』

 イリアル様の大事にしてることばよ。」

上向きの三角の鱗。キコだ。

「うん、うん。」

そう頷きながらなおも泣き止まないウォルをロノはとうとうくすぐり出した。

「キャア!やめて!」

慌てて叫ぶがロノは止まらない。時間の加速まで使って身体中をくすぐってくる。

なんとかくすぐりを耐えていると、少しづつロノが疲れてきたようだ。その隙を狙って反撃する。

「うわぁ!」

そのまま二人は絨毯に倒れ込む。

「「突撃ぃ!」」

参戦してきたのはキコリコ姉妹だ。そのまま乱戦に突入する。

いつまでくすぐり合っていただろうか。

みんな大の字に倒れ込んで笑っていた。

動きの遅いガジアゼードだけは微笑ましくそれを見ているだけだったが、いつのまにかシズンにザインまで参戦していたようだ。

「ウォル、幻想舎にようこそ!」

ロノが叫ぶ。

「「「「「ようこそ!!!」」」」」

みんなが一斉に叫ぶ。その声の大きさにその部屋が震えた気がした。


改めて円になって座り、真ん中に大量に広げられたお菓子を食べなら話を再開する。

今度はウォルもみんなに質問をしていった。


アイシャは赤竜レッド炎竜フレイムのシズンにザインと共に『赤・第一軍』の“原初”直属、近衛インペリアルガードになることを目指している。

キコリコ姉妹は翼竜ワイバーンのクエリィルに樹竜ウッドのガジアゼードと共に“祈龍”麾下である神官団が目標。

今いない二人は“音龍”のシャレンに“晶龍”のアンスタリス。この二人とロノはホールンさんと同じ黒衣集になるのだ。

その日は九人でそのままカードゲームをしたり、ウォルを囲んで幻想舎の探検をしたりとどんどん時間が過ぎていった。

中でもロノは同年代の友達ができたと大はしゃぎだ。

「ねえねえ、ウォル、イリアル様のこと名前で呼んでいるの?」

「うん、“世界龍”様が名前で呼ぶようにって。」

「うわぁ、いいなぁ!“世界龍”様とも話したんだ!」

“世界龍”と言う単語を出した時のみんなの食いつきが異常なほどだ。

「イリアル様もいいけど、やっぱり、“世界龍”様よね!」

ロノがそう言うと色々なところから意見が飛ぶ。

「いや、“原初”様が一番だ!」

「いえ、“祈龍”様よ!」

「“白金龍”様こそが一番かっこいい!美しいしな。」

「何ですって!?なら“原初”様のかっこよさはどう説明するのよ?」

キコがその声に負けないようにウォルの耳元で大声で言う。

「この人たちにとって『仙天楼の五龍』の方々の話は地雷なのよ!

 ずっと続くわよ、これ!」

言い合いで思わず耳を塞ぎたくなるほどの煩さだ。

その時階段を駆け上がってくる足音が聞こえる。

「うっさいわぁーーー!!!!」

それまでのみんなの声を文字通りかき消して響く大音量。グワングワンと音が反響する。

姿を現したのは薄緑の服を着た龍。普通の声に戻ってウォルに向かって挨拶をする。

「あなたがウォルね?シャレンよ。よろしく。」

「んでなぁ!お前らうるさいんよ!!」

急に大声で怒鳴る。だがその声は指向性を持っていて、ウォルには普通の声の大きさにしか聞こえない。そのかわり普通の怒鳴り声の三倍以上の大きさで他のみんなに襲い掛かる。

「じゃあシャレンはどうなの!?もちろん“世界龍”様よね!」

両耳を全力で抑えながらロノが叫ぶ。

「私は“銀角龍”様よ!この前なんて声をかけてもらえたんだから!」

新たな展開だ。

ウォルはそれを聞いてホールンさんと一緒にいた事は今言わない方がいいな、と賢明な判断をした。

怒りにきたと思ったら、シャレンも喧騒の仲間入り。

「あらあら、あなたたちちょっとは静かにしなさいな。」

シャレンの後ろからやってきたのはキラキラと輝くレースの服を着た龍。

「アンスタリスよ〜。よろしくね〜ウォルちゃん?」

「で?あんたは誰なのアンスタリス!」

すかさずロノの声が入る。

「私は“世界龍”様よ〜。あのお方に勝る龍はいないわぁ〜。」

「ほらね!ほらね!ほらね!やっぱり“世界龍”様なの!」

味方を得たロノは有頂天になって吠える。

ウォルの見ている側で、新たに二人が加わった怒鳴り合いが始まる。

ウォルはその横で唯一言い合いに参加しなかったキコにこの言い合いの理由を聞く。

なんでも『仙天楼の五龍』は国のトップであるだけでなく龍、竜や竜人の憧れの存在。五龍それぞれにファンクラブのようなものがあり、水面下で争っているのだという。

マイナーなところではシャレンのように黒衣集のトップ層を推す者もいるのだとか。

いつまでそうしていただろうか。

みんな声が枯れて疲れてきているのが丸わかりだ。肩で息をして目が血走っている。

「ちょっと、お茶にしましょ…!」

アイシャが皆を制止して言う。一時休戦協定だ。

上から持ってきたお茶でみんなほうっとため息をついている。

こんなことになるならここまで向きにならなければいいのにと思うが、そう言うわけにはいかないらしい。


外が暗くなり、ひとりまた一人とそれぞれの部屋に帰っていく。

残ったのはウォルとロノ、キコリコ姉妹だ。

「ウォル、一緒に晩ご飯行こうよ!」

ロノに手を引かれて上に続く階段を登る。

「ここでは朝ごはんはみんなで食べる決まりになってるんだけど、お昼と晩ご飯は個人の好きな時に食べればいいんだよ!

 上に行けばシェフが何か作ってくれるから。」

空いている四人席をロノが見つける。

「すみませーん、四人分晩ご飯お願いします!」

四人でおしゃべりをして待っていると、大きなお皿が運ばれてくる。

「白身魚のクリームパスタです。」

目の前に置かれたのは真っ白のパスタ。上に乗っている飾り葉野菜の緑がよく映える。

「「いただきまーす!」」

口の周りを真っ白にしながら頬を膨らませてロノが笑顔だ。

ウォルは流石にそこまで大胆に食べることはできなかったので、一口づつ味わう。

「ね、お風呂入った後私の部屋で喋ろうよ。」

「いいね!」

「聞きたいこともあるし、ね?ウォルもどう?」

「うん、お話ししたい!」

そうと決まれば、だ。再度ロノに手を引かれて向かった先は大浴場。

ウォルは初めてお風呂に入った。今までは水浴び、良くてシャワーだったからだ。

途中のぼせてしまいかけたが、すぐにリコが湯船から引き上げてくれた。


夜、部屋に行く前の時間に四人はテラスで星を見た。天空にある幻想舎からは、星がとても大きく、とても近く見えた。

真下には数多の建物 ー 半分以上が『舎』らしい ー の光がキラキラと見える。

遠くの空には雲の隙間を点々と灯りが移動していくのが見えた。

「『夜の旅列ナイトライン』という幻想舎から見える名物だよ。」

リコがそう教えてくれる。

隊列を組んで飛ぶ竜の商隊が持つ強力な灯りランプなのだと言う。

「お部屋いこ!」

四人で階段を降りていくと、一つの部屋の扉に張り紙がしてあるのが見えた。


『ウォルへ

 この部屋を使ってちょうだい。

 中にある服とかはウォルに合わせて調達したから自由にしてね。


 追・飛空船の模型は窓のところに置いてあるわ。

 ステア』


ウォルに当てがわれたのは菱形の窓のある、東に面した小部屋。

その窓の縁、水平になるように木の板が渡してあり、そこにもらった飛空船の模型が乗せてあった。窓から入る星灯りに照らされて、飛空船がキラキラと輝いていた。


寝る用意を済ませてロノの部屋に向かう。ちょうど隣の南向きの部屋だ。こちらは丸窓。

「ロノ、何を話すの?」

何気なく聞いたが、ロノの目がキラリと光る。

「女の子が集まってする話といえばぁ〜!恋バナよね!」

「もちろん!」

「え〜っ!?」

リコは乗り気だが、キコは少し嫌そうだ。

「キコはねぇ、ザインが好きなのよねぇ〜?」

「うわあああああ!やめてぇ!」

「いいじゃないみんな知ってるんだから!」

リコの突然の暴露にキコはその口を抑えにかかる。

「ウォルはまだ知らないの!」

「見てればわかるんだからいいじゃない。

 さっきも違和感なく触れたんだからよかったと思ってるんでしょ!」

さっき、というのはみんなでくすぐりあいをした時のことだ。後半にそのザインも参加してきていた。

「うん…。」

キコがそれを聞いて思い出したのだろう。赤面して俯く。

「じ、じゃあリコは最近どうなのよ!」

なんとか顔をあげ、無理やり話の矛先を変えようとする。

今度はリコが赤くなる番だ。

「今度の一年祭一緒に回ろうって…。」

「ヒュー!!」

ロノが横からヤジを飛ばす。

「リコはね、去年までここにいたアスノヴァっていう人と付き合ってるんだよ。

 今は“祈龍”のところで神官の見習いをしてるの。」

「それでそれで?」

「そこで短剣を一緒に見て回らないか、だって…。」

「うわぁ!もうそんなところまで行ってるの!?」

ウォルはその意味がわからずハテナの顔でいると、ロノが説明してくれる。

「この国ではね、婚姻の儀でお互いが短剣を送り合うの!」

つまり、短剣を見に行こうということは暗に結婚を申し込んでいるに等しい、とウォルは気づく。

「私がここを出たらすぐにお互いの家に挨拶に行こう、って。

 彼が神官になる時に式を挙げるつもり。」

「わああ!もう予定まで決まってるんだね!その式、私たちも呼んでよ?」

「もちろん!」

ウォルも話を聞いていると面白くなってきた。

「ね、ロノは?」

「わ、わたし…!?」

自分のこととなるとロノは話をしたがらない。

「わたしのこと一方的に暴露しておいてダンマリは無しよ?」

キコからも圧力がかかる。

「わたし…ルイン様。」

ロノがポツリと零す。

「ルイン様?」

知らない名前に思わずウォルが聞き返すと、キコリコ姉妹がロノに代わって説明してくれた。

「“世界龍”様よ。ロノ、ずっと小さい頃から言ってる。」

「お名前を呼べるものね、ロノ。私たちは無理。」

その振りを待ってましたとばかりに真っ赤な顔のロノの目が光る。

「そう、ルイン様が直接名前でいい、と仰ったの!

 それに、首都の宮殿で迷子になっていたところを助けてくださって…。」

その時のことを思い出したのだろう。プシューッと音を立ててロノが座っていたベッドに倒れ込む。

「ロノがとても小さい時にね、なんでも二人っきりで長い廊下を歩いて、頭を撫でられたらしいの。

 それでコロッと恋に落ちたのよ。その時にもらった飴、まだひとつ残してるんだからこの。」

そういってリコの指差した先はロノの部屋にある机。そこにある小さな硝子ガラスの箱の中には綺麗な色の飴が入っている。

宮殿で二人きりとは、わたしとステアと同じ感じかな…。ウォルはその時を思い返す。


龍、竜そして竜人の恋愛は少し複雑だ。

まず、龍、竜そして竜人を含む『龍族』の間では他種婚は可能。竜と竜人族という組み合わせであれば普通に子供はでき、多くの場合竜人族として生まれる。

ただ、特殊な場合が龍が絡む場合だ。龍と龍の夫婦の場合、お互いの龍力が混ざって高濃度に圧縮された場所に龍力の結晶ができる。それに命が宿り龍玉と呼ばれる卵になる。そもそも龍と竜・竜人では発生の仕方が違うのだ。龍同士であればこのように子供ができるが、片方だけが龍ではそのようにはいかない。竜や竜人と同じように子供を残すことになる。龍がこのことに同意するか否かというのは龍との婚姻において大きな壁となってくる。

さらに例外がいる。五龍の上位、すなわち“世界龍”と“白金龍”だが、それらは単体で眷属となる龍を作り出すことができる。これにはこの二龍が『龍が神域存在と成ったもの』ではなく『神域存在が龍の形態をとっているもの』であるからできる芸当だ。この事実を知っているのは上層部でもごく一部。ロノの恋は本人が思った以上に遥かに難しいものなのだ。確かに“白金龍”と“原初”という前例がないわけではないが…。

そしてさらに話をややこしくするのがこの国の制度だ。『その婚姻に直接関係する者すべて・・・の同意があれば一夫多妻、一妻多夫制を認める』というのが決まっている。これはただでさえ少ない竜の人口を維持するための政策である。だがそこに但し書きがつく。『なお、一千年に生まれた兄妹、姉弟の婚姻は不可。』龍だけでなく竜の血というのは強力な力を持つ。だがその扱いを誤ると大惨事を引き起こすのだ。

具体例でいえば一万年ほど前にあった事件。とても仲の良かった五年差の炎竜フレイムの兄妹が婚姻を結んだ時、できた子供はその二竜の種族の特性を色濃く受け継ぎすぎたのだ。原因が竜だと分からぬほどの大災害を引き起こし、ある島国を溶岩の池に変えた。気づいた“世界龍”がその力を三つに分けて兄弟として分散させて事なきを得たが、この出来事は竜血の暴走として竜の記憶に新しい。


「ウォルはどうなの?気になる人とかいる?」

キコからそう聞かれるが、ウォルは返答に困ってしまった。

「私まだこの国に来たばっかりだから、あんまりそういう事考えてなかったな…。」

「じゃあさ、ウォルにそういう人が出来たら教えて!私たちができる範囲で協力する!」

「ウォル、私達だけの約束よ。」

「約束!ほらウォル、指出して。」

ウォルは他の三人を真似てそれぞれ親指と差し指で輪っかを作ってそれを鎖のように組み合わせる。竜に伝わる団結のおまじないだ。

「明日は古代魔術オールド・ソーサリーの講義と練習があるわ。頑張りましょ!」

古代魔術オールド・ソーサリー!?」

その声に楽しみを隠しきれず、まんべんの笑顔でウォルは三人と別れて部屋に戻る。

一人になった自分の部屋で、四人との会話を思い出す。

ウォルに初めて出来た同年代の友達。普通の女の子がするような恋バナまでしてしまった。ウォルが長年恋焦がれてきた普通の女の子としての生活に、一種の感動のようなものを覚えていた。

余韻に浸りながら、ベッドに入って、つけていた腕輪ブレスレットを外して横の机に置く。ステアとお揃いの紐飾りは寝る時の支障にならないのでつけたままだ。

少しお昼寝をしたとはいえ忙しなく動いていた一日に、ウォルの体は限界だった。

すぐにその目を閉じて規則的な寝息を立て始める。


その晴れやかな寝顔を星明かりが優しく照らす。

ふとその顔に影がよぎる。

窓の外には六つの翼をはためかせてホバリングする水色の巨大な龍がいた。

「よく眠れそうね。おやすみ、ウォル。」

壁や窓に隔てられ、その龍の声は届かない。

それでも龍は満足そうに頷いて眼下の白い道に沿って飛び去っていった。



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